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翌日から丸2日間、マリヤは食事も取らず、英永剛ともう1人の女の死体の解体に没頭していた。
礼儀として一応、小屋に入る前に圭介がノックするとマリヤは入らないで!と大声をあげた。食事を置いておくと告げ、一旦、家に戻った。
数時間後に様子を見に行くと置いておいた食事は手付かずで冷え切っていた。ただペットボトルの飲料水だけはお盆の上から無くなっていた。
マリヤがどういう風に2人の死体を処理するのか興味があった。だが、一見、朽ちかけたほったて小屋のような見栄えの小屋ではあるが、外から覗けるような隙間は一つも無かった。
近所とはそれなりに距離はあるが、万が一の備えで父は防音設備にかなり投資していた。お陰でどんな大声で叫ぼうが小屋を閉め切っているかぎり外へ声が漏れる事はほぼほぼなかった。
あるとすれば、小屋の戸を開けた時に騒がれた時くらいだろうか。だがここへ運ばれて来る者は皆、既に漂白者の手にかかり命を奪われた死人ばかりだ。マリヤの時のような場合が稀で、先ず、生きたまま運ばれて来る事はない。
圭介は仕方なく冷えた食事を持ち帰った。
後でレンチンして食べようかとも考えたが、秋といえどまだまだ気温も高かった。痛んでいる可能性がある食べ物をわざわざ食す必要性などないと、圭介は全てを残飯入れに捨てた。
洗い物を済ませ、リビングのソファでくつろいでいる時、けたたましい音でスマホが鳴った。
ディスプレイに視線を向けるとそこに記載された名前を見て、一瞬、驚いた。
電話の主はラピッド代表取締役 佐江一恵だったのだ。何度か引退を仄めかしたらしいが、代表にとって変われる人材がいないとの事で未だその座に留まっているようだ。
「はい」
「仲野部、圭介君?」
「そうです」
「佐江です」
「はい。いきなり自分などに連絡をくれるなんて、どうかされましたか?」
「うん。そうね。世間話から本題に持って行くなんて面倒な事は嫌いだから、単刀直入に聞くけど、今回、処理する死体は一体だけ?」
瞬時に圭介の頭の中で静岡で死体を受け取ったラピッドの人間の顔が過った。
もしかしたら、佐江一恵は英永剛まで殺害されたのではないかと疑いをかけているのかも知れない。
考え過ぎかも知れないが、こういう場合、考え過ぎなくらいが丁度いい。何もラピッドの人間らを庇い立てする必要もないのだが、英永剛がした事は気に食わなかった。
勿論、ラピッドの人間の嘘という可能性も否めないが、それでも圭介は知り合いだった吉田萌を殺されている。殺す、殺されるは、お互い様ではあるが、やはり知り合いの方に味方したかった。だから圭介は
「女性の死体が、一体だけですよ」
と返事をした。
「どんな状態?」
「死体、ですか?」
「ええ」
「手足一本ずつが、欠損してました。後は、顔面や歯茎などが抉られていましたね」
腐敗していた事は黙っておいた。それを喋るわけにはいかない。腐敗が進んでいるという事は殺害後、時間が経過している事を意味するからだ。処理依頼が数日前なのだ。そんな短期間であのようになるまで人間は腐りはしない。
口が滑りでもしたら、ターゲットは随分前に殺された事になる。なら誰が殺したのだ?って事になる。取締役に痛い腹を探られるわけにはいかなかった。
「そう……ちなみに今、手は空いてる?」
「空いてますが……それがどうかしましたか?」
「顔写真など撮れないかしら?」
「すいません、既に死体は、バラバラにして鰐の餌になってしまいました」
「やっぱりそうよね。仲野部家はいつも仕事が早いもの」
「はぁ……ありがとうございます」
褒め言葉なのか、自分の処理の速さに、何かしらの疑いをかけているのか、圭介には判断出来なかった。だからとりあえず礼を言っておく事にした。
「取締役、聞いてもいいですか?」
「ええ良いわよ」
「あの死体に、何かあるんですか?」
「どうしてそう思うのかしら?」
「だって取締役自ら直接連絡が来るなんて変じゃないですか?メールや他の社員からの連絡ならまだわかりますけど、それが取締役直々となれば、何か疑うのが普通じゃありませんか?」
「まぁ、そうよね」
ラピッドの代表取締役である佐江一恵はそう答えた。
「仲野部家とはそれなりに長い付き合いでもありますし、お父様を含め信頼をおける人物だというのも理解しています。その気持ちに嘘偽りはありません。そのような私の気持ちを信じて貰う前提で話をさせて頂きますが……」
「はい。ありがとうございます」
「死体はひとつだけ、でしたか?」
圭介はやはりそう来たか、と思った。生唾を飲み込む音さえ取締役に聞こえるのではないかと感じ、無意識にスマホを顔から遠ざけていた。
