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 ①③⑧


金閣寺を見学した後、お昼前に永剛は遠藤と合流し、食事も取らずにそこから市バスに乗って深泥池(みぞろがいけ)へと向かった。


おおよそ30分、バスに揺られながらお昼どうする?と一席空いた席に座らせた遠藤が永剛を見上げながらそういった。


「名物とか、有名な食事処や甘味処なんて知らないし、面倒だから適当に食堂なんかあったらそれでいいんじゃない?」


「そうだね」


珍しく遠藤は永剛の言葉に素直に従った。

流石の遠藤も食べ物屋には注意を払っていなかったようだ。まぁ、永剛もお昼ご飯なんて何だって良かったから無理に色々歩いて探し回るよりは、それで充分だと思った。


バスを降りて案内に沿って深泥池の方へと向かった。

敷地内に近づくと周りが緑に囲まれているせいかも少しだけ空気が冷たかった。


池畔の周りを2人でゆっくりと歩いて行く。穏やかな風が遠藤の髪を靡かせた。


「何か全然イメージと違う」


つまらなそうに永剛が呟いた。


「浮島ってあれかな?」


指差した方を見る遠藤がだろうねと返した。


「あの上に上がって見たかったのに」


「皆さーん、天然記念物を破壊しようとする男がここにいますよー」


「馬鹿じゃねーの」


生息している動植物や昆虫類の姿はまるっきり見えなかった。天然記念物というだけあって、ひょっとしたら見た事も無いグロテスクな生物が生息しているかも知れないと淡い期待を持って来てみたが、それらを捕まえる所か、見ることすら出来やしない。


ボートに乗って網を使い池の中を掬ってみたら、そのような生物が捕まえられるかも知れないが、それは出来なかった。


「京都つまんないな」


「何を望んでここに来たのか知らないけど、それが叶わないからって全否定するのは、おかしいからね」


「なら聞くけど金閣寺楽しかったか?」


「神社仏閣に興味なし!」


「ほら、遠藤だってつまんないんじゃねーか」


「でも、私はここは好きだよ」


「ただの散歩道じゃん」


「全く風情ってもんがわからないかなぁ。それにここには氷河期から変わっていない動植物がいるんだからね?その長い歴史を思いながら歩くのかいいんじゃない」


「遠藤さ」


「何よ」


「ババくせーな」


永剛がいうと遠藤は拳で永剛の二の腕を殴った。


しばらく歩いていると側にある生物群集の雑木林の一部に荒らされたような箇所があった。無理矢理掻き分け、足で木々を踏みつけながら中に入ったようなそのような箇所がある。木々は奥に行けば行くほどその高さが増している。永剛は足を止めてそちらを眺めた。


急に止まった永剛に遠藤冴子が不思議そうな顔を浮かべた。一歩後戻りする。


「どうしたの?」


「ここ、天然記念物だよね」


「うん、一応そうなってるよ」


「でも、これみて」


「永剛は踏みつけ掻き分け中へ押し入ったような形跡のある木々の割れ目を指差した。


「誰か中に入ったのかな」


「調査、とか?」


「それはあり得ないんじゃない?」


地面に近い木々が踏み折られている。


「調査だとするなら、天然記念物に指定さるている場所の木々を折ったりするかな」


「あぁ、確かにそうだね。けどさ、天然記念物に指定されてるのは深泥池と浮島でしょ?周囲の木々は関係ないとか?」


「んー。無いとは言え無い感じもするけど……でも気にならない?」


「ちょっとね。ちょっと気にはなるけど、こういう場所ってわざと悪戯したりするような人っているじゃん?お寺に落書きしたりさ。そういう事をする人がやったんじゃない?」


遠藤が言うと永剛はかも知れないねと言った。


「先に帰っててよ」


永剛はつっけんどんにいい、1人その踏み荒らされた雑木林の中へと足を踏み入れた。歩き出すと次第に木々の背が高くなって行く。あっという間に永剛の背より高くなった。両手で掻き分けながら進んで行く。


