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中間テストが終わり、その10日後には修学旅行が始まる。行く場所は大阪京都奈良だった。
土曜日の夜9時の夜行バスに乗って京都に向かう事になっていた。正直、永剛は行くかどうか迷った。積立金を払ってはいたけどそっちより楓と一緒いた方が楽しいと思ったからだ。
修学旅行の前日まで決めかねていた永剛だったが、遠藤冴子の「修学旅行、楽しみだね」の一言で永剛は行く事に決めた。
勿論、修学旅行先で、遠藤冴子の裸に触れられるとは思ってはいない。当然、見ることも叶わないだろう。
だが、何となく普段見れない遠藤冴子の素顔が見れるかも知れないと思うと行かないのは勿体無いと思ったのだ。
「お土産買って来るね」
金曜日の夜、楓の仕事前に間に合った永剛は化粧をしている楓に向かってそう行った。
「また1週間会えなくなるわけ?」
「そういう事になるよね」
「もう、えーちゃん学校辞めたら?」
最近の楓の口癖だった。勿論、本音ではない。楓は、お金があるなら大学まで行きたいという永剛の気持ちを良くわかっている。わかった上でそのような言い方をするのは、楓の一種の愛情表現でもあった。辞めればずっと一緒にいられる。お金は私が稼ぐからえーちゃんは私だけを愛して。辞めたら?という言葉に含まれている本当の意味はそれだった。だから永剛は
「辞めないよ」
と返し化粧をしている楓を後ろから抱きしめる。メイクの邪魔にならないよう気をつけながらお尻に勃起したペニスを押し付けると楓の表情が一変にくだけ嬉しそうにクスクスと笑った。勿論、仕事前だからそれ以上はしないのだけど、楓はその行為のお陰で仕事が頑張れるらしい。
「いってらっしゃい」
と楓を見送った後、永剛は鞄から教科書を取り出し今週受けた授業の復習を始めた。そして楓が作ってくれた作り置きの夕飯を食べお風呂に入るとその後は予習をし、1人横になった。
永剛は楓が忘れていった煙草を一本手に取り、口に咥えた。楓は煙草を吸うが永剛の前では絶対に吸わなかった。元々、本数も少ないらしく、煙草がなくても別に平気らしかった。
永剛は火をつけた煙草を指の間に挟みしばらくの間、煙を燻らせた。再び口に咥えゆっくりと吸い込んだ。途端に、咽せて咳き込んだ。こんなもの何処が美味いんだ?永剛は口の中に残ったニコチンの風味が嫌で、数枚ティッシュを抜き取った。それを重ねてその上に唾を吐いた。そんな煙草を捨てようとしたが、直ぐ消すのはダサい気がしてもう一度煙草を吸い込んだ。
一口目と全く同じで、永剛は目に涙を溜めなながら咳き込んだ。
「ったく、煙草ってすげえ不味い」
こんなにも不味いのを大人はよく平気で吸っているよなと永剛は思ったが、そんな人達への、つまり大人への多少の憧れを持って、3度目の挑戦をした。さっきよりはマシだが、相変わらず口の中がニコチン臭くなり唾を吐き出したかった。結局3回目でやめて永剛は煙草を灰皿で揉み消した。
バスの席は出席順に決められていたが、守る生徒は1人もいなかった。永剛はクラスで会話する友達がいない為、2人席の窓側にポツンと1人座っていた。永剛の隣りに座るような物好きがいるとも思えず、永剛は永剛で、そっちの方が気が楽だった。
修学旅行だからといって普段の生活と違う行動を取るなんて中々出来やしない。よほど気持ちが昂ぶり、調子に乗らない限りはあり得ない話しだった。深夜バスが出発してしばらくすると、前の方の席に座っている生徒達が先生を巻き込んでトランプをやり出した。はしゃぐ声が耳障りだった。こうなるだろう事は予想はしていたけれど、いざそれを目の当たりにすると黙れと怒鳴りたくなる。
こんな事なら来るんじゃなかったと窓の外を眺めながらそう思った。後方へと過ぎ去って行く景色やポツポツと灯った民家の灯り。遠く霞む尾根がまるで巨大な生物が口を開いて、このバスを飲み込むタイミングを図っているように見える。
