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翌日になってもラピッドからメールの返信はなかった。理由はわからないが、何かしらの示唆をしているのか、新たな情報を手に入れたのか。それとも圭介に対する何らかの処罰を考えているのか。推測は圭介を疲弊させた。
考えても無駄だとわかっているが、何かしらのリアクションがあって然るべきだと圭介は思った。
たった1日ではあるが、普段のラピッドの対応として考えれば寧ろ遅いくらいだ。吉田萌と圭介との関係。
そして見つかった吉田萌の死体。それを繋ぐ線を洗っているのかも知れない。
家にいた、そんな言い訳は通用しない事くらい圭介にもわかっていた。実際、家にいたのだが、ラピッドに証明出来る人間は1人もいなかった。
警察ではないが、例えば今、父がいて圭介は家にいたと言っても信じて貰えないだろう。身内の言葉ほど信用にあたいしないものはないからだ。証拠として認めてはくれはしない。それはマリヤとて同じ事だった。
だが当然ながらラピッドにマリヤの存在を明かす事はおろか、知られる訳にはいかない。とにかくラピッドがどう返信してくるかで対応策を考えようと思っていたが、それは先延ばしにするしか無さそうだった。
不問とされるかも知れないし、呼び出しを受けるかも知れない。今までの圭介の仕事の実績を考慮し、厳重注意だけで済むかも知れない。
「ったく。余計な遺産を残しやがって」
そんな風に愚痴ってみるが、吉田萌は既に殺されてしまっている。文句を言う相手がいないというのは、気持ちの座り心地が悪かった。
圭介は昼を過ぎても起きないマリヤをそのままに、小屋へと向かった。
気持ちが落ち着かない時は、集中出来る何かをするに限る。圭介の場合、それが工具の手入れだった。
ニッパーやドライバー、ノコギリにハンマー。サンダーやチェーンソー。手入れする工具は無数にあった。
圭介は小屋に入ると直ぐに工具机の前に座った。サイズの小さい物から大きな物まで圭介は丁寧に手入れをして行った。集中するのにさほど時間はかからなかった。
気づけば夕方の18時を回っていた。
昼ご飯を食べなかったせいか、びっくりする程大きな音でお腹が鳴った。
圭介は油まみれの手をタオルで拭くとゆっくりと椅子から立ち上がった。スマホを見るがマリヤからの連絡はない。まだ寝ているのか?いや流石にそれは考えられなかった。ならどうして連絡をして来ないのだろう。
お腹空いた。けーちゃん何処?という連絡があってもおかしくはない筈だ。黙ったまま1人食事を作り映画でも観ているのか。そのような行動はマリヤには不釣り合いな気がした。圭介は明かりを消して小屋を出た。施錠を確かめ自宅へと戻った。
リビングの明かりはついているが、マリヤの姿はどこにもなかった。TVにはホラー映画のメニュー画面が映っていた。どうやらマリヤは起きてからこの映画を観ていたらしい。
トイレにも風呂にもいなかった。残るは圭介の部屋だけだ。マリヤ?と声をかけながら戸を開ける。真っ先に目に入ったのはベッドだった。蹴散らされた掛け布団が壁側に団子のように丸くなっている。クローゼットがあるが、こんな中に隠れるような事をマリヤがするだろうか。念の為に開けて見るがやはりいなかった。
この時になってようやく圭介の頭の中に嫌な考えが浮かんだ。予感とでもいうべきだろうか。圭介は無意識に生唾を飲み込んだ。ベッドの下に隠れていてくれと、嫌な予感を払拭したいが為にそのような事を思ったりする。
下を覗くがマリヤの姿はなかった。それを確認出来た事で圭介はようやく腹が決まった。マリヤは逃げ出したのかも知れない。この時を逃さない為に今まで従順に圭介に従い、恋人同士を装い、圭介の信頼を築いてきたのか。だがそうだとしても不思議と腹は立たなかった。
当然、マリヤが生きている事がバレれば圭介の立場は無くなる。圭介の信用は地に落ち、究極、ラピッドから命を狙われるかも知れない。そうなると父や母も危険な目に晒される可能性だってある。それなのに何故かマリヤに対して圭介は怒りを覚えなかった。軟禁状態にあるマリヤを不憫に思っていたからだろうか。いつも一緒にいて恋愛を楽しんでいたからだろうか。それとも仕事のパートナーとして認めていたからだろうか。
今、マリヤが姿を消した状況下にあって、圭介は怒れない自分の気持ちが良くわからなかった。罪悪感がなかったと言えば嘘になる。マリヤは吉田萌に殺害された筈が生き延びたのだ。
この世で再び生きる事を許されたのだ。そんなマリヤを圭介は生かしておく為に軟禁し、1人の人間を殺させ死体を解体させた。それは罪の共有だった。そうする事でマリヤと離れられない環境を作り上げたと思っていた。だが、それは圭介の幻想に過ぎなかったのかも知れない。
ふと視線の先に机が目に入った。1番大きな引き出しが僅かに開いている。そこには圭介の愛用しているハンマーとマリヤのドライバー、そして圭介が個人的にリストアップしている人間達の、大まかな情報が書かれてあるノートがあった。圭介は勢いよくその引き出しを、開けた。
ハンマーはあった。だがドライバーとそのノートが消えていた。
そう言えば先日、マリヤは次のターゲットが欲しいと言っていた。それを思い出した圭介は引き出しをそのままに部屋を飛び出そうとした。思い止まったのはマリヤの服を確認したかったからだ。ゴスロリ衣装で出かけたならば、マリヤを見つけるのは簡単だ。圭介は先程開けたクローゼットの把手を掴み乱暴に開け広げた。
衣装はそこにあった。新たに買い足した秋冬の服もある。全てを把握している訳ではなかったが、デニムと黒のダボっとしたサイズの大きなパーカーが見当たらなかった。なるほどと圭介は思った。ゴスロリ衣装でこの辺りをうろつけば嫌でも目立ってしまう。
それが圭介の家から歩いて出たのを誰かが目にしたりすれば、変な勘ぐりをされても可笑しくない。
それにもしマリヤの存在が知られていたとしても、マリヤは車椅子に乗っていなければならないのだ。
それが出来ない為に、マリヤは地味な服装を選び、凶器であるドライバーを持って出て行ったのだ。それを知っも圭介は慌てなかった。
マリヤは約束を破りはしたが、圭介を裏切った訳ではなかったのだ。だが破った約束は許される事じゃない。もしラピッドの関係者に見つかりでもしたら、それは直接マリヤの死に直結しかねない。
圭介は車のキーを持って家を出た。
車を走らせながら自分がターゲットにしていた複数の人間達の名前と住所を思い出す。それが正しいか自信はなかった。が、今はそんな事を言っている場合じゃない。下手すればマリヤは殺人未遂や、暴行で捕まる危険性もあるのだ。圭介は無意識のうちにアクセルを強く踏み込んでいった。




