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西日の光に目を細めながら永剛は自転車で自宅へと向かっていた。今日の配達は思ったより数も少なく、早めに配送を終える事が出来た。
定時で帰る永剛に同僚は余り良い顔をしなかった。残業もないのに残る意味などないのだが他の人間達は永剛以外の結束を固めたいのか、お疲れ様の一言も言わなかった。
いつもの事だと永剛は気にしなかった。英は付き合いが悪いと陰口を叩かれている事は知っていた。
だが永剛は昔から友人を作って来なかったし、これからも作る気はなかった。
愛想笑いをしながら酒を飲む時間があれば、家でゆっくり本でも読んだ方がよっぽどマシだ。
恋人は1人も出来なかった。出会いの場に出かけるわけでもいないし、友人もいない為、合コンなどに誘われる事もないのだから、恋人がいないの当然の事だった。
だからといって寂しくはなかった。当然、性的欲求はあったが、それは1人でも処理できた。勿論、相手がいるに越した事はないが、今はその欲求より殺人の欲求の方が永剛のほとんどを占めていた。
だから、配達時に調べ続けている各家庭の家族構成を書き出したリストを眺める事で、昂る殺人欲求を少しばり発散する事が出来た。
夢想は果てしなく広がりを見せ、決して尽きる事はなかった。だが、その夢想や妄想が最終的に行き着く場所はやはり「潰す」事だった。
どんな殺害方法を選んだとしても、永剛の中では人間を潰したいという欲求が1番重要でそれをしたいが為に殺人を行いたかった。
だから新田美子殺害以来、ラピッドからの連絡が一切途絶えている事に少なからず苛立ちを覚えていた。
ラピッドからの依頼では死体は処理出来ないが、それでも昂っている欲求はかなり抑える事が出来るから定期的に仕事が欲しかった。
勿論、田山相談役からは、勝手にすればいいというお墨付きを貰ってはいた。それが言葉のあやという事くらい永剛もわかっている。本音はそういう事はさせたくはない筈だ。自分でもわかっているが、仕事自体、まだまだ未熟な所があると思う。ただ単にお膳立てされた状況下で刺しただけだ。子供にだって出来る。そんなのはプロとは言えない。
つまるところ永剛はそんな自分から抜け出したかった。ターゲットがどんな状況であれ、殺せるのが本物だ。それこそがプロの証でもあった。そうなるには、それなりの場数をこなさなければならない。
それが本物の漂白者になる為の1番の近道だった。だがその数さえ今はこなせていない状況だ。何も我慢が出来ないわけではなかった。ただ鈍るのが、殺害する行為が素人然から抜け出せなくなるのでは無いかという事に永剛は畏れを抱いていたのだった
段取りは全てラピッドがしてくれる。が、だからといって、いつも寝ている人間を殺害するわけでもないだろう。そうなった場合、ターゲットが自分より体格の良い人間であれば、逆にこちらがやられてしまう事もあり得るわけだ。ましてやそれが久々となれば尚のことだった。
勿論、ラピッドではそういう場合も想定してはいるだろうが、永剛としては全てを上手くやり遂げ、田山相談役から揺るぎない信頼を得たかった。
そうなれば、死体の処理もやらせて貰えるかも知れない。つまり、漂白者と処理人の両刀使いだ。それが今の永剛が1番に望んでいる事だった。
そんなある日、荷物が届いた。そこそこ重量のある荷物だった。送り主に見覚えはなかったが、自分宛だったので受け取りにサインした。荷物を持ち上げ台所へと向かう。テーブルの上に置いて包丁でガムテープを切った。
開けてみると中には紐で縛られた陶器の壺が入っていた。その時点で何となく予想はついた。
再び包丁を手に取り紐を切る。蓋を開けると中には茶色く汚れた骨が積み上げられていた。箱から骨壷を取り出すとその下に、二つ折りにされた紙が1枚入っていた。手に取り開くと達筆な文字で、こう書かれてあった。
「お母様は苦しむ事なく安らかに永眠されました。こちらで納骨する事も考えましたが、唯一の肉親である貴方様にお返しするのが礼儀だと思い、こちらの身勝手ではありますが贈らせて頂きました」
これを読んだ永剛は本当に勝手だなと思った。母が死んだのは仕方ないとしても、それならそれなりの連絡を寄越すべきだ。
誰が火葬にしていいと許可をした?そんな事を許してはいない。何なら遺体をそのまま送って欲しかったくらいだ。
言ってくれれば引き取りに行ったのに。おまけに手紙は封筒にすら入れてはないし、名前すら名乗っていない。
恐らく宅急便に書かれてある住所や氏名も偽名だなと思った。母は根っこの部分ではこの男に愛されていなかったのかも知れない。
