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円形に形取られた椅子には既に6人の人が座っていた。僕達3人は会の主催者の狐目の女の人の指示で空いている席に詰めて座るよう言われた。
「皆さま。こんばんは」
狐目の女が中央に設置された椅子の前に立ってそう言った。
「今日は新たなメンバーが来てくださいました」
女の言葉に皆が一斉に永剛と楓を見つめ、拍手を始めた。収まるまで数秒を要す中、それぞれが思い思いに声をかけて来る。
いらっしゃい、ようこそ、初めまして、等、矢継ぎ早に言って来た。楓はその度に頭を下げたが、永剛は何もしなかった。
「皆さまありがとうございます」
女が言った。
「それではですね。新たな2人のメンバーの緊張を解す意味と、現会員である皆様と打ち解けて頂く為に先ずは自己紹介をして頂きましょうか」
そういうと女は中央の椅子の前に立っている女の左手側の1番端、つまり座っている本人からすれば右端の人の方を見た。
右端の人は40代くらいだろうか、いなくなった、いや母に殺害され床下に埋められた父が生きている頃に着ていたものと似た半袖の作業着を着ている。袖から出た腕は地肌が見えない程、毛深かった。作業衣は決して綺麗ではなく、あちこちが油塗れだ。この男は機械工か整備士なのかも知れない。座っている両膝の上に置かれてある拳も作業衣と同様に汚れていて、左手の中指に包帯が巻かれていた。
「では」
男はいいゆったりとした動きで椅子から立ち上がった。その動作は永剛にナマケモノを想起させた。
「田山さんからご指名を受けました、八木といいます。仕事はこの作業着の汚れを見て貰えばわかる通り、機械工をやっております。まぁ機械工と言っても町工場でちまちまやってる程度のもんです。よろしくお願いします」
男はいうと集まった1人1人へ頭を下げ、最後に中央に立っている田山という女に一礼をしてからゆっくりと椅子に座った。それが合図かのように永剛と楓以外の人が拍手をした。楓は永剛と三代子を見返した後、送れて拍手をした。
「八木さん、ありがとうございました」
田山という狐目の女がそう言った。
「次の方お願いします」
田山が八木から隣の人へ視線を変えるとポニーテールにしている髪が微かに揺れた。
八木の隣には高齢のお婆さんが座っていた。既に腰が曲がり、椅子に座っていても体勢は前のめりで、今にも椅子から転げ落ちそうだった。
「私は福澤といいます。フクザワ、では無くフクサワです。この見守りの会に入ったのは昨年の暮れでして、ちょうどその日はお爺さんが死んで49日の法要がありまして、その後にお坊さんを見送りに出た後、ついフラフラと歩いておりましたらこのような所で迷ってしまいましてな。で、そこにおられる田山さんに助けて貰ったという訳でして……」
「それが縁となって見守りの会に入ったんだよな?」
三代子の右隣り、つまり6番目の椅子に座っている男が横から口を出した。
「そうだったよな?な?福澤の婆さん」
男に言われた福澤という老婆はうんうんと頷き、椅子に腰掛けた。何故か拍手は起こらなかった。若い男性が横から割り込み余計な事を言ったせいで、タイミングを逃したのかも知れない。
「次は私ですか」
その言葉に田山が頷く。
30代半ばくらいの中肉中背の眼鏡を掛けた男性が言った。足が悪いのかよっこらせと自身へ掛け声をかけながら立ち上がった。
「私はさんずいに可能の可、そして野原の野と書いて、河野と言います。スポーツ用具店を営んでおります。よろしくお願いします」
田山が拍手し、その後で永剛を除く全員が続いた。そして拍手の中、河野は照れ臭そうに椅子に腰掛けた。
田山が次の席の人を見た。その人は女性で髪の毛が運動部のそれに近いほど短かった。身体も細く、見ようによっては男性に見間違えられても不思議ではない。
その女性は永剛や楓には目もくれず田山さんだけを見つめて立ち上がった。
「阿波です。年齢は36歳。独身です。仕事は市役所に勤めています。よろしくお願いします」
阿波という女性が言い終わると、河野がより一層、激しく拍手をした。それだけで河野が阿波に好意を寄せているだろう事が予想出来た。
「では次の方」
田山が最初に見せたアットホームな雰囲気を切り捨て淡々と仕切って行く。そうしたのは老婆の福澤が喋っている時に横やりを入れた男のせいだと永剛は思った。
「広田です。年齢は……」
昔で言えば肝っ玉母さんと呼ばれるような部類に入るであろう、その丸々と太った身体のせいで座っている椅子自体が壊れてしまいそうだった。立ち上がる時に弛んだ頬と二の腕がぶるんと揺れた。
立ち上がると広田はそこで一呼吸入れた。
「ぐふふ。女に年齢の話をさせるのは野暮でしょ?」
広田はいい、隣の阿波を見下ろした。
「主婦、専業主婦をしてます。旦那も連れて来たかったんですが、今日も都内への営業で帰って来れませんで……次回は連れて来たいなと思ってます」
語尾のぶりっ子調にイラッとしたのは永剛だけでは無さそうだった。福澤のお婆ちゃんの時、割り込んだ男が舌打ちをしたのだ。前屈みに座りながら広田を睨めあげる。気持ちはわかると永剛は思った。
田山に言われる前に舌打ちをした男が立ち上がる。
「本庄です。24歳。ロックバンドのヴォーカルやってます。来月ライブがあるんで観に来てください。ま、1人千円ずつ払ってもらう事になるけど。俺らはそれくらい払う価値のあるバンドなんで。今は都内でインディバンドでやってるけど、来年は絶対メジャーデビューするから、今のうちに仲良くしといた方が後々自慢出来ると思うぜ。そんな感じかな」