ふと足を止めたのは背後から物音がしたからだった。振り返ると文句を言いながら着いてくる遠藤の姿があった。


「置いてかないでよ」


「帰らなかったんだ?」


「悪い?」


「別に悪くはないけど」


永剛はいい先を進んで行く。


「こういう事するの、遠藤らしくないかなって思ったんだけど」


冷んやりとした強い風が木々の隙間から吹き抜けていく。動かしている手を止めると、枝葉が身体のあちこちに当たった。


「駄目よ。こういう事するのはいけないんだから」


「なら来なきゃいいだろ?」


「私は英を止めに来ただけ」


そういう遠藤の口調は誰かを咎めるような感じではなかった。永剛は鼻で笑った。真面目な癖に遠藤にもちょっとした冒険心はあるらしい。


頭上を覆うまで高い枝葉や木々に囲まれ始めると、そこから先はトンネルのような、アーチ状になっていた。地面には複数の足跡があり、明らかに人工的に踏み荒らされた形跡があった。それを見て永剛は足を止めた。前方を見つめる。追いついた遠藤が永剛の背中にぶつかった。


「ちょっと、いきなり止まらないで……」


「シッ」


永剛は遠藤に身を屈めるよう仕草で示した。

自分もしゃがみ込み遠藤を手招きした。

自分の耳を指差すと遠藤は髪の毛を耳にかけ、露わにした耳を永剛へ向けた。その耳に囁くように言った。


「人の声が聞こえない?」


「うそ?」


永剛は頭を横に振る。


「聞こえた」


そういうと遠藤は口を閉じ耳を澄ました。


そして何度も頷いた。


「でしょ?」


「うん」


「ちょっと行ってみる」


「やめときなって」


永剛は聞こえないふりをして物音を立てないよう気をつけながら先へ進んで行く。


「英、駄目だよ。危ないって。こんな中に入るような人だからまともじゃないよ」


永剛は前を向きながら、後ろへ向けて指でOKサインを作る。先に進むにつれその声は大きくなって行く。何やら言い争っているようだった。

声も男のようだ。複数の人間がいるのか。


永剛は身体を屈めた。息を潜め足を踏み出そうとした時、強い力で腕を掴まれた。振り返ると遠藤がいた。掴んだ手も震えているようだ。


永剛はその手の上に自分の手を重ね、軽く握った。頷くと遠藤も頷き返した。捕まれいる手を離し、その手を握る。意識を集中して先へと進む。怖いなら来なきゃいいのに。握った手が未だに震えている遠藤に永剛はそう言ってやりたかった。その震え方で遠藤がこうして着いてきたのは単なる好奇心だけとは到底思わなかった。


1人待たされる方が余程、嫌だったに違いない。誰かに助けを求めるといっても近くに管理している人間がいるとも限らない。僕の心配というより、見知らぬ土地で1人になるのが嫌だったのかも知れない。

もしくは今更1人で出て行って巡回警備をしている管理者に見つかるのも嫌だったのかも知れない。それらを天秤にかけた結果、遠藤は1人残されるよりこちらを選択したのかも知れない。そんな遠藤はまるで豪雨でずぶ濡れになった子猫のようだった。不安で不安でしょうがなく、落ち着きなくキョロキョロと周囲に目を配っている。


永剛は握る力を少し強めてやった。そうして更に進んで行くと言い争う声がハッキリと聞こえ出した。風が強くなり内容までは聞き取れなかったが、もめているのは間違いない。下げた視線をあげると2人の男性の姿がハッキリと目に留まった。


永剛は足を止めアーチ状になった道から少し横へと入り込んだ。永剛は遠藤に頭を下げるよう囁き自分の横に、道から離れた方へ来るように手で指し示した。2人横並びになるとその場にしゃがみ込んだ。お尻が地面につきそうな体勢でジッとしているのは中々、辛いものがあった。


だがそんな事が気にならない程、2人は息を潜め草陰から見える男達をジッと見つめていた。更に風がつよくなり木々の擦れる音に男達の会話が掻き消されて行く。


こちらに背中を向けている男がいきなり背中に手を回した。胸ぐらを掴んだまま空いた手でシャツを捲り上げた。キラッと光るものを手に掴む。刃先がギザギザになっていた。サバイバルナイフだと永剛は思った。刃渡りのかなり大きなそのサバイバルナイフを掴んだ手を、一旦、自分の後ろへと引き勢いをつけ男と向いあった。そして無言のまま男の腹部へとその刃先を突き刺した。


瞬間、側にいた遠藤が「ヒィッ」と短い悲鳴を上げた。永剛は慌てて遠藤の口を塞いだ。タイミングが悪かったのか、その手に遠藤が噛みついた。永剛は歯を食いしばり痛みを堪えた。引き離そうとしたが、噛む力が強く外せなかった。永剛はそんな遠藤の顔を覗き込んだ。遠藤は目を大きく見開き、震えている。耳元で落ち着け!と怒鳴るが、反応はなかった。


