①④②
昨年の修学旅行前には既に見守る事が決定していたのにも関わらず、こんなに長く期間が開く理由を永剛は知りたかった。
これまでずっと我慢して聞いていたが、会に参加した自分が、処理のメンバーとし立候補し選ばれたからには、それなりに納得出来る理由がわかるかも知れない。
だから永剛は田山さんに尋ねる為に全員が帰るまで居残っていた。
「皆さん帰られましたが……英君、どうかされましたか?」
永剛は椅子に座ったまま、立っている田山を見上げた。
「聞きたい事があるんです」
「でしょうね」
田山はいい中央に置かれてある椅子の背を持ち、永剛の方へと向けた。そこにゆっくりと腰掛ける。はにかむように僅かに微笑んだ。
「寧ろ、今まで尋ねなかった方が不思議です」
「その内、分かるって阿波さんに言われたので」
「けれど数ヶ月経っても、いまいちわからなかった、という事ですね」
「はい。そんな感じです」
「では、先ず何を聞きたいですか?」
「見守りという意味もそうですけど、僕の母を見守りすると決定してから、数ヶ月が過ぎました。そして今夜ようやくそれを実行するというメンバー、何を実行するのかは僕にはわからないけど、でもそれが決まりました。ここで一つ聞きたいのは、どうして実行すると決まるまでこれだけの時間と日数がかかるのですか?」
「ごもっともな意見ですね。当然、不思議に思われたでしょう。本来であれば見守りの実行日時が決まった時点で、英君のような初めて参加するメンバーにその内容をお伝えする事にしています。どうしてそうするかと言えば、その待たされる期間の間に、他のメンバーとの信頼関係を築く必要があるからです。勿論、メンバーの中には気が合う人もいれば、そうで無い人もいるでしょう。ひょっとしたら私の目の届かない場所で、つまりプライベートでも仲良く遊んだり飲みに行ったりや、お付き合いされている方もいるかも知れません。それはそれで構いはしないのですが、恐らく皆様はプライベートも一緒というのはそうはいないと私は思っています。何故なら見守りの会の意義はそこには無いからです。ここに来られる会員の方々は皆、様々な事を腹に抱え生きて来ています。それはこの数ヶ月、参加して話を聞いて来た英君ならわかりますよね?」
「はい」
永剛は田山から視線を逸らさずにそう言った。
田山さんのいう通り、ここに来ているメンバーは多くの不幸を抱えている。仕事や家族から理不尽な目にあったり、友人から騙されたり、母のように男から暴力を振るわれて来た人もいた。少なからずそれらの話は永剛に憤りを感じさせるものだった。口には出さなかったが、メンバーをそんな目に合わず奴らは全員死ねばいいと思ったりもした。
「つまり期間がかかるのは、見守り対象の人物が再び同じ事を繰り返すかどうかを確認する事とその証拠を掴む事、そしてその人物がこの世の中で生きるに値しないという確信を得る事と行動のパターンを把握する為に、最低でもそれくらいの期間が必要となるのです」
生きるに値しない?永剛は田山のその言葉が気になった。一体、それはどういう意味合いを含んでいるんだ?見守るというのは、母とその男を引き離し、僕の知らぬ間に結婚などしているなら、離婚をさせ、男から母を匿い、再び男が母に近寄れないようにする為に行う事が見守りではないのか?永剛は直ぐにでも尋ねたかったが、田山の自分を見る目の圧力によってそれを押し留められた。
「わかりますか?」
「あ、はい。何となくだけど……」
「今はまだ何となくで構いません。それに言葉だけでは全てを納得するのは難しい事ですし、不可能ですから」
「そうかも知れませんね」
「ええ。ですが、次に私が言う言葉を聞いて英君はどのように思うでしょう。私はそれが楽しみでもあり不安でもありますが……」
永剛は黙って田山を見返した。口の中が乾き、何度も生唾を飲み込もうとした。
その飲み込む音が室内に大きく鳴り響くかのように、永剛の耳の中で響いた。
「見守りというのは簡単に言えば、殺人の事です。つまり、見守りの会そのものがいわば、殺人を犯す団体という事になりますね」
え?と思った。言葉が出ない。何か言うべきだと思った。けれど数秒、いや数分言葉が出なかった。
「殺すという事ですか?」
