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 ①③⓪

「決まりましたね」


永剛の衝撃の告白により室内は堰を切ったように静まり返っていた。その沈黙を破ったのは見守りの会の代表らしい田山だった。


田山は中央に位置していた場所から永剛の方へと近寄ると腰を落とした。そして永剛を抱きしめる楓に何度か頷いてみせた後、永剛の両手を掴んだ。


椅子に座り直した永剛の顔を下から見上げる田山は無言のまま永剛を見つめていた。しばらくして田山、握った永剛の両手を持って立ち上がった。


「行きましょう」


永剛は田山に手を取られながら中央へと移動した。勧めらるまま椅子に座る。その横に田山は立ち、永剛の肩にそっと手を乗せた。


「皆さん、本来であれば自己紹介の後にそれぞれが近況報告をする所ですが、彼、英永剛君は自己紹介の時に一緒に自分の近況、いえ現状を付け足し話してくれました。今日参加なさってくださっている方の中には、皆様に伝えたい事があり、集った筈です。それが軽いものであるか重いものであるかはご本人以外に裁定出来るものではございません。英君の辛さより今の自分の方がよほど苦しいと感じている方もこの中にいるかも知れません。ですが本日は私の判断で、英君で決定させて頂きます。見守りの会の代表としてその権限を行使させて頂きます。勿論、このように私の身勝手で、今日の会は決定致した事については謝罪を申し上げると共に、皆さまが持ち寄った事情についても話を聞いた上で様々な配慮を取らせ頂く事をここにお約束致します。何故ならかくいうこの私も昔は子供がおりました。英君と同じ男の子です。ですが不慮の事故によって最愛の息子は命を落とさざる負えなかった。未来ある子供がその未来へ旅立つ前にこの世から亡くなるというのは、その辛さ、悲しみ、悔しさは筆舌に尽くし難いものです。そのような事が直ぐ目の前で起きてしまいそうな子供を私は手をこまねいて見ていられる薄情な人間ではありません。そのような人間であればそもそもこのような会を、見守りの会など最初から作ったりは致しません。どうか皆様、この未来ある子供の為に、英君の未来の為に、今回は私の身勝手をお許し願いたく存じます」


田山はふぅと息を吐くとゆっくりと深呼吸をした。そして深々と頭を下げた。


同時に地鳴りのような拍手が、室内を満たして行った。パイプ椅子が震え窓ガラスが揺れる程の拍手が、田山の永剛に対する思いの丈の全てを物語っていた。


「ありがとうございます」


頭を上げ田山はそう言った。


「満場一致の賛同を得られ私は胸が一杯です」


田山は未だ止まない拍手を静めるよう手の平を下にして、両手を下ろす仕草を見せた。


「私からは以上となります」


田山は座っている永剛をチラッと見やると


「先程の自己紹介の時に話してくれた事を、覚えている限りで構いませんので、事細かく皆様に話して頂けませんか?」


永剛は内心、自分の行った作戦が上手く運んでいる事にほくそ笑んでいた。


だが表情は先程、楓の胸に抱かれていた時のように、ほんの少しだけ悲しみを湛えたままだった。田山の言葉に永剛は頷き椅子から立ち上がろうとした。それを田山が制止した。


「座ったままで結構ですよ」


田山はいい、永剛の側から離れた。永剛が座っていた楓の横の椅子に座ると田山は楓の肩に手を回した。ひょっとしたら楓も自分と同じような経験をして来たのではないかと思っているのかも知れない。


そう思ったら自分も楓の事は殆ど知らない事に気がついた。知っているのは東京丸の内でOLをやっていた事と会議室で3Pをしている所を人事部の人間に捕まり会社を首になり、しばらくはあちこちの風俗店で働いていたという事くらいだった。


結婚はしていたのかとか、子供や学生時代の事、そして僕と出会う前までの事なども一つも知らなかった。だが敢えてそれを知る必要もないと永剛は思っていた。


楓は僕の幼児性を、僕は大人の楓の肉体を欲しているだけだからだ。その一時的な快楽に溺れてしまう事にお互いが必要だっただけに過ぎない。だから永剛にとっての楓の過去など何の意味もなさなかった。


永剛は家の中にいる大量のゴキブリと床下の白骨死体以外の事を覚えている限り話した。話し終えると両肩が軽くなった気がした。


「英君、ありがとうございました」


田山の言葉が合図となり、永剛は椅子から立ち上がり元の自分の席へと戻った。椅子に座ると楓が心配そうに永剛を見る。勤めて笑っている風を装った。このような表情を作れば楓はきっと、永剛は無理していると感じるだろう。


