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 ①⑦⓪

「今回は前回と違い、ちゃんとした死体なんですね」


死体を受け取る際、圭介は死体を運んで来たラビットの人間にそのように告げた。


たまたまなのか、この人しかいないのか知らないが、前回静岡での仕事の際、つまり英永剛の死体を処理する為に来た時にペースト状にされた人間を運んで来たのもこの人物だったのだ。


別に軽口を叩くつもりはなかったが、同じような事が起こるだろうと想定していた為に少し拍子抜けした感はあった。なので思わずそのような言葉が出てしまったのだ。


「本来であれば、今回も例の英って漂白者の方に依頼されていたようなんですが、急遽、先方からキャンセルが入りまして、別な方にお願いする事になったんですよ」


「そうだったんですか」


圭介の足下にある台車の上には大きな段ボールが置かれてある。この中に今回、処理された死体が入っているのだろう。男なのか。女なのか。老人なのか。若者なのか。それとも子供か。まぁどんな人間が入っていようが自分がする事は変わらない。


勿論、同情心など湧いては来ない。悲哀すら感じる事はないだろう。この人物の過去には多少なり興味を惹かれないでもないが、殺される運命にあったのは事実なのだから、ろくな人間ではないというのは確かだった。


圭介が話をしていると背後で車のドアが閉まる音がした。振り返るとマリヤが不満顔でこちらへと近づいて来る。車の中で待ってろと言ったのに……圭介は舌打ちしそうになるのを堪えた。


「あの方は?」


「私の助手です」


「あ、あぁ。そうでしたか……」


「すいません。びっくりさせてしまうので、待っていろと話したのですが……」


「まぁ、別に構いませんよ。連れて来られたという事は内容もご存知でしょうから」


「ええ、まぁ」


「因みに、助手の方はもうラビットには入られてらっしゃるのですか?」


「今、申請中です」


「そうでしたか」


マリヤは圭介の側に来るとラビットの人間へ向けて頭を下げた。


「初めまして」


ラビットの人間が言うとマリヤはニッコリと微笑んだ。そんなマリヤの行為をみて圭介は咄嗟に答えた。


「彼女は口が利けないんです」


「そうでしたか。それは失礼しました」


ラビットの人間はマリヤが口が利けないと聞いて少しばかり安堵の表情を浮かべた。


「いえ、お気になさらないで下さい。勝手に連れて来たのはこちらですし……」


圭介がいうとマリヤは後ろ手に組んだ手で圭介の太腿をつねった。余計な事を、と言う意味だろう。


「車まで運びますね」


周りに街灯もない場所で、唯一お互いを確認出来るのは月明かりでしかなかった。目を凝らさなければ中々、表情まで読み取れない。


そんな深夜の中で、台車を押すラビットの人間の横を圭介達は歩いた。


「でもどうしてキャンセルしたのでしょうね」


圭介が名前を言わなくとも、察しの良いラビットの人間は直ぐに英の事だとわかったようだ。


「さぁ。何ででしょう,。今、うちも人手不足なので、もしかすると別件と被ったのかも知れません」


圭介はトランクを開け、段ボールを持ち上げるのを手伝った。死体は想像していたよりもかなり重く全力を使わなければ持ち上がらない程、重かった。マリヤにも手伝ってもらい、3人で何とかトランクへ入れる事が出来た。


「こいつは一体、何キロあるんだ」


思わず口にした言葉にラビットの人間が答えた。


「百キロは越えていたようです」


辺りが薄暗く今まで気づかなかったが、そのように言うラビットの人間に腹部に黒々としシミの広がりがあった。そのシミは履いたチノパンにも飛び散っている。


月明かりに照らされたその手には真新しい裂傷がある。まるで、今し方この人間が、段ボールに入っている人間と格闘した後のような傷に圭介は思えた。


「手、大丈夫ですか?」


圭介から段ボールの重さに対しての返答があると思っていたその人間は無意識に傷のある手に片方の手を重ねた。


「え、ええ。平気です。気になさらないでください」


とは言われても、手の傷だけならまだしも、衣服も血で汚れているとなると、気にならないわけがない。


この人物はラビットの処理班の筈だ。殺害現場の痕跡を残さぬよう立ち回ったり、死体を処理へ引き渡すのが、仕事だ。


そのような作業をするにあたり私服のままなんて普通は有り得ないのではないか。防護服とまではいかないだろうが、雨合羽や長靴などは常備し、場合によっては装着する筈だ。なのに。何故その人間が怪我をしているのだ?


