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 ①⑥③

父が車を取って帰った後、久しぶりに母と一緒に買い物へ出掛けた。車を使いたかったが、父がエンジンの調子が悪く、途中で止まったりしたら面倒だからと言う事で、2人バスに乗って駅へと向かった。


全てでは無いが、マリヤの事は父には話してある。だから父も家で待っているマリヤに何ら気を使う事はないだろう。ひょっとしたらマリヤの方から父にラピッドの声など尋ねるかも知れない。


圭介は行き帰りの車中、そして買い物中も、ひたすらに聞き役に徹していた。というより、そうせざる負えなかった。


母は何十年も言葉を喋る事を禁じられていた人がその呪縛から解放されたかのように、堰を切ったように喋り続けた。そのどれもが父との旅先での話で、父の失敗談や楽しかった場所や素敵な景色を見られた事の喜びなどを、笑顔を絶やさず話し続けた。


「夕飯は何にするつもりなの?」


と尋ねても、母は


「特に決めてないから、適当にお肉やお魚を買ってっちゃう」


などといい、次から次へとカゴに入れ、最終的に2つのカゴが溢れる程、食材で一杯になった。それほどの量の食材を持つのは勿論、圭介で、母は当然のように言った。


「鍛えてるから平気でしょ?」


それはそうだが、スーパーの名前が入ったビニールの買い物袋が指に食い込み、そこそこ痛かった。おまけに拳銃で撃たれた肩の傷だ。


傷口を水洗いし、今は血も止まっているとは言え、腕に負荷かがかかると、やはりそれなりに痛かった。


だが、痛い素振りを母に見せる訳も、行かず圭介は2つの大きな袋を持って、帰りのバスに乗り込んだ。


「あの女の子は圭介の彼女?」


2人がけの席に腰を下ろすと母がそう聞いて来た。


「まぁ、そうだよ」


「仕事関係の人?」


「いや、違うよ」


母が未だに、鰐専門の飼育の仕事をしていると信じていると思い難いが、マリヤを仕事関係で知り合った事にしたら、マリヤから根掘り葉掘り聞き出そうとするかも知れないと思い、圭介は嘘をついた。


「映画館で知り合ったんだ」


「という事は、圭介がナンパしたの?」


「多分ナンパにはならないと思うけど……」


圭介はいい、隣の席にマリヤが座っていて、上映後、思わずめちゃ面白かったなぁと独り言を呟いたら、私も同じです!みたいな会話が始まって、それから……連絡先交換して……みたいな嘘をついた。まぁ母はその圭介のついた嘘で納得したようだった。


「マリヤちゃんだっけ?」


「うん」


「凄く可愛い子だね」


母は嬉しそうに笑った。母が俺の彼女を見たのは高校の時の赤津奈々だけだったからな。


まぁ厳密に言えば赤津奈々の気持ちが圭介へ全振りにはされていなかったのが寂しくはあったけど、その赤津も今は東京に住んでいる。あの娘が本当に自分の子供なのかはわからないけど、時期的を考えればほぼ間違いないだろう。


なのに当時の赤津は四国へ行ってから全く連絡が付かなくなってしまった。もし、あの当時、連絡がついていたなら、自分はどうしていただろうか。学校を辞め四国へ行っただろうか。


そこには自分のもう一つの未来の選択肢があった筈だった。だがその分岐点で圭介は向こう側へ行く事が出来なかった。だから圭介はこちら側の未来へしっかりと踏み込んで行った。


「彼女が家に泊まるのは構わないけど、向こうのご両親に心配かけるような事はしないようにしてね」


「母さん、その事なんだけど」


「その事?」


「マリヤにはもう家族はいないんだ」


「いないって……」


「言葉通りの意味だよ。マリヤの両親は交通事故で亡くなったんだ。親類の叔母さんが1人いたらしいのだけど、両親が亡くなる前から行方知れずになってて……その人は今も何処かで元気に暮らしているのか、それとも亡くなったのか、マリヤもわからないらしいんだ」


「可哀想にね」


「だから今は天涯孤独の身なんだよ」


「そうだったの」


圭介は頷いてみせた。


「母さん、旅行中に勝手な事して、ごめん」


「え、何が?」


「いや、マリヤをずっと家に泊めてる事だよ」


「あぁ。そんな事?別にいいわよ。それに彼女も1人でいる事に限界が来てたのかもね。だから映画で意気投合した圭介に惹かれたんじゃない?」


「そうかなぁ」


「母さんはそう思うな」


母に嘘をついている事に罪悪感は感じなかった。真実を話す方がよほど母にとっては残酷だからだ。


「まぁ、母さんも圭介と同じ立場だったら、家に泊まらせてあげるかな」


母はいいニコッと微笑んだ。


誰かが降車ボタンを押した。バスはしばらく走った後、速度を落とし停留所へとゆっくりと停車した。


それから11の停留所を通過して、圭介達はようやくバスから降りた。荷物を母より先にバスを降りた。ゆっくりと歩き家路へと向かう。


我が家が見え始めると圭介はホッと息を吐いた。相変わらず肩の傷は痛いが心の底から湧き上がる安堵感が、その痛みを和らげていく。


西日も穏やかになり、そろそろ日が暮れる時間帯だった。


「ただいま」


母が車を洗っている父へ向けて声をかける。

父はその手を止めて額の汗を拭った。


「お帰り」


「ただいま」


圭介が言った。


「にしても、随分と買い込んだな」


「家族が、1人増えた分、食材も多くなるでしょ?」


母は父に向かってそう言った。


「あぁ、そうだな」


圭介は2人の会話を耳にしながら先に家へと入って行った。


「マリヤ?ただいま」


圭介は荷物持ってリビングへ入っていった。


が、そこにはマリヤの姿はなかった。買って来た物をキッチンへ運んだ後、圭介は自分の部屋へと向かった。


「マリヤ?」


マリヤは圭介の机の上に腰掛け、窓の外を眺めている。圭介の呼び声にマリヤは返事を返さなかった。


「マリヤ?」


側に寄りマリヤの顔を覗き込んだ。


「どうした?具合でも悪いのか?」


マリヤが首を振った。


「私、圭ちゃんと2人きりがいい。おじさんとおばさんいらないよ」


マリヤはいい、覗き込む圭介の目を見返した。


その目は、まるで異国の人形の目のように、目から光が失せていた。


「マ、マリヤ、お前何を……」


圭介はマリヤのその手に握られている物を見て出かかっていた言葉を飲み込んだ。そっとマリヤの手を握る。マリヤからマイナスドライバーを奪うと圭介はその腕でマリヤを抱きしめた。


「又、旅行に行くみたいだから、すぐに2人きりになれるさ」


圭介はマリヤを抱いたままマイナスドライバーを掴んだ手をマリヤの首筋付近へ向けた。


圭介の表情から、帰宅時まであった柔らかさが消えていく。


「残念だけど俺にとってそれは究極の選択にはなり得ない」


圭介は胸の内でそう呟きながらマリヤの髪の匂いを嗅いだ。


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