「そうです。英君のお母様は入院する程、酷い暴力を受けました。例え、お母様を殴った男と今後縁が切れたとしても、あの男は女性に暴力を振るう事は止めないでしょう。つまりそれは新たに被害を受ける女性が出るという事です。私はそれが許せない。故意に他人を不幸にする人間を許せない。そんな人達は生きる価値はありません。だから私は、いえ、私達はそういう不幸な目に遭っている人達を助ける為に、再び被害者を増やさない為に、その人間を処理する、つまり殺すのです」
「それが見守り、という意味なんですか?」
「そうですね。大っぴらに殺人の会などとは言えないでしょう」
田山はいいはにかむような笑みを浮かべた。
「何故、この会が見守りの会と名がついているのか。それは殺人を、会のメンバー全員でその対象者と、対象者から酷い目にあった方、つまりここで言う英君のお母様の事ですが、その方々の憎むべき人生と憂うべき人生を共に見る、死んでいく様とこれから生きていく様の両方を見守り続けるという意味合いを込めて、見守りの会と名付けています。ですから会に入られた方は全て、英君のように見守りという言葉に惹かれて入会しています。それが興味本意か、それとも駆け込み寺のように捉えるかは人それぞれですが、確かなのは全員が全員、その人生に不遇な目に遭われているという事です。
なので、殺人を犯すという見守りの会の本当の存在理由を知ったとしても、これまでも辞めた人は1人もいません」
「それは辞めたら殺されると思ってるからじゃ無いですか?」
単純にそう思った。
「そうかも知れません。ですが私達は私達がやっている事を知っている人間が辞めたとしても、その人間を殺すような事はしません。何故なら完璧とは言いませんが証拠を残さないからです。それにここが重要な事なのですが、殺される人間は、全て周囲から疎まれているような人物ばかりです。嫌われていたり、犯罪者だったりと、社会においても害悪しか生み出さないような人間ばかりです。そのような人間がある日突然、居なくなって誰が気にかけますか?寧ろ居なくなってせいせいするでしょう。その点が、見守りと会のメンバーが辞めない理由でもあると、私は考えています」
「けど、その家族とかは心配するんじゃないですか?」
「中にはそのようなご家族もいらっしゃるでしょう。ですがこれまでの経験から言わせて貰えるのであれば、誰一人として捜索願いや失踪届けを出している親身なご家族はいないと私は聞いています。つまり、家族でさえ居なくなってくれて安堵しているのです。だから警察も先ず動く事がなく、ほぼ完璧に近い形で見守りを実行出来るというわけです。勿論、油断は禁物です。誰かに見られでもしたら通報されかねませんからね。そういう事も想定した上で、見守り対象者の生活パターンや生活圏の中にある周囲の人達の人物像やその人達のパターン、そして見守り対象者の活動範囲、知人友人関係を徹底的に調べる為に、最低、3ヶ月位の期間は必要になるのです。運良く、今回の対象者には血縁関係に当たる、親族はいませんでした。ですのでこれくらいの期間で見守りを実行出来るようになったのです。英君、ここまで私の話を聞いて頂きましたが、改めて尋ねます。見守る当日、君は参加しますか?」
「します」
永剛は即答した。何故なら死体が手に入れられるかも知れないと思ったからだ。だがそれは当然、口には出さなかった。
「母を守りたいからです」
「わかりました」
「あ、後、見守りが実行された後、母はどうなるのでしょうか?」
「お母様は見守りが行われた事を知ることはありません。ですからただその男性が帰って来ない、連絡が付かないと気にかけるでしょう。それが幾日続くかはわかりません。ですが、その間も、見守りの会のメンバーがお母様の言動をチェックします。警察に駆け込む事を防ぐ為ではなく、姿を消した男性の噂を、それとなくお母様の耳に入る程度に流します。勿論、その前にお母様が逃げ出し自宅へと戻って来る事も考えられます。当然、私達はそれを1番に望んでいます。何故なら英君はまだ未成年ですし、それ以上に私達の大事なメンバーなのですから」
永剛はありがとうございますと田山に向かって言った。
他に気になる事や、疑問はあるかと聞かれたが、永剛はありませんと答えた。本当は自分も殺害に手を出して良いかという事を聞きたかったが、それは我慢した。当日、分かると思ったからだ。
永剛は椅子から立ち上がり、田山に向かってさよならと言った。
「次回も来ます」
そういうと部屋を出て行った。