自分を見つめる圭介の視線に耐えきれなかったのか、その人間は静かに口を開いた。


「正直申しますと今回の仕事は英さんに断られた時点で、延期になる筈だったんです。ですが、運悪くうちの仲間が、張り込み中にターゲットに見つかってしまい、拉致されたんです」


「あらら。それはやらかしちゃいましたね」


「そうなんです。ですが、起きた事は仕方ないので、私達は急遽、対策を練らなければいけませんでした。途中経過は省きますが、結果的に、私達はシェフの方の手を借りる事も出来ずミスを犯した仲間を救出する為に処理班全員でターゲットを殺害しました。だからこのような事に……」


「そうだったんですね」


その人間は力なく頷いた。恐らく初めて人を殺したのだろう。死体慣れしているから平静を装ってはいるが、今は悲鳴を上げたくなるほど、混乱している筈だ。


こうして自分と話している間にも、頭の中では自分がした事に対し折り合いをつける理由を探しているに違いない。


「私の手は空いていたんですけどね」


圭介はこの処理班の人間が辻褄が合わない話をしている事に気づいていた。


ミスはミスでいい。それを隠すために自分達だけで、仕事をしたのだとしたら、可笑しい点があった。


それはラビットから圭介宛てに送られて来た依頼メールだ。そしてこの人間のいう話が事実であるなら、そこにはある筈のものがなかった。それは漂白者だった。その存在も、今は最初からないものにされている。


処理班全員でターゲットを殺害したと言った事がそれを物語っていた。ならば一体、漂白者は何処に行った?自分達のミスをラビットに隠す為に漂白者には金銭を手渡し手を引いて貰った?そんな事をするなら、漂白者にターゲットを殺害して貰った後で、金銭を手渡せば良い話だ。自ら危険に身を晒す必要性はない。


今現在、この人間の言動は人1人を殺害した為に支離滅裂になってしまっていると、取れなくもない。だが、この場所に現れた時は至って冷静に見えた。


圭介の印象としては、前回、英の手で殺害されたペースト状の死体を受け取った時と何ら変わらなかったように思う。が、今は時間の経過と共に人を殺したという実感が内部で膨れ上がって来ているのかも知れない。


既に助手席に座り、帰宅する事を待っているマリヤが痺れを切らしたのかドアを開け顔を覗かせた。圭介はマリヤに向け手を上げた。


マリヤは膨れっ面を見せて、力を込めてドアを閉めた。マリヤは受け取った死体を直ぐにでも解体したいのだろう。


そんなマリヤの為にも、圭介はこのまま知らんふりをして死体を持って引き上げようかと思った。だが、やはりそれは出来なかった。


「では、私はこれで失礼します」


ラビットの人間が圭介に向けて頭を下げた。


圭介が言った。


「怪我をなさっていると言うのに、こちらこそ無駄話をしてしまい、すいませんでした」


トランクを閉め運転席へと向かう。


その間、ラビットの人間の視線が全身に突き刺さる。殺意や憎しみと言った類いの視線ではない。寧ろ怯えから来る視線だった。


その視線はまるで初めて万引きをした子供が店内から出る時、思わず店員や店主に向けてしまう不安や緊張感の入り乱れた視線のようだった。


圭介は全身に浴びるラビットの人間の視線に対し、そんな目をしていたら隠したいものも隠し通す事は出来ないぞと胸の内で囁いた。2つの眼が早く帰ってくれと圭介の背中を射る。


圭介はドアを開け乗り込もうとして、止めた。


「あ、すいません」


「何で、しょうか?」


「英永剛を殺したのは、会社の指示ですか?それとも貴方達の判断ですか?」


圭介はいい、ラビットの人間を睨みつけた。


「どちらの答えだろうが、私には関係ありません。貴方達の独断だとしても、それを会社に話すつもりもありません。ただ、私も英永剛の手によって知り合いを無惨に殺されたんですよ。ですから、せめてその知り合いへの手向けとして英永剛の最後を、死に様を知りたいのです」


圭介がいうと、ラビットの人間は手の甲で額を拭った。小さな声で


「この辺りのラビットの人間達だけで決めました。言わば独断です」


「そうでしたか」


「奴は……」


圭介は言いかけた言葉を遮った。

何となく想像がついたのだ。恐らく英永剛は見境なく殺人を犯していたのだろう。その被害者達の中に、この人間の家族や友人、その他の処理班の中の知人などが含まれていたのかも知れない。


「何となくわかりますから」


「……すいません」


「ですが、ラビットから英永剛へ殺害の依頼の連絡がつかないとなると、色々と面倒ではありませんか?」


「その辺は、多分大丈夫だと思います」


「そうですか」


「はい」


「で、話を戻しますが、英永剛の最後は?」


「奴は私達に殴打されたり、刺されたりして動けなくなった後、自らペニスを取り出しシゴキ始めました。鼻から血を垂らし、口から吐血しながら、英は楓、楓と囁きながら、射精と同時に息絶えました」


「そうでしたか。これで私の知人に報告が出来ます。ありがとうございました」


圭介は軽く頭を垂れて車に乗り込んだ。

ドアを閉めエンジンをかける。


マリヤにシートベルトを締めるようにいい、自分も締めた。そしてゆっくりと車を発進させて行った。



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