その目に永剛は映っていないようだった。遠藤は全身を震わせながら永剛の指を噛み続け、更に噛む力が強くなった。永剛は痛みに顔を歪めながら視線を男の方へ向けると男は幾度となく腹部へサバイバルナイフを突き刺し続けていた。刺された男は苦悶の暴言を吐きながら口と鼻から血を吐き出すと、膝から崩れ落ちた。


それを見てサバイバルナイフを持った男はようやくその手を止めた。だがそれで終わりではなかった。サバイバルナイフを持った男の方は崩れ落ちた男の顔面を膝で蹴り上げた。蹴られた男が仰向けに倒れるとそこへ馬乗りになった。テメーが悪るんだからなと罵りながら更に腹部目掛け、ナイフを突き刺して行く。


その時、刺された男が見えなくなった事で、多少落ち着いたのか遠藤の噛む力が弱くなった。永剛は遠藤の顎に手を添え大丈夫大丈夫と囁きかけながら噛まれた指を遠藤の口からゆっくりと外して行った。


中指の腹の肉が抉り取られ、そこから血が垂れ流れている。それでも尚、何かを噛もうとカチカチと歯を鳴らす遠藤の口は永剛の血でべったりと汚れていた。


遠藤が噛み切った永剛の指の肉が遠藤の口角についていた。永剛はそれを取って放り捨てた。噛みちぎられた箇所がジクジクと痛んだ。とめどなく血が溢れて出してくる。舐めた所で止まりそうにないなと永剛は思った。


余りの血の勢いに永剛は辟易としたが、側の細くしなやかな枝を引き抜いて中指の根元でキツく縛った。全身を震わせる遠藤の正面に片膝をつき顔を近づけた。目を覗き込むと遠藤はまだ恐怖に怯えているようだった。2、3度頬を叩き、つねった。眼球は細かく上下左右と動いている。永剛は両手で遠藤の頬を挟んだ。頭を揺り動かすと僅かだが遠藤の目に少しずつ正常な光が戻って来始めた気がした。その時だった。地面についた片膝に生ぬるい感触がズボンを通じて伝わって来たのだ。目線を下げると屈んだ遠藤の足の間から徐々に地面が濡れ始めていく。一瞬。何だ?と永剛は思った。けど直ぐに気づいた。恐怖のあまり、遠藤は失禁したようだったのだ。

それに気づいた遠藤はハッと息を吐いた。眼球の動きが止まる。永剛と目が合うと顔を真っ赤しながら


「見ないで」と言った。


遠藤の失禁は中々止まらなかった。殺人を目撃した恐怖で、身体へ伝達する能力が緩んでしまったのかも知れない。目の前で起きた余りの衝撃的な出来事に緊張の糸が切れ全身の筋肉が弛緩したのだろうか。どういう理由で失禁するのか永剛にはわからなかったが、そのお陰か今の遠藤は少しは平静を取り戻したようだった。


永剛は学生服の内ポケットからハンカチを取り出した。俯いた遠藤の顎を掴み顔を上げさせる。血塗れの口を綺麗に拭いてそのハンカチをしまうと永剛は遠藤の頭をポンポンと叩いた。そして外のポケットに手を差し込みビニール袋を取り出した。バス酔いで嘔吐しそうな時に使用するビニール袋だった。これは深泥池で生物を捕まえたら、このビニール袋に入れて持って帰ろうと思い、学生服に入れて置いたものだ。


「下着脱いだ方がいいよ」


永剛はいい遠藤が背負っているリュックに手をかけた。


「予備の下着ある?」


遠藤は恥ずかしそうに頷いた。

前方の男を気にかけながら永剛はリュックのファスナーをゆっくりと開けた。前方から目を離さず片手で漁った。指先に下着らしき物が触れ永剛はそれを引っ張り出した。白の下着にさくらんぼの絵柄がプリントされてある。

永剛は一旦、その下着を胸ポケットにいれた。


「自分で脱げる?」


遠藤は頭を横に振った。まだ自分の身体を上手く動かす事が出来ないようだ。仕方なしに永剛は遠藤の正面に身体を移動させ両手をスカートの中に差し込んだ。ペニスが勃起するが、今、遠藤を押し倒す訳には行かない。それにレイプまがいの事は嫌いだ。永剛は腰の辺りまで両手を差し込み下着を掴むと力を入れ引きずり下ろした。


