①⑤⑧
圭介は直ぐさま路地裏に飛び込み、マスクを外した。
ボストンバックに押し込み辺りを警戒しながら車を駐車している場所から逆方向へと駆けて行った。
地面を踏み締める度に拳銃で撃たれた左肩に鈍痛が走る。苦虫を噛み締めたように顔を歪めながら圭介は路地裏の出口へと近づいた。足を止め左右を確認した。
遠く鳴り響くパトカーのサイレンが段々と近づいて来る。ジクジクと痛む肩にボストンバックの持ち手が食い込み悲鳴を上げたくなった。肩の肉が抉られたかと圭介は思った。酷くなる痛みを堪え尚且つ、意識を集中するのはかなりの苦行だった。
何処かに身を隠し警察をやり過ごしたい気持ちに檄を飛ばす。実際、隠れて待っている余裕など圭介にはなかった。出来るだけ遠く離れた場所へ行き、時を見て駐車場へ引き返すのが1番か。
今更ながら、駐車した場所がスナック天使から随分離れた場所を選んだ事に、内心ホッとした。
最悪、このまま帰宅する案もあったが、タクシーは拾う気にはなれなかった。何故なら警察は直ぐにでも検問を張るからだ。その検問に引っかかる程、間抜けな事はない。ならば一駅、二駅、先まで向かい、電車で戻る選択が1番だと圭介は思った。
広域に検問を張られると、無闇矢鱈に身動きが取れないが、それでも電車であれば通勤ラッシュ時間の人混みに紛れ込める。それまでに肩から流れるこの血を止め衣服を着替えたかった。だが最悪な事にその用意はしていない。車にも無いと来たら、方法は1つしかなかった。
それはマリヤに助けを求める事だった。1番良いのはマリヤが車を取りに行き、その足で圭介を拾って貰うというのが最善な気がするが、そういうのは映画の中だけの話だ。そもそもマリヤは運転免許証を持っていない筈だ。圭介はけたたましく鳴り響くパトカーのサイレンを他所に軽く舌打ちをした。
やはり衣服を持って来させるしかなさそうだ。ただこの時間、マリヤと連絡が取れるか不安でもあった。圭介は路地裏から飛び出して24時間営業の飲食店が並ぶ駐車場へと駆け込んだ。裏へ回り、スマホを取り出す。マリヤに電話をかけた。数コール鳴らすがマリヤは出なかった。
一旦、電話を切り、着ていた黒のフード付きジャンパーを脱いだ。中に着ていたTシャツが左半身全てに血で塗れている。圭介はそれを捨てる事を考えたが、直ぐに考えを改めた。急いで脱ぎ、丸めてボストンバックに詰め込んだ。そして地肌の上からジャンパーを着込んだ。黒色のお陰で血は目立っては見えなかった。ただ、あの泡沢という刑事に目撃された以上、いつまでもこのジャンパーを着ているわけにもいかない。圭介は再び、マリヤに電話をかけた。
少し眠たげな声で出たマリヤに、圭介は事の次第を話して聞かせた。
「そういう事だから死体は持って帰れない」
「別にそれは仕方ないじゃん」
「悪いな」
「良いけど、怪我は大丈夫なの?」
「あぁ、だからマリヤ、悪いけど、今から上着を持ってここまで来てくれないか?」
「うん、けど足は?」
「タクシー呼べばいい」
「タクシー会社の番号知らないし」
「タクシーを呼ぶアプリがあるだろ?それを登録し、直ぐに来てもらってくれ」
圭介は続け様に、今いる場所を伝えた。
マリヤはわかったといい電話を切った。
マリヤを待っている間、圭介はファミレスの換気ファンの陰に身を隠していた。
正直、こんなドジを踏むとは思わなかった。それにマリヤがここへ来る前に警察が来る可能性だってある。再度、マリヤに連絡を入れ、移動する事を伝えるべきか圭介は迷った。
駅に向かうのは良い。だが、そこまで身を隠しながら、行ける保証は何処にもなかった。こんな深夜に1人で歩いているのが警邏中の警察官にでも見つかれば間違いなく職質を受ける筈。
当然、全ての警察署へ連絡はされている筈だからだ。上手くすれば警邏中の警察官から拳銃を奪い、逃走する事も可能かも知れない。
だがそのリスクは高いと圭介は判断した。もし、それしかないのであれば、マリヤと一緒にいた方が逃れやすい筈だ。圭介はこの辺りに警察が来るより先に、マリヤが着く方へ賭けてみることにした。
30分程してマリヤから着信があった。
圭介はマリヤに周囲に警察官の姿が見えないか確認させ、裏へと来るように指示を出した。
