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 ①⑦③

10日ほどの入院中、小川さんは毎日、病室に顔を見せては捜査の状況を泡沢に話して聞かせた。検問にも引っかからなかった事を踏まえ、捜査本部としては、現場からそう遠くない近隣周辺を徹底的に当たる方向へとシフトチェンジしたらしかった。


要するに一軒一軒しらみつぶしにローラーをかけて行くのだ。ネット回線などの営業マンと似たような感じなのだろう。それを繰り返し、会えなかった人物のみに絞り、張り込みなどを行うようだった。


「どう思う?」


「どうって……確かに検問に引っ掛からなかった事を考えると、身を潜める場所があったとしか思えません。それに目撃情報も無いのですから、自宅、もしくは知人や女の家に逃げ込んだと思われますよね」


「そうなんだよ。引っかかるのはそこなんだ。今まで1つのミスも犯して来なかった鰐野朗が、殺害現場付近に潜んでいるとは、俺には思えねぇ。あったとしても恐らくそこからは姿を消している筈だ。だが仮にいるのだとしたら、間違いなく鰐野朗は近々捕まえる事が出来そうな気もするんだよ。警察には遠くに逃げたと思い込ませその実、目と鼻の先にいましたなんてのじゃ鰐野朗も焼きが回ったと言わざる終えねーよ。そんな野朗を俺達は今まで捕まえられなかったのかと自分が情け無くなり死にたくなるぜ」


「小川さんは鰐男には今まで通り、逃げ切って欲しいのですか?」


「そうじゃねぇ。ただ、どうせ捕まえるなら、鰐野朗が余裕ぶっこいている所を捕まえたいじゃねーか?」


小川さんはそういい、馬鹿みたいな大声で笑った。今言った事が本心かどうか怪しいものだが、凶悪犯が捕まえられるなら、どんな形であっても構わないと泡沢は思った。


退院後、刺された傷や腕の怪我があったが、ローラー作戦が出来ない程ではなく、小川さんや泡沢のたっての希望もあり、2人コンビのまま、一軒、一軒、回って行った。


「こうして昼間から付近を改めて見ると、スナック天使から逃げ出しても、人1人なら簡単に身を隠せるような場所がありますね」


泡沢はいい、小路地の突き当たりにある、ほったて小屋のような廃屋を指差した。


「あぁ。そうなんだよ。あの夜、署にいた人間全員を駆り出したが、恐らくあんな場所まで細かくは探してねぇだろうな」


「公園だってありますし」


「トイレなどは確認した筈だがな」


「そうでしたか」


「あぁ」


一軒、一軒、訪ねて回るうちに、泡沢も小川と同じ考えに変わりつつあった。捜査方針が決まった以上、捜査員はそれに従って動くが、どうにも、その方針が信じられなくなって来ている。


一瞬にして周囲3キロをバリケードで囲ったわけじゃないのだ。猫やネズミ、そして鰐男くらい簡単に逃げ出せた筈だ。


スナック天使を殺害現場に使用した程だ。周囲の状況くらい把握しているに決まっている。


だが、あの時、対峙した泡沢だからこそ、感じることが出来るのは、鰐男は逃走ルートなどは決めていなかったという事だ。それは泡沢が現れた事自体、驚いていた様子だったし、それは泡沢自身肌感で感じてもいた。

だからこのローラーの意味が、実際動いてみて、間違いじゃないかと感じて来ていたのだった。


それまで用意周到だった鰐男の唯一の失態を、みすみす逃してしまった重責は、今まで泡沢が取り逃した犯人とは比べものにならない。だが今の泡沢はベテラン刑事に入る。若い頃のように気落ちした表情を見せるわけにはいかない。


だからこのローラーもしっかりやるつもりでいた。手掛かりは見つからないかも知れないが、この悔しさは鰐男を逮捕しない限り晴れないのだ。泡沢は桜井真緒子の件からその事を重々理解していた。


「チンポの反応はねぇのか?」


「ええ。からっきし駄目ですね。まるでインポになったみたいに、反応無しです」


泡沢が言うと、小川さんはしみじみ、


「だろうなぁ」


と呟いた。


未だ何処かでその肩の傷を癒す為に身を潜めているであろう鰐男を思ってか、小川さんが足を止め空を見上げた。


「このまま鰐野朗は捕まえられねぇかも知れねぇな」


「そんな事はないですよ。絶対に逮捕しましょう。小川さんらしくないですよ」


「俺らしく、ないか?」


「ええ。なに弱気になってるんですか。小川さんはいつも強気で良い意味で身勝手じゃないですか。とことん自分の考えを信じられる強い意志を持ってます。その意思があったからあのホームレスの老婆だって逮捕出来たんじゃないですか」


泡沢は一気に捲し立てた。自分が吐いた言葉ではあったが、ある意味、自分自身を叱咤しているのと変わりなかった。


「そんな事もあったなぁ」


小川は見上げた顔を下ろし、泡沢の方へ向き直った。


「俺はまだ刑事の顔をしているか?」


「当然です。刑事の顔にしか見えません」


「そうか。お前がいうなら、信じても良いかもしれん」


小川はいい、自分の頬を両手で引っ叩いた。


「よっしゃ。気を取り直して、行くとするか」


「はい」


2人は横並びになりながら、次の家へと向かって歩き出して行った。


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