息を潜めこちらの動向を窺いながらそっと近寄って来て、高速道路走るこのバスの前方からいきなり現れて僕らをひと飲みにする。過ぎ去る尾根を見ながら永剛はそんな妄想に耽っていた。
「暇そうだね」
そう言った声の主が、永剛の座る1人分空いた席に座った。
「なんだ、遠藤か」
「なんだとは何よ。失礼ね。英が1人寂しそうにしてるから話に来てやったのに」
「別に頼んでないけど」
「相変わらず意地っ張りだね。そんなだから友達出来ないんだよ」
「友達なんていらないよ。どうせ卒業したら、誰とも付き合いはなくなるし、それは高校も同じだよ。だから友達を作る意味なんてないんだ。たった数年間の為に、イライラしたり、あいつらみたいな馬鹿騒ぎするのも疲れるだけだから」
「本当、つくづく捻くれてるね。例え英のいうように付き合いがなくなったとしても、将来的には良い思い出になると思うけどなぁ」
遠藤はいい、英な横に座った。
「正直、来ないと思ってた」
「自分もそう思ってたよ」
「けど来たんだね」
「後悔してるよ。けどさ」
「何?」
「僕が来ない事がそんなに心配だった?」
「そういう訳じゃないよ。ただ、このクラスで行く修学旅行は一生に一度じゃない?だったら1人も休んだりしないで、全員で行きたいじゃん」
「そういうもんかな」
「そういうもんだよ」
永剛は窓ガラスに映る遠藤を見ながらふぅ〜んと言った。
「遠藤って図書委員の癖に、学級委員長みたいだな」
「悪かったわね」
「まぁ、元々学級委員長に立候補してたから、
そういう所が気になっちゃうのかもな」
「それと委員長に立候補したのとは関係なくない?」
「だって今の委員長見てみなよ」
永剛はいい、トランプで1番はしゃいでいる生徒を指差した。
「大体、ちゃんとした委員長なら、そろそろ皆んなを静かにさせるだろ。寝なきゃいけないわけだし。それがあんなだからな」
「米田だって頑張っていると思うよ」
「あいつ米田って名前なんだ?」
「え?マジで?知らなかったの?」
「うん」
「半年以上一緒のクラスなんだよ?」
「だって興味ないし」
遠藤は呆れたって表情でこちらを見返した。そんな顔を永剛は窓ガラス越しに見つめ返した。
「まぁ、英に何言ったって駄目か」
「そんな事はないよ。ただ自分の考えや、皆んなが、とか言って押し付けられるのが嫌なだけ」
「そうだろうね」
遠藤がいうと中列付近にいる女子が遠藤の名前を呼んだ。遠藤は「今、行くー」といい席を立った。
「明日の自由時間、英は行きたい場所とかあるの?」
「金閣寺行った後?」
「うん」
「まぁ、あんまり言いたくは無いけど、一応、あるかな」
「言いたくないってのは余計だけど、それ何処?」
「聞いてどうするわけ?」
「もし同じ場所なら一緒に行こうかなって思っただけ」
「あいつらと行けばいいじゃん」
「そうなんだけど、女子同士って、自分も含めてなんだけど意外と協調性ないし、自分勝手な所あるしさ。私、こんなだから、他の女子に合わせて行きたい場所を我慢しちゃうかも知れないから」
「意外だな。寧ろ、私の行きたい場所に着いてこいくらい言うかと思ったよ」
「うるさいなぁ」
「で、僕と同じ場所なら、気兼ねなく行けるってわけか」
「そういう事」
永剛は外を見ていた顔を戻し、立っている遠藤を見上げた。まぁいいかと思った。
「行きたい場所はさ」
「うん」
「深泥池だよ」
天然記念物・深泥池生物群集。そこには沢山の生物が住まっていて、浮島という物もあるらしい。その浮島に上がってみたいが、多分無理だろう。遠藤は僕がどうしてそんな場所に行きたいのか知らないし、興味もないだろう。
永剛がいうと遠藤はいきなり片手を挙げ手の平を永剛に向けた。タッチしろという事のようだった。
永剛は渋々遠藤の手にタッチした。
「あんな場所に行ってみたいって考えが同じって、あり得ないんだけど」
「は?遠藤マジで言ってる?」
「マジよ。大マジ」
遠藤はいい、私、下調べ完璧だから。金閣寺から深泥池までの行き方も頭に入ってる、そう自慢げにいうと遠藤は明日ね、と言って遠藤を呼んだ女子の方に向かって歩いて行った。




