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 ①⑥⑨

8時過ぎに目が覚めると、圭介は顔も洗わず小屋へと向かった。


朝はかなり冷え込んでいるというのに、マリヤはキャミソールにホットパンツという、真夏の格好で鰐の水槽の縁にまたがり、上から鰐に向けて水をかけていた。


「おはよう」


圭介が声をかけるとマリヤは顔だけをこちらへ向けおはようと返した。


「気をつけろよ」


「うん」


「中のブラシ掛けはまだだろ?」


「寝そべってやってみたけど、力なくて擦れなかった」


「そっか。こんなに綺麗にしてくれてありがとう」


本心から出た言葉だった。


マリヤは座ったまま、立て掛けた脚立まで移動する。圭介は脚立の下へ行き、倒れないよう押さえた。

水槽の外側にある足を脚立へ置き、中に入れた足を持ち上げた。片足逆上がりのように上げた足を水槽の縁に乗せた。縁を掴んでいた両手を突っ張り、足を下ろす。


宙ぶらりんの片足を揺らしながら脚立側へと移動した。

脚立からマリヤが降りると圭介はマリヤの頭を撫で、目を見つめながら、再び礼を言った。


マリヤがこのような行動に出たのは今日が初めてだった。恐らく、私にだって出来るという所をアピールしたかったのかも知れない。


もしくは両親の存在がマリヤの中の何かを変えさせたのだろうか。ひょっとしたらマリヤは両親が戻って来たら、自分はこの家から追い出されるとでも思っているのだろうか。


圭介は脚立を登り水槽の縁に跨った。


「マリヤ」


「何?」


「わかってると思うけど、マリヤの帰る場所は三重じゃなくてここだからな?んで、この家がマリヤの居場所だ。何処にも行く必要はない」


圭介はいいブラシが入れられてある方へと水槽の上を移動して行った。マリヤからの返事はなかったが、僅かばかり微笑んでいたので、きっとこれで少しは機嫌も良くなるだろう。


拳銃で抉られた肩の痛みはまだかなり残っていた為に、激しい筋トレをする事は出来なかった。


マリヤは普段やらない事をしたせいで、朝食も食べずに、リビングのソファで寝息を立てた。


毛布をかけてやると、圭介は怪我をしてない方の腕を重点的に鍛えた。一汗かいた後、シャワーを浴びて、リビングでくつろいだ。抉れた肩の肉は未だ生々しくその傷口を晒していた。


圭介は上半身裸のまま最近、観れていなかった映画を見ようと思った。プレイヤーにディスクを入れリモコンを持ってソファで眠るマリヤの側に座る。マリヤの髪に触れながらプレイボタンを押した。


久しぶりという事もあってか、圭介は異常な程、映画に集中する事が出来た。


2時間ちょっとの映画も終わってみればあっという間に過ぎていた。


マリヤは昼過ぎに起きて、小一時間ソファの上で胡座をかいたまま、ぼぅっとしていた。


時よりボサボサになった長い髪を指でときながら、何やらボソボソと呟いていた。圭介が話しかけてもマリヤは頷くばかりで、返事はしなかった。


「お昼、本当に食べる?」


マリヤが頷いた為に、昼食用に2人分のパスタを湯掻いたが、結局マリヤは一口も食べなかった。圭介は仕方なくそれを捨て、スマホを確認する為に1人部屋へと戻った。


椅子に座り机の上に置いてあるスマホに手を伸ばす。一件、メールが届いていた。


ラビットからだった。それを目にした瞬間、内容を読む以前に、少しばかり憂鬱な気分に襲われてしまった。


圭介はゆっくりと長い息を吐いた。

メールに目を通す。内容は死体処理だった。

場所は静岡県。


この瞬間、圭介の表情は歪み嫌な気分になった。否が応でも英永剛という名前が浮かび上がる。そして続け様に思い出すのは吉田萌だった。


そしてその吉田萌は英永剛の殺害を企み、返り討ちにあい身体を真っ二つにされ、半身ペースト状にされた状態で発見された。その吉田萌のお婆ちゃんを殺害したと思われる小さな少女は今、大人になってこの家に居着いている。


何も今回の仕事の依頼が英永剛が殺害した人間の処理だと決まった訳ではない。静岡県と言ったって漂白者は1人しかいないと限らないではないか。


わかっている。直接的や間接的ではあるが、自分の周りには英永剛という人間に関わった者がいるのだから、どうしてもそのように捉えてしまうのは致し方なかった。


別に英永剛を恐れている訳ではない。相手の年齢からして体力では負けはしないし、恐らく腕力でも勝てるだろう。だが、英永剛のやり方がどうにも好感が持てなかった。何故、殺害した人間をあのように潰す必要性がある?


英が、何かに取り憑かれているのは間違いないだろうが、やはり同業者としては関わりたくはない人物だった。ちまちまと死体を持て遊ぶ顔も知らない漂白者。

英永剛が死体をペースト状にする光景が圭介の瞼の裏に克明に浮かび上がった。


やはり今の自分の状況からして、安易に車を出したくはなかった。圭介は今回は断ろうと思いながら続きのメールを目を通した。


ラビットからは長々と今回の依頼を受けて欲しいという説明がされてあった。その理由としては、処理人の手が足りてない事が挙げられていた。要するに同時期にほとんどの処理人が全国に散らばって動いているという事だった。


そして今回仕事を受ける事によって、特別報酬が出るとの事だ。金額は明記されてはいなかったが、まぁ手が足りない状況から考えれば安く見積もってはない筈だ。


圭介は全く乗り気ではなかったが、状況が状況だけに仕方なく仕事を受ける事を承諾するメールをラビットへ送信した。


折り返しは数分後に来た。


日時、場所が明記されている。それをみて、圭介は直ぐに前回、静岡に行った時と同じ場所だと気づいた。それが改めて英永剛の事を思い出させた。まぁ仕方ない。もし、今回も前回のような事であれば、処理するのは容易いから、約束の5日後にはマリヤも同席させてみるか、とメールを見ながら圭介はそのように思った。




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