換気ファンの側に現れたマリヤの姿に圭介は思わず言葉を失った。明らかにサイズの大き過ぎるジャンパーを着込んでいたからだ。
マリヤはぶつぶつと言い訳じみた事を話していたが、圭介はそれを無視して着ている物を脱いだ。マリヤは自分のTシャツの上に薄手のニットのセーターを着て、その上から圭介のTシャツとジャンパーを着ていたのだ。見るからに異様で不恰好だった。マリヤはその2つを脱ぐと圭介に手渡した。
圭介はそれを受け取ると着替えを済ませた。
「めちゃくちゃパトカーいたから来るのが遅くなっちゃった
「だろうな」
「検問も始まってたし」
「そうか」
「何か食べてく?」
こんな状況下にあって良くそんな事が言えるもんだ。度胸がいいのか、抜けているのか、全くもって圭介には理解出来なかった。
「いや。やめておく」
「どうして?」
「今、入ってみろ。警察が来た時、真っ先に調べられるのは俺達だ」
少し間があり、マリヤは、
「あー。そうかも」
と言った
「だろ?」
圭介がスナック天使を出てから、既に1時間くらいは経過している。警察もその時間帯に絞り、店内へ入って来た客がいないかと疑うのは目に見えている。だから店に入るわけにはいかなかった。
圭介はマリヤを連れて裏から出て駐車場を横切った。マリヤにボストンバックを背負わせ、腕を組んで歩いた。駆け出したい欲求を抑えながら、何気ない事を話題にし、マリヤに投げかけた。
マリヤが圭介の意図を読み取ったかはわからないが、平然と圭介の問いに答え始めた。
「今日はさ。マーターズ観たんだ。私さ。あんな事されるなら、絶対自殺するよ」
「直ぐに殺してくれって思うよな」
「殺してくれとは思わないかなぁ」
「そうか?」
「うん。だってさ。殺されるの嫌じゃん」
「まぁ、そうだけど。でもだからって相手を殺す事も無理だろ?」
「だから自殺するの」
「どうやって?」
「繋がれてる鎖を首に巻きつけ窒息死する。それか、コンクリートに頭をぶつけて……」
しばらくは映画の話を続けた。反対車線に自転車に乗った警察官2人が急いで駆けて行く。こちらに視線を感じたが、止まってまで職質しには来なかった。
駅に着くまで、出会った警察官はそのすれ違った2人だけだった。圭介はマリヤからボストンバックを受け取ると駅裏にあるコインロッカーへと向かった。そこに荷物を入れようとして、その手が止まった。
「どうしたの?」
「あ、いや、警察は俺がボストンバックを背負っていた事を知っているんだよなって思ったんだ」
「だから持って行く訳には行かないんでしょ?」
「そうしようとさっきまでは思っていたんだよ。けど、アリゲーターマンは今までの何一つ証拠を残して来なかった。その事を考えると、警察も俺がバックを捨てるとは思わないと思うんだ。そうなると警察も大きめのバックを持っている男を対象として捜索するだろ。警察にはわかりやすい目印になるからな。で、そういう方向性で捜査が行われると考えたら、先ず目立つボストンバックはどうにかするべきだ」
「うん」
「なら、マリヤ。何がベストだと思う?」
「捨てるか隠すかしかなくない?だからコインロッカーに来たんでしょ?」
「やっぱ普通はそう考えるよな。という事はだ、警察もマリヤと同じように考える可能性があるって事だ。そうすると荷物を持った男性を捜査対象にしながらも、捨てられた可能性と隠した可能性を含め、捜査するんじゃないか?となれば間違いなくコインロッカーは捜査の対象となるよな」
「でも鍵を閉めたら、開けられなくない?」
「管理してるのが、駅なのか、他の会社なのかは知らないが、そこに頼めばマスターキーか、スペアキーで簡単に開けてくれるさ。もしくは借り手が来るまで見張られるかも知れない」
「なら入れない方が良いよね」
「あぁ。そうだな」
ボストンバックを持ち歩くのは危険が伴うが、このバックから身元が割れる方がよっぽど危険だった。出来るだけ早く新たなバックか、紙袋を手に入れなければ。圭介は再びボストンバックを背負うと、マリヤの手を取った。
持ち手が傷口にあたり悲鳴をあげそうになるが、マリヤに余計な心配はかけたく無い。必死に堪え
「行くか」
と圭介はいい、もう一つ先の駅に向かって歩き出した。