それに気づき直ぐさ手の位置を戻す。
「はい。腐敗途中の女が1人、それだけでした」
「……そう。間違いなく、女1人ですね」
嘘をついている事を正直に話すのは今しか無いと思った。これから先、ラピッドの人間が今回の事を喋ってしまう恐れがないとも言えないからだ。
もしあの夜、英永剛殺害に加担した連中達の誰かが、ラピッドの聞き取り調査などで、脅されたりしたら保身の為に口を割るかも知れない。
だが圭介は、嘘を突き通す事を選んだ。何故そう思ったのか自分でもよくわからなかった。吉田萌の怨みといえば聞こえは良いが、実際の所、誰一人として恩義はない。
けれど英永剛に身内を殺されたラピッドの連中の事を思えば、隠し通してあげたかったのだ。当然、その話が嘘だという可能性も考えた。だが圭介は、そうまでして英永剛を殺したかった連中の心情を知りたいが為、彼らの嘘に付き合う事にしたのだった。
「そうです」
「わかりました。なら私は仲野部圭介さんのその言葉を信じる事にします」
佐江一恵はそう言った。
「取締役にこんな事を聞くのは失礼かも知れませんが、今回のこの女の件で取締役が気掛かりになるような事があったのですか?」
「まぁ、私の言葉からすればそのように感じるのは無理のない事ですよね」
「ええ。まぁ、そうですね」
圭介の言葉の後に、取締役の佐江一恵は深いため息をついた。そして自分の辛い過去を話す人間のように、重い口を開いた。
「今回のターゲットだった弾正夢子という女でした。本名は近藤陽子というのですが、私達、つまりラピッドの上層部に限りある特徴を持っている女の事を総じて弾正夢子と呼ぶようにしています。そのようなきっかけになったのは、名前くらいは耳にした事はあるかも知れませんが、英永剛というシェフが若かりし頃、その弾正夢子という女の手にかかり、手の平の上で転がされた事により、そのような女のタイプを総じて弾正夢子と呼ぶようになりました。その特徴としては色仕掛けでラピッドのシェフを囲い、男女の仲になるとその後あちこちで殺害を行わせていたと思われます。そのような事がいつ頃から行われていたのかは不明ですが、私達の耳に入っている情報だと、最低でも4年以上、そして2人のシェフに取り入り恋人となって、自分が気に食わない人間を襲わせたり、殺害させたようなのです。どうしてラピッドの人間がラピッドの組織外でそのように手を血に手を染めるような事をしたのかはわかりません。まぁ簡単に言ってしまえば女の中にある魔性にそそのかされたのでしょう。弾正夢子が、ラピッドと言う組織の存在を知っていたかはわかりません。漂白者が弾正夢子に話したかも知れない。隠していたかも知れない。どちらにせよ間違いなくその女は、男を利用し、殺人を行っていたのです。その全てが一般市民であり、殺された人達がどれほどの数に登るのかという事もその詳細までわかっていないのです。ですが、これはまごう事なき真実です。だからこそ、会社としては弾正夢子は勿論の事、狂ってしまったシェフを諫めると共に、私達は弾正夢子を殺害する計画を立てました。そしてその計画が、今回、実行に移されたという事になるのです」
「なるほど。そのような悲惨な事が起きていたのですか……」
「ええ、非常に腹立たしですが。ですので、ひょっとしたら、弾正夢子を守る為に、そのシェフも、ラピッドの人間と争ったのではないかと思い、死体の数を確認したかったのです」
「今回の仕事に携わった漂白者や処理班からの報告は上がっているんですよね?」
「はい。上がっては来ています。が、こういう言い方はあれですが、私個人が、仲間同士で口裏を合わせ嘘の報告をしている可能性も否めないと思い、こうして今回死体を処理して下さった仲野部圭介さんに、直接お話を伺いたくお電話を差し上げた次第なのです」
「なるほどそう言う理由があったのですね。よくわかりました」
圭介は一旦、そこで息をついた。一瞬の沈黙の後、直ぐに言葉をついた。
「取締役としては、背信行為と思われる漂白者をどう処分するおつもりだったのですか?」
「事情を聞き、全てを、無関係な人間を殺害した正確な数を聞き出した後、ダルマにするつもりでした」
「だるま?」
「ええ。2度とシェフや処理班として生きられないよう、四肢を切断するのです」
「それならいっそのこと殺した方が早くないですか?」
「何故、そう思うのでしょう?」
「ラピッドという組織の存在を明るみに出される可能性があるからです。SNSや週刊誌などにリークすれば、嘘のような話ではありますが、少なからず飛びつく人間もいる筈です」
「でしょうね。仲野部さんの言う事はごもっともだと思います。ですが、私としてはラピッドの組織の人間として、少なからず仕事をして来たわけですから、感謝の気持ちと、シェフとしてのプライドを守る為に、殺す事はしたくないのです」
