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 ①③④

一時期は、世間を賑わした鰐男の話題も今は誰しもに忘れ去られているようだった。


それはそうで、世間では毎日のように新たな事件やゴシップがあらゆるメディアで流される為、数ヶ月も前に起きた猟奇殺人の事など覚えている筈もなかった。


覚えているのは事件担当の刑事と被害者家族くらいな物だ。短期間に5人もの人間を殺害し、その身体をバラしオブジェのように飾り放置した通称鰐男事件は未だ解決の目処は全くたっていなかった。


車から容疑者を絞り出し張り込みを行ったが、結局、何も掴めず徒労に終わった。


捜査本部もとっくに解散してしまった今、泡沢と小川の2人は別件の殺人事件を追っていた。


今ではスナック天使のママを殺害したのも鰐男かも知れないと、署内では噂になっている。


そんな噂を小川さんは「手口が違いすぎるだろう!」と一蹴していたが、泡沢は案外、間違いじゃないかも知れないと感じていた。殺害に共通するものは何もないが、ただ全く証拠を残していないという点だけは鰐男と共通する。そこに小川さん以外の刑事は注目していたのだ。


「相変わらず馬鹿野朗ばかりだ。いいか?ママ殺害の現場では目撃者はなかったが、ぎりぎりゲソ痕は取れているんだ。だが鰐野朗の事件では全くそれが無い。あるのは明山未子の証言だけだ。それだけでも大きな違いだろう?後は室内と屋外の違いだ。鰐野朗の犯行は全て屋外に限定されている。だがママやお前の同僚だった人殺し刑事はどうだ?自宅と倉庫内だ。つまり室内での犯行というわけだ。おまけに遺体をバラして飾り付けてもいなかった。確かにママやお前達の一件でも証拠らしい証拠は見つかりはしなかった。いやお前が見つけた半分だけの指紋があったが、それだって各当する人物は見当たらなかった。ゲソ痕だってろくに拾えなかったが、何故かサイズの違う真新しい足跡が至る所についていて、それらしき物だと断定するに至らなかった訳だが、これだけ見ても鰐野朗の事件とママ達の事件のホシの慎重さの違いが判るだろう?鰐野朗は慎重過ぎるくらい慎重な野朗なんだよ。それが同一犯だと?笑わせるな。絶対にありえーねよ。いいか?猟奇殺人を犯すような輩は犯行手口に異常にこだわるものだ。執着していると言ってもいい。そんな野朗が自分が殺したガイシャをそのまま放置して逃げると思うか?ないね。あり得ない」


「犯行がバレそうになったとか?はないですか?」


「だとしたら不審者の目撃情報くらいある筈だろうが」


小川さんに言われ泡沢は確かに、と思った。


スナック天使のママ殺害事件は依然として所轄の刑事が事件を追っていた。小川さんはようやく気持ちの整理がついたのか、ママ殺害事件に対して所轄に情報提供を求めるような事はしていないようだった。


泡沢にしてもチッチとその姉にあたる桜井真緒子殺害犯についても、命を助けられた恩があるという訳ではないが、1人深夜に倉庫内でシコった後は、全く関わろうとはしなかった。


自分は鰐男事件の担当であり、今は別件を追っている。だから今はそちらは別な班に任せていた。自分の役割を越えてまで捜査に踏み込むと余計な情報まで取り込んでしまい、自らの職務を真っ当出来なくなる。


要するに情報処理が追いつかなくなるのだ。おまけに泡沢は千葉県警の希望により、ここへ配属されたわけだが、その解決すべき事件が鰐男だった為に、無意識の内に、全ての殺人事件を鰐男と繋げようとしていた。


それは泡沢に限った事では無いだろうが、それにより、各捜査員の初動捜査が混乱をきたしたのは間違いなかった。だがそれも今は落ち着いて来ていた。新たな鰐男の犯行が起きていない今、未解決ではあるが、県警刑事の精神的負担は随分と軽くなっている筈だった。


その内の1人が泡沢であり小川であった。現捜査中の事件に対し張り合いがねぇと小川さんは愚痴ったりもするが、事件は起きない事にこした事はない。


確かに今、小川班として捜査にあたっている殺人事件も犯人は割り出せていた。後は逃亡中のホシの潜伏先を突き止めるだけだった。だからだろう、余計に小川さんの愚痴も多くなっていく。泡沢はそんな小川さんを飲みに誘ってみたが、あっさりと断られてしまった。


「一杯やりたいなら、幽霊でも構わねーからもう一度俺に明山未子と会わせてくれ。それが出来るなら付き合ってやっても良いぞ」


無茶苦茶な話だった。だが小川さんの気持ちも泡沢には痛い程良くわかった。鰐男の情報についてはあの老婆より詳しい者はいなかったからだ。


だが、明山未子は「ラビュー」という言葉を残し拘置支所内で自ら命を絶った。その事で泡沢が悩み苦しんでいる事に小川も気づいていたが、小川は何も言わなかった。


自ら克服するしか、つまり鰐野朗を捕まえるしか、その苦しみから解放されない事を小川自身、わかっていたからだ。


当然、小川も苦しんでいた。だがそれは泡沢の比ではなかった。何故なら泡沢は鰐男事件を解決する為に呼ばれた最後のピースだったからだ。今の泡沢を見る限り、このまま迷宮入りしても良いかも知れないと、小川は内心思う事もあったりした。


被害者遺族には申し訳ないが、殺された奴らは全て社会の害毒なような輩ばかりだった。生かしておいても碌な事にならないのは目に見えている。そいつらのせいで罪の無い人間が不幸に陥入れられたり、下手すれば殺されてしまう事だってあったかも知れない。


想像に過ぎないが、そのような未来が見えてしまうような輩であるのだから、未解決でも構いはしないというのが小川の本音の一部でもあった。


ただ、どうしても執着したがる理由は自分の直感が当たっていた、この一点に尽きる。


なのにみすみす明山未子を死なせてしまった為に、その憤った気持ちのやり場がないゆえ、憎まれ口を泡沢や他の捜査員に言ったりするのだと泡沢は感じていた。


泡沢本人もそれについては心底、悔やんでいた。悔やんでも悔やみきれなかった。何故?どうして?と毎晩のように自問自答を繰り返していた。


だが何もかも既に遅すぎた。悩んだ所で解決の糸口など見つかりようがなかった。それでも泡沢は刑事だ。捜査方法は異端ではあるが、れっきとした刑事だった。


それ故に悔やむのは職務の一部でもあった。泡沢は先に席を立った小川さんを見送った後、大きく溜め息をついた。


「ラビュー」


その言葉だけが泡沢の頭を駆け巡り続けていた。




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