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たった1日、そう たかが1日、だがその1日は2人にとって、埋める事の出来ない溝を作り出した。その1日の間、マリヤは圭介の前から姿を消していた。
戻って来たマリヤを見た時、マリヤが自分に隠れて何かをやらかした事は明らかだった。平静を装ってはいたが、圭介はマリヤの異変を感じ取っていた。息遣いから始まり、興奮状態を必死に抑え付けようとしている言動、触れられることをやんわりと拒む姿勢、そして開いたマリヤの瞳孔。
マリヤは人を殺して来た、と圭介は直感的に感じ取った。そしてしばらく後、流れたニュースによってそれは明らかとなる。
ソファーで寝転びスマホをいじっていたマリヤの動きがそのニュースを伝えるアナウンサーの声と同時に止まったのだ。
そのニュースの内容は刑事が何者かによって刺された事件の事だった。
画面にテロップが流れる。刺されたのは泡沢三四郎という名の刑事のようだった。名前が読み上げられた時、マリヤは黙ってソファーから降り、圭介の部屋へと向かった。マリヤを呼び止め、問い詰めるべきかと思った。だが圭介はそれをしなかった。
よりによって相手は刑事か。その思いが圭介を止めたのだ。確かに今の自分は漂白者としてのマリヤの要望に応えてやれていない。その事に不満を持っているのはわかっていた。だから、せめて気を紛らわせる為に死体の処理を頼んだが、やはり死体を解体し、鰐に食わせる、それだけでは、自分の置かれている立場に納得出来なかったようだ。
ラピッド内で死んだ人間である以上、公にマリヤを連れ出し仕事に参加させるのは自殺行為だ。それでも圭介は出来る限りマリヤの気持ちに応えて来たつもりだ。
変装し車椅子に乗せて殺害の手引きもした。
それで満足して欲しかった。
マリヤはわかっていない。生きていると、その存在が明かされた瞬間から、自分を含め、命が狙われるであろう事が、マリヤには理解出来なかったようだ。いや、寧ろワザとそのような状況へと向ける為、圭介がいない隙を見計らい家から抜け出し、刑事を刺したと思えなくもなかった。
どちらにしろ、警察は黙っていないだろう。仲間が刺されたのだ。既に死んでいるのか、まだ生きているのか、そこまでの情報は発表されていないが、警察は血眼になって犯人逮捕に全力を注ぐだろう。
「参ったな」
圭介は気づくとそのように呟いていた。
この刑事殺傷事件に、警察の全力を傾けさせる訳にはいかない。
目眩しが必要だ。つまり全力が出せないようにするしかない。マリヤの事だ。何かしら証拠となるような物を残していないとは限らない。恐らく防犯カメラに姿を捉えられている可能性は高いだろう。
捜査の意思を削ぎ、人員を分散させる。
それしかマリヤを救う手はないかも知れない。
当然、捜査の人員が振り分けられたとしても、
だからといって刑事殺傷事件に関わる者が手を抜くなんて有り得ない話だ。単に、人員を減らす事さえ出来れば、その分、確実に捜査が遅延する。警察がマリヤへ辿り着く事を遅らせる、いや辿り着けないようにする為に、圭介はある事を思いついた。
アリゲーターマンの復活だ。
それしかない。随分と長いこと形を潜めていた期間がある為、それを起こせば、一時的にしろ警察内を混乱に陥れる事が可能かも知れない。
圭介はTVを消した。自室へ戻るとマリヤがベッドの上でうつ伏せていた。
圭介は何も言わず、机の引き出しからノートを取り出した。
リストアップされている残りの人間の中の1人を、ランダムに選んだ。住所や職場、その他の事が書かれてあるページを引きちぎり、ジーンズのポケットに押し込んだ。そして別な引き出しを開け、手斧を取り出した。
「圭ちゃん……」
「何も言わなくていい。だけど、これが終わったら、俺達の将来の事を話し合おう」
マリヤは返事をしなかった。圭介も問い詰めなかった。ただ黙って、鰐のマスクを手に取りそれを被り、部屋を出て行った。