本庄はいい、椅子に座った。
拍手は起きたがまばらだった。その事について本庄は気にする風でもなく、隣りに座っている三代子さんを下から見上げるように眺め、
「あんたの番だよ」
と言った。
三代子さんは本庄を無視する感じで立ち上がると咳払いをした。
「皆さんこんばんは。柊木です」
現会員の中で本庄と福澤のお婆ちゃん以外の人達は、揃ってこんばんはと言った。
本庄は挨拶はここに来た時、交わしたろ?的な雰囲気を醸し出しながら膝の前で組んだ両手を眺めている。福澤のお婆ちゃんは目を閉じていて、ひょっとしたら眠っているのかも知れないと永剛は思った。
「今日は私の友達2人を連れて来ました」
三代子は言って楓と永剛の方を見た。
「見守りの会がどういった活動をしているのか、2人共興味があったらしく、本日、参加の運びとなりました。2人にはまだ詳しい事は話していませんが、私が説明するより集まった皆様や田山さんからお話を伺ったり、直接見て貰った方が早いかなと思って来てもらいました」
三代子が言葉を切ると室内に割れんばかりの拍手が起こった。何がそんなに喜ばしいのか、素晴らしいのか永剛には全く理解出来なかった。けれど、どうしてか嫌な気はしなかった。むしろ、理由もなく褒められているように感じられ恥ずかしいくらいだった。
三代子が椅子に座り肘で楓を突いた。貴女の番よと無言のアピールが続く。楓は頬を赤らめながら顔の前で私はいいよと手を振った。
そんな楓の腕に自分の腕を絡めて、三代子が無理矢理に立ち上がらせた。ほら?と三代子。
立ったから仕方ないかと諦めた風な楓は渋々と言った感じで喋り出した。
「岳野倉楓です。本日は三代子ちゃんに連れられて、永剛君と一緒に来ました」
1人で喋るのが苦手なのか、楓は永剛を道連れにしようとした。案の定、皆の目線は楓から永剛へと移動した。潤んだ目で永剛を見つめる楓の視線に永剛は仕方ないなぁと思いながら立ち上がった。
「英永剛です。中学2年です。父は僕が小学生の頃、家を出てまだ、帰って来ていません。母も最近、いなくなりました。1人ぼっちで寂しい中、偶然、楓さんと三代子さんといった2人と出会い、その寂しさも無くなりました。2人は僕を弟のように可愛がってくれています。それまでは1人ぼっちでしたが、2人のお陰で、一気に2人もの姉が出来た感じで嬉しいです」
同情を買うつもりは微塵もなかったけれど、
最初に見守りの会というものを見つけた時から永剛はその名前が気になっていた。ぼんやりとだけど、ここの会員は皆、それぞれがそれぞれのやり方で、様々な形や方法を取り、助け合う会なのではないかと考えていた。
それが見守りの会という名前から受けた第1印象だった。
もしそうであるなら、この会に入っていれば今後、自分の生活が行き詰まった場合、何かしらの手助けを得る事が出来るかも知れない、利用出来るなら利用した方がいい、永剛はそう考えたのだ。
だから早いうちに今の自分の境遇を話しておくべきだと思った。勿論、入ってみて中身が自分の思っていたものと違っていれば、辞めるつもりでもいた。
実際、今の永剛には楓がいた。ヒモって訳じゃないけど、楓ならそれなりの支援はしてくれる筈だ。けれどそれがいつまで続くかはわからない。さっきのように自分の知らない男を部屋に連れ込むような女だ。
そんな男に騙されて金をむしり取られる可能性だってある。金で抱かせるなら店にいれば良いだけだ。だが楓はそれとは別に、つまり店には内緒で売春をやっているわけだ。
けどいつまでもバレずに出来るとは永剛は思わなかった。そもそも店のママさん、つまりあのお婆ちゃんは楓が小児性愛者という事を知っている。楓が手を出すのは僕のような、まだ大人には程遠い子供だ。
そんな女が大人の男を部屋に連れ込んでいたと知れば、店に隠れて商売をしていると思われるのは至極当然の事だった。それがバレたら店をクビになるかも知れない。
そうなった時、楓が自分を援助する事は不可能になって来る。その為に予備の補償が欲しかった。だから楓にもまだ話していない事を最初にかましてやったのだ。
中学生の永剛にとってこれは賭けでもあった。見守りの会という存在そのものが見込み違いだった場合、ここに来ているメンバーの口から自分の状況が他人へとバラされる事もあり得るからだ。他人の不幸話は、無関係な人間にとってはどんな蜜よりも甘いものだ。
よってたかってしゃぶりつくす。他人の、一見不幸と思えるような事に嬉々として耳立てる輩にはその手の話は生きる糧でもあった。
そうなれば永剛は今の家に住み続ける事が出来なくなるかも知れない。おまけに今夜の会には市役所勤めの痩せた男みたいな女も参加しているのだ。そいつが職場で余計な事を喋ったりすれば下手すれば永剛に不利な事も起こりかねない。だから賭けだった。自分の直感が正しいか正しくないかは、直ぐにはわからないかも知れない。けど、やはりこの事は隠しておくべき事だとは思わなかった。
永剛の突然の告白に楓は驚きを隠せなかった。その表情はどこか悲しげで、瞳が潤んでいた。今にも泣き出しそうな楓は椅子に座った永剛を抱き寄せ顔を胸に押し付けた。楓の鼓動が胸を通じ伝わって来る。どうして話してくれなかったの?楓の鼓動はそう言っているように永剛には聞こえた。永剛は楓にしか聞こえない程、小さな声で、「ごめんなさい」と言った。
「えーちゃんのバカ」
楓は、付け足すように「もう」といい永剛の髪の毛をくしゃくしゃにかき混ぜた。




