①④⑨
明山未子と柊木三代子が家に訪ねて来たのは、車を乗り捨て三重県から逃げるように帰って来てから半月を過ぎた頃だった。
玄関を開けるといきなり明山が
「ラビュー」
といい微笑んだ。
永剛は久しぶりの再会の挨拶も無しにいきなり意味不明な事をいう明山に対し、キョトンした表情を浮かべた。そして「ラビュー?」と聞き返した。
「愛してるって意味よ。知らないの?アイラブユーよ。アイラブユー」
それを略したわけか、と永剛は思った。
「ま、最近の私達の合言葉のようなものね」
明山未子はいい、三代子さんの背中に手を回した。
「永剛君、お久しぶり」
「はい。ご無沙汰してます」
「元気してた?」
「それくらい、見守りの会は知っているでしょう」
永剛は未だ、自分を見張っている見守りの会のやり方にうんざりしているんだと言いたげに、語気を強めてそう言った。
「そうね」
「で、何の用ですか?僕は見守りの会の事は何一つ喋っていませんよ」
「ラピッドね」
話の横から明山未子が割り込みそう言った。
「ラピッド?」
「見守り会という名称からラピッドに変更されたの」
三代子が続けた。
「いつからです?」
「永剛君が辞めて数年後だったかしら。拠点を移動した時に、名称も変えたのよ」
「そうでしたか」
「そうそう」
明山は名称が変わった事が心底嬉しかったのか、ニコニコしながらそう言った。
「そのラピッド?のお2人がどうして僕なんか訪ねて来たんですか?」
「永剛君が三重県で犯した2人の人間を車で轢き殺した事は知っています。何故ならその2人はラピッドのターゲットでもあったからです」
マジか、と永剛は思った。まさかその2人を自分が殺したせいで、ラビットから恨みを買ったという事なのか?永剛の戸惑いを隠せぬ表情を見た三代子さんが、永剛の内心の気持ちを察したのか首を横に振った。
「それは有りません。むしろ手間が省け助かったくらいです。何故なら吉田夫妻は中々の慎重派だったようで、あんな深夜に外出するような事は滅多に有りませんでした。要するに隙を見せなかった訳です。その理由は詳しくはわかりませんが、いつ襲われても不思議じゃないという事を自分達もわかっていたのでしょうね。だからチャンスはあの夜にしかなかった。それをどういう訳か英君が殺してくれた。こちらとしては万々歳だったのです」
「そりゃどうも」
「で、話というのは他でもありません。
永剛君、もう一度、ラピッドへ戻って来ませんか?」
「勧誘ですか」
「そうです」
「辞めた人間が戻ったりすると、内部の人達どうしで軋轢とか生まれるんじゃないですか?」
「確かにそれは起こりえます。中には永剛君の事を何も知らない癖に、裏切り者だと思っているメンバーも少なからずいます。ですので、私達、いえ田山相談役のアイディアですが、英君はラピッドの新たなメンバーであって立場としてはフリーな状態にいて貰うつもりです。つまり反対派には永剛君がラピッドに戻って来た事は知らせない。けれどラピッドの仕事のみ受けて貰う。その代わり今回の吉田夫妻のような、永剛君の判断だけでその他の人間を殺さない、手を下さないという条件を飲んで貰う必要があります。勿論、それを飲んでくれたなら、永剛君の監視は即刻、解くようにします。このような条件付きではあるけれど、永剛君、再びラピッドへ戻って来ませんか?」
監視を解かれるのは良い条件だと永剛は思った。
だが……
「田山相談役がおっしゃっていました。永剛君は死体で何かをしたいのだと。ならばそれも自由にされて構いません。ですが殺害した死体は、必ず処理人に受け渡して貰います」
永剛はしばらく考えていた。その間、明山未子は三代子さんの背後から家の中を覗き込んでいた。
「床にいるのってさ」
「はい?」
「床に這ってるの、ゴキブリじゃないの?」
「ええ」
「ええじゃないでしょ!気持ち悪いし、衛生面でも良くないから直ぐ殺した方がいいわよ!」
「考えておきます」
「即答は控える、という事ですね」
「あ、いえ、ゴキブリの事ですよ。ゴキブリ。三代子さんのお誘いに関してはお願いします」
「戻ってくれるという事で良いのですね」
「はい。勿論です」
自分1人でターゲットを選ぶのはかなり大変だし、だからといって通り魔的にむやみやたらに殺して行く訳にも行かない。だが殺して良い人間を向こうから用意されるのであれば、それはかなり楽な事だった。
その分、ターゲットの選択にかけていた余分な時間を、死体に向ける時間に使う事が出来る。だから永剛はラピッドに戻る事に決めたのだった。
「永剛君の判断に田山相談役も喜んでくださいます」
他人行儀な口調で三代子さんはそういった。
「連絡先を教えて頂けますか?」
永剛は三代子さんに携帯番号を伝えた。
「ありがとうございます」
三代子さんはいい、後日改めて田山相談役から連絡が来ると思うと告げた。
「ではこれで」
「はい。ありがとうございました」
永剛がいうと明山が素っ頓狂な声で
「ラビュー」
とピースサインをしながらそう言った。
三代子さんがお辞儀をし、永剛もそれに習った。明山は手を振りスキップしながら遠ざかって行った。