その事も永剛には想定内だった。このように楓の気持ちをくすぐるのは意外と簡単だった。そう感じていた。でもどうしてか、楓に身体を求められると冷静な頭ではいられなかった。大人になればその辺上手く出来るようになるのだろうか。少しばかりそんな自分が心配になった。


「では、皆様。英君の話を聞き終わった今、各々が思う所はあるでしょう。その上で英君の現状を踏まえた上で判断して頂きます」


田山が言葉を切る。楓と永剛意外のメンバー1人1人の顔を見ていく。


「英君を見守りますか?賛成の方は挙手を願います」


田山の言葉に真っ先に楓が手を上げた。

それを見て田山が言った。


「岳野倉さんは会員ではありません。ですのでその挙げられた手をお下げくださいますか?」


「なら今会員になります」


手を挙げたまま楓がいった。


「いえ、今日は見守りの会がどういうものか見学に来ただけの筈。勿論、入会を希望されるのは私達からしても喜ばしい事ではあります。ですがそうであるならば、本日の会が終わり次第、会員になるかどうかの話を致しましょう」


そう言われても楓はおずおずと挙げた手を下げなかった。


「ご不満もおありでしょうが、それが見守りの会の規則でもありますので」


「あ、それをいうならえーちゃんも会員じゃないですよ?」


自分だけ疎外感を受けたと思ったのか楓が食い下がった。


「岳野倉さんはご存知ないかも知れませんが、彼は、英君はつい先日、ここを尋ねて来られました。そして遠回しにですが、見守りの会に入りたい旨を私に告げました。今日、英君に会う前、私はその時の英君の顔を私は忘れる事が出来ませんでした。この子は切羽詰まった状況下にあるのかも知れない、私はそう思いました。そして自己紹介の時、それは明らかになりました。私の感じた事は正しかったわけです。ですから先程、私が申し上げた通り、今回の英君の件は特例な事例となります。とても有難い事に岳野倉さんのお気持ちは決断する我々、会員全員に勇気を与えてくださってます。そこに参加出来ないお気持ちも私は重々、承知致しております。ですが、今日に限り、その手をお下げ頂けないでしょうか」


楓は渋々上げた手を下げた。そんな楓に向かって田山は礼をすると前を向き直った。


「今回の英君の件については、確かに私的なの感情も絡んでおります。その辺りの事も踏まえて頂き、英君を見守るべきか、それとも保留するべきか。決めるのは皆様の正直な気持ちだけです」


言った後、田山は黙った。そして再び口を開いた。


「それでは挙手を願います」


1人、又、1人と手が挙げられていく。

三代子を含めた総勢7名の内、4名が手を挙げた。そのメンバーは八木、福澤のお婆ちゃん、阿波、そして三代子だった。その4名をみて田山はホッとしたのか薄紅を塗ったように頬が紅潮していった。


「決まりですね。これで英君の見守りが決まりました」


田山の言葉に挙手した4名の拍手が、起こる。

直ぐ後に挙げなかった人達も決まった事に対して拍手をした。意外だったのは挙手しなかったその3名が、全く不満げな表情を浮かべていなかった事だ。それが永剛には不思議でならなかった。だがとりあえずは見守りというものを受ける事が出来る。永剛はホッと一息をついた。


「では次に参ります」


田山が言った。


「今回の見守りの最適な人は誰だと思われますか?」


全員が一斉に阿波を指差した。


「両親とも居なくなったんだろ?なら役所勤めの阿波さんが、1番だろ」


バンドマンの本庄が言った。


「私もそう思うわ」


主婦の広田が言う。


「住民票とか自由に閲覧出来るでしょ?それなら直ぐに居場所は掴める筈よ」


やっぱりこのおばさんは馬鹿だなと永剛は思った。


家を出て行方をくらますのにわざわざ住民票を移し替える馬鹿が何処にいる?


それは広田以外同じ気持ちだったようだ。

突っ込まれると広田はむくれたが、それでも阿波が良いよとまるで子供の告げ口みたいな言い方で、そういった。


「とにかく私で決まったから私がやります」


阿波が、言った。


「大学時代の同級生に警察官がいるので、それとなく、聞いてみます。英君のお母さんが失踪届を出しているかも知れませんから」


阿波の言葉に会員の皆が皆、一瞬黙り込んだ。あまり良い顔をしなかった。部屋の空気が少しだけ重くなった気がした。だがそれを田山が自ら言葉を出すことで空気を一変させた。


「阿波さん、どうかよろしくお願いします」


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