⑧④
「やっぱり他にも隠していやがった」
「そうですね」
ハンドルを切りながら泡沢が続ける。
「組織名か何かでしょうか?」
「何て言ったかわかんねーのか?」
「一瞬でしたし、私は読唇術のプロじゃありません。わかるわけないでしょう」
木更津拘置支所の帰り際、小川さんは明日の面会を求めた。だが明山未子は小川の行動を先読みしてか、あの後、全ての面会を拒むよう刑務官に話を通したようだった。
「もう一度、面会するまで俺は毎日だって来てやる」
鼻息荒く小川さんは言うが、あの老婆の事だ。会ってはくれまい。だが自分にはチャンスがあるのではないかと泡沢は考えていた。
それは当然、小川さんも考えているだろうが、口にはしなかった。
きっと泡沢が面会出来たとしても側に小川さんがいると知れば拒否しかねない。なので小川さんは泡沢に面会を申し込めと言わないのだろう。小川さんはまた聞きではなく自分の耳で老婆から話を聞き出したいのだ。
手柄が欲しいとかそう言った事ではなく、ただ1人の刑事として老婆に不審を抱き逮捕まで漕ぎ着けた。
だからこそ、毒を食らわば皿までもの精神で、とことん老婆を追い込み裸にするまで突き進みたかったのかも知れない。
署には戻らず決められた小川班の範囲に向かう。ハンドルを握りながらやるべき事をやって行くしかないと泡沢は思った。
疎まれようと罵られようと、やり続けるしかないのだ。もし警察が捜査を止めてしまえば国家権力が殺人鬼に敗北した事を意味する。それは絶対にあってはならない事だ。
でなければ殺人鬼は野放しになり、いつしか誰かの隣人となって再び犯行を行う可能性だってある。
今は、大人しくしているようだが、明山未子の言葉を借りれば、鰐男は一流の殺し屋だという。もしそれが本当であるならば、必ず第6の犯行は行われる筈だ。
殺人事件が立て続けに起きた為、空白の期間が不気味さを醸し出しているが、相手がプロだと認識すれば、今の静かな現状も納得が行く。
要するにこの半年に集中して鰐男への殺害依頼が舞い込んだ。だから連続して殺害された、考えようによってそのように捉える事が出来る。
ならばこの先数年、バラバラ殺人は行われない可能性だってあるのだ。だからと言ってそんな奴を街に野放しにしておく訳にはいかない。今は、刑事の自分達を疎ましく感じている人達も、今後捜査は中断されてしまい、実は殺人鬼が野放し状態にされていますなどと知ったらどう感じるだろう?その身が危険に侵される可能性を考えるだろうか?
泡沢は微かに頭を振って、無いなと思った。
喉元過ぎればなんちゃらで、それまで通りの日常に戻るだけだ。それが悪いという訳ではない。そうでなければ生きるのはより辛くなって行く。それで良いと思う。
けれど頭の隅の隅にでも、殺人鬼が今も獲物を狙っている事だけは、覚えていて欲しいと泡沢は思った。
でなければ、次にバラバラ殺人事件が起きた時、人々は多少なりともパニックを起こしかねないからだ。
「少し寝る。着いたら起こしてくれ」
小川さんはシートを倒しながらそう言った。