膝まで引っ張り出すと片足を持ち上げ膝下まで下着をずらし、又、反対の足もそのように持ち上げた。足首まで下ろすと後は簡単だった。同じ要領で靴を脱がし下着を取った。それを胸ポケットにしまったビニール袋に入れ口を縛った。ポケットに入れてから、血塗れのハンカチを取り出す。汚れていない部分を上にして永剛は再び遠藤のスカートの中に手を入れた。遠藤の性器にハンカチを当て、漏らした性器を拭いて行く。その時、小指が遠藤の陰毛に触れた。この時点で永剛のペニスははち切れそうだった。遠藤に触って欲しかったがそれは無理難題だ。思考の半分が押し倒せと囁いて来る。


無意識に人差し指が遠藤の性器のヒダを這って行く。遠藤がそんな永剛の手を両手で押さえつけた。それが永剛の気持ちを押し留めた。直ぐに頭を切り替え永剛は濡れた性器をハンカチで拭き、スカートの中から手を引き出した。ハンカチをしまい新しい下着を履かせようと再び、スカートの中に手を入れようとした。それを遠藤が引ったくった。中腰になり急いで下着を履いた。どうやらもう大丈夫のようだった。


それを確認出来た永剛は前を向き直った。が、既にそこに男の姿はなかった。刺された方は足を伸ばしこちらへ靴裏を見せている。男は永剛が遠藤の下着を脱がしている間に逃げたのかも知れない。そちらへ行ってみようとしたが、足が止まった。男はまだ近くにいるかも知れないと不安な気持ちが脳裏に過ぎったのだ。永剛は前方から目を離さず息を潜め続けた。遠藤が何か囁くが永剛はそれを無視した。さっきより更に強くなった風が遠藤の髪を靡かせる。


「よし」


と呟いてから永剛は男がいた方へと足を踏み出した。


「遠藤は絶対ここを動くなよ。いいな?」


小声で言うと遠藤は頷き返した。永剛はリュックを遠藤に預けると轍が出来た方へと進んで行く。視界が開けると目の前にハッキリと倒れている男の姿があった。


近づくにつれ心臓が激しく脈打ち呼吸も早くなる。吸っている空気が少なく感じ息苦しかった。胸郭を突き破り心臓が飛び出して来そうだと永剛は思った。


中腰になりミーアキャットのように頭をキョロキョロさせ倒れた男へと近づいて行く。今まで見た事がある死体はトラックに潰されたお爺さんだけだ。後は水害による土砂崩れに巻き込まれ、腕をちぎられた人間の手だった。人が殺される所を見たのも、殺された人間を見るのも初めてだった。


明らかに死んでいるであろうこの男で永剛は実験、いや練習をしてみたいと思った。そんな思いを腹の中に押し留めながら永剛は死体の側へと近寄った。


緊張しているのか、さっきから全身から汗が噴き出している。大粒の汗が額から流れ目に入り思わず顔をしかめた。永剛はしきりに瞬きをしながら倒れた男の側へと行った。身を低くし耳を澄ませる。強風により気配なんて分かりようがなかった。が注意しないに越した事はない。そう思い改めて四方へと目を配った。頭の中で180迄数字を数えフゥと息を吐き、垂れ続ける汗を手の甲で拭った。


この男を刺した男は既に逃げたようだった。永剛は身体を起こし倒れた男の太腿を爪先で蹴ってみた。反応はない。トレーナーに、前をはだけた薄手のジョギングジャンバーを着ている。グレーのスウェットズボンは血塗れで既に黒ずんでいた。


永剛は腰を下ろし男が着ているトレーナーを捲り上げた。かなり激しく刺したのだろう。複数の刺し傷から内部の黄色い脂肪が覗いていた。その内の数ヶ所は刺された後、刃を回転させ横へと力を加えられたのか、L字に裂かれてあった。永剛は学生服の裏地の破れかけた布を千切りそれを二本の指に巻きつけた。後を振り返り遠藤の動向を確認する。死体を弄っている所を遠藤に見られたくなかった。永剛は男の足下へ移動し両脚を広げさせた。男の股間付近に両膝をつきそして2本の指を刺された傷口へ差し込んだ。内臓らしきものに触れると右手に全体重を乗せ押し潰そうとした。が、内臓は永剛の指を簡単に跳ね返した。


簡単には潰せないな。永剛はそんな事を思った。ふと視線を感じ後を振り返ると茂った木々の隙間から頭半分を覗かせた遠藤の顔が見えた。その遠藤へ向けて永剛は首を横に振った。出てこようとする遠藤を左手で制止する。そして指を耳に当ててから、周囲を指し示すように半円を描いて見せた。まだ近くにいる感じがする、そのような意図をジェスチャーで伝えたつもりだった。