手紙から受ける印象としては、こちらで火葬までしてやったという、傲慢さが感じられた。全く鼻持ちならなかった。永剛は二つ折りの紙を流し台へと持って行き、コンロに火を付けた。燃える紙を流し台の中に放り捨てると、永剛は居間へ行き、数ヶ月ぶりに布団を上げた。
一斉にゴキブリが這い出し、われ先にと逃げ回る。それらを無視して永剛はバールを持ち出し畳を上げた。板を外し、父の死体が埋まっている土の上に母の骨を撒いた。骨壷も邪魔だったので、床下にそのまま捨てる事にした。板を戻し畳を嵌めて布団を敷いた。
そしてTVをつけて夕飯の支度に取り掛かった。ニュースでは全国各地の事故や事件が流され行く。今日はどうやら殺人事件はないらしい。
永剛は郵便局で働き出しから地道に貯金をし、そこそこ良い洗濯機を購入していた。それに下着や衣類を放り込む。湯船にお湯を溜めている間、真っ裸でTVを見ていた。
母や父は良くビールを飲んでいたが、永剛は飲まなかった。飲めない訳ではないが、それを買う為にお金を支払うのが馬鹿らしいと思っていたのだ。
ただ煙草には興味があった。吸うというより、それを人の身体に押し付けてみたかったのだ。ヤンキー達の間で、いっとき根性焼きというのが流行っていたのは知っていたが、永剛は自分を痛めつけるような趣味は持ち合わせていなかった。
代わりに他人にはやってみたい欲求は高校時代からあった。だから煙草を吸う機会を設けようとした事もあったが、職場の喫煙者の吐く煙や匂いが好きになれず、手を出さずにいた。
だが、煙草の不始末で家屋が全焼し、中から遺体が発見されたと聞くと、そういう殺害方法もありかも知れないと思い、最近になって再び煙草に興味を持ち始めていたのだった。
風呂に入り食事を済ませると永剛はTVを消した。真っ裸のまま居間で寝転がり、文庫本を手に取る。
最近では図書館で借りる事も少なくなった。毎月の給料で買う本が永剛の趣味と言えた。音楽も好きだったが、聴くのはヘビィメタルばかりだった。CDは買わず、レンタルで済ませた。レンタル期間中に聴き込んでめちゃくちゃ好きにならない限り買う事はしなかった。
文庫本のページを捲りながらその世界へ没頭した。殺害シーンがあればそこを繰り返し読み直した。文字から得られる情報は即座に永剛の中で映像化出来た。
犯人と被害者の息遣いまで聞こえる程だった。まるで自分が犯しているかのように永剛は興奮し勃起した。だが読書中にシコる事はなかった。何故なら勃起する程の殺害シーンに出会うと永剛はシコらなくても、夢精する事が出来た。だから小説から受けた興奮をその場で処理する事は絶対にしなかった。
2人目の依頼が来る前に、偶然、お昼の休み時間に、休憩室のTVで幼女誘拐殺人のニュースを目にする事があった。
幼女は悪戯された挙句、中学時代から良く足を運んでいた川へ遺棄されたと見られる。未だ犯人逮捕には至っていないようだ。県警は全力を上げ、聞き込みや防犯カメラの解析に全力を尽くしているようだ。その幼女は5日前から行方不明になっていたらしく、捜索が続けられていたようだった。このような結果になった事を遺憾に思うと、静岡県警の偉いさんがメディアに向かって話していた。同僚は一同に犯人を罵り死刑だと言い合っていた。ニュースが変わるとその同僚達は1箇所に集まりヒソヒソ話をし始めた。
その中の1人、宗田という班長がいきなり永剛に聞こえる程の声音で永剛の名を口に出した。
指差しながら、
「英、まさかお前じゃねーよな?」
その宗田の周りに集うウジ虫達が下卑た笑みを浮かべる。
「お前みたいなムッツリした野朗が1番怪しいんだよ。なぁ?」
ウジ虫どもを見ながら宗田がいうと全員が声を出して笑った。
「犯人が僕だったらどうします?」
永剛はそう言い返した。こういう奴等をこれ以上近寄らせない為にはこのように言ってやるのが1番効果的だった。
あいつならやりかねない、心の底でそう思っているからこそ、敢えて僕の名前を出したのだから。
「まさか本当にお前じゃねーだろうな?」
「どうですかね」
「お前、嘘でも不謹慎だろうが」
さっきまで笑っていた1人が横槍を入れた。
「不謹慎?それをいうなら、僕が犯人だと怪しむ事も不謹慎じゃないですか」
「何だとテメー!歳下の癖に生意気なんだよ!」
そう怒鳴ると2人の間に直ぐさま宗田が割って入った。
「ま、冗談が過ぎたわ。悪かったよ」
宗田は永剛に向かっていい、その後で永剛を怒鳴った奴を叱りつけた。
「あんな野朗に本気になる奴があるか」
小声だったが永剛の耳にもちゃんと聞こえていた。なんなら本当に幼女を誘拐し殺してやろうか。だがそうなった場合、死体は絶対に見つからないけど。
まぁ、幼女じゃないけど、2人は殺しているけど。永剛は笑い出しそうになるのを堪えながら口元を手で隠した。
そしてその夜、三代子さんからメールが届いた。永剛にとっては待ち侘びた、ラピッドから2人目の殺害依頼だった。