圭介には、取締役がいう言葉は欺瞞だと感じた。そもそもだるまにされる方がプライドどころか、精神的にも追い詰めているとしか思えない。これを本気でそう思っているのだとしたら、佐江一恵はかなりのサイコパスだと圭介は感じた。まぁそうで無ければラピッドという組織のトップには立っていられないだろう。
「とにかく、その弾正夢子という女の写真があれば、当人かどうかはわかりますが?」
「その心配はいりません。写真は送らせましたから」
どのような状態で殺され、死んでいたのか、取締役は最初から知っていて、敢えて俺に尋ねたわけか。つまり、この俺も今回の仕事に関わったという事で、疑われていたと言う事なのだろう。
「そうですか。わかりました」
「長々とお時間取らせ申し訳なかったですね」
「全然、構いませんよ」
「話は変わりますが、お父様はお元気でらっしゃいますか?」
「ええ。とても元気です。父はラピッドを引退した後、それまでの穴埋めをするかのように母と2人で旅行ばかりしていますよ」
「それは素晴らしいですね」
「はい。僕としても嬉しい限りです。幼少期から寂しそうにしている母の姿を見て来ましたから」
「そうだったのですね」
「ええ」
ここで会話が途切れた。
「では、これで失礼しますね」
取締役の佐江一恵はそう言った。
「ちなみに最後に聞いていいですか?」
「構いませんが、何でしょう?」
「取締役の立場上、答えられなければ、それでも構いません」
「はい」
「その弾正夢子にそそのかされた漂白者というのは一体誰なんですか?」
「名前が、知りたいわけですね」
「ええ」
「年老いたシェフ、英永剛という男です」
「英永剛……」
「そうです。実は英永剛という人間は私が16の頃に産んだ実の子です。ですが、両親の反発にあい産まれて直ぐに養子に出されました。その存在を知ったのは、英永剛がラピッドに入ってから、つまりその前身である見守りの会に入った後、しばらくして実の子だという事を知りました。ですが、英永剛には私が実の親だと話してはおりません。その方が英にとっても良い事だと思ったからです」
「という事は、取締役は実の子をだるまに……」
「ええ。だるまにした後、私が飼うつもりでした。ですが、どうやら英永剛は弾正夢子を殺害したのか、死んでしまったのかわかりませんが、今回の仕事の時には姿をくらませていたようですね」
「そうだったのですね……取締役、変なことをお聞きして申し訳ありませんでした」
「いえ、構いはしません。子供の不始末は親である私が取らなければなりませんから」
取締役はそう言い、改めて長電話をした事を謝罪し、電話を切った。
圭介はスマホをソファに放り出すと、しばらくの間、放心状態だった。この嘘がバレたら、自分はだるまにされるのか……その姿を想像するだけで、背中に冷んやりとした汗が流れた。だがそれ以上に気になる事があった。
それは2体の死体の事だ。処理班はハゲ頭を英永剛と言った。60歳という年齢的にも納得は出来る。だが取締役は姿をくらましたようだとも言った。それはこちらが死体は一体だと嘘をついた事による反応に過ぎないのだが、圭介は何故かその事が引っかかった。
実の所、今、マリヤが処理している2体の死体の正体は、英永剛でないとしたら?そもそも俺は別称である弾正夢子の年齢層は一切聞かされていない。死体を見る限り、30過ぎかその前後の年齢層だ。それが見るからに60を越えた男と一緒に始末された。
穿った見方をしなければ、英永剛があの女の殺害依頼を受け、その処理中に処理班の奴等に襲われたといいうのが本筋として考えられる。だが2人とも、いや英永剛だけ別人だとしたらどうだ?あの処理班の人間は英永剛の事を良く知っている筈だ。つまり別人の死体を用意して、英永剛の事は名前以外知らない圭介を利用し、身代わりを処理させる為に、依頼して来た?
となれば処理班の人間は英永剛とグルという事が考えられる。何のために?勿論、証拠はないから、これは圭介の身勝手な推論に過ぎないし、考え過ぎだと言われても仕方のない状況ではある。だが今更ながら、どうにも納得出来そうになかった。
とんだミスを犯したのか?と圭介は思った。
幾ら鍛えているとはいえ、数の論理には勝てはしない。下手すれば父も母もラピッドの手にかかる可能性もあるかも知れない。おまけにこの家には死んだ筈のマリヤまでいる。
気づくと「参ったな」と1人愚痴ていた。
圭介はまだ起きてもいない事に気持ちを持って行かれそうになっていた。頭を振り、ソファから立ち上がる。大丈夫だ。今、考えるような事ではない。そう言い聞かせて再び、マリヤのいる小屋へと向かう為、リビングから出て行った。