上手く伝わったかはわからなかったが、遠藤はすぐさま身を隠した。それを確認すると永剛は死体に向き直った。ふと視界の隅にある物が目に入った。小ぶりだが原始人が使っていたような矢尻に似た石が転がっている。永剛は布を巻いた手でその石を掴むと上半身を伸ばし男の鼻に向けて振り下ろした。鼻骨が折れたような鈍い音がした。狙いがズレて頬の皮膚が裂けた。頬骨が露わになった。それが引き金となり、永剛は男の顔面を潰したいと思った。前歯を折り、眼球を潰した。息があがるまで殴り続けた。


全身に力が入らなくなる程、疲弊した永剛は人1人を潰す難しさを痛感せずにはいられなかった。だかそれは決して永剛の気持ちを折るものではなかった。むしろ時間をかければかける程、潰す喜びを味わえるかも知れないと、この時、殺された男に思わされた。死体が欲しい。


そう思った。出来る事ならこの男を持って帰りたいくらいだ。そんな風に思いながら呼吸が整うまで待った。永剛は掴んでいた石をズボンに押し込みゆっくりと起き上がった。全身に筋肉痛が始まっていた。永剛はゆっくりと男の死体から後ずさるようにその場から離れて行った。


遠藤が隠れている場所で足を止め鬱蒼と茂った草木の中に左手を差し込んだ。


「帰ろう」


その手を握り返す遠藤の力はとても弱々しかった。永剛はその手を握り返した。女ってこんなにも弱いのか。なんだ。こんなの簡単に殺せるじゃないか。永剛は自分が笑っているのがわかった。


永剛は笑みを堪えながら腕を引き遠藤を引っ張り出した。リュックを受け取り肩にかけた。


手を繋いだまま、アーチ状になった木々の下を抜けて歩き出して行った。


深泥池の淵で、足を止め池の水で顔と手を洗った。遠藤はそんな永剛を見ても何も言わなかった。ひょっとしたら、死体を殴っていたのを見られたかも知れない。そう思ったが気にしない事にした。何故なら遠藤なんて簡単に殺せるとあの弱々しい力で、握り返して来た時にわかったからだ。だから恐れる必要もなかった。


「そろそろ自由時間、終わる、よ」


か細い声で遠藤がそう呟いた。

永剛は濡れた手と顔を制服で拭くと、遠藤に頷き返した。


「なら急がないとだね」


永剛が歩き出した瞬間、遠藤が呼び止めた。

振り返り顔を見ると、遠藤は今にも死にそう程、青ざめた目で永剛を見つめていた。

その目を見て遠藤が何を言いたいのかすぐにわかった。


「僕は何も見てないし、それは遠藤も同じ。ここで起きた事は絶対に誰にも言わない。パンツも捨てて来たから大丈夫」


永剛はいい制服のポケットに入れてあるビニール袋の膨らみを隠すように外側から押さえた。


「言ってるじゃん」


永剛を睨むように言った。


「もう言わないから」


「本当に?」


「うん。言わないし言えるわけない。だってそうだろ?警察に連絡したりしたら、僕らは犯人の標的になってしまうんだ。それに犯人が逃げたかどうかもわからないだろ?隠れていて僕らの事を見張っているかも知れない。制服を着てるから学校も直ぐにバレる可能性だってある。下手するとこの後、僕等の後をつけてくるかも知れない」


「襲われるって事?」


「あくまで可能性の話だよ。だから警察にも連絡はしない。だって僕等は何も見ていないんだから。僕等が見たのは、つまんない深泥池だけさ」


永剛はいい遠藤を手招きした。


「遅れると僕等が付き合ってるって噂になるかもだよ。それでもいいの?」


「嫌。絶対、嫌」


「そこまで否定しなくてもいいと思うけどなぁ。ま、けど僕が遠藤の立場でも、そう思うかも」


「思うんだ?」


その問いには答えず、永剛は言った。


「行こっか」


遠藤は頷き、先に歩き出した永剛の数歩後を着いてくる。


「帰り道知らないけど、こっちでいいの?」


「うん。多分」


「多分って」


「大丈夫。最悪、一周すれば入り口が出口に変わるから」


「なるほど。遠藤って頭良いな」


「まぁね」


心なしか声のトーンが普段の遠藤に近くなってきてる気がした。どうでもいい会話というのは、どうでも良くない事に遭遇した後には、ちょっとした治療薬の代わりになるのかも知れない。


普段、他人と話すことは実はこういう場面に遭遇した時の為のスキルを身につける、いわば練習のようなものなのかも知れなかった。


だからといって、他の生徒と会話する気にはなれないなと、永剛は思った。


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