守る者たち
地下の最奥。
石の台座の上に、それはあった。
淡く光る純白の杖。
まるで雪の結晶を集めて固めたかのようだった。
杖の中腹には金と銀の糸が繊細に編み込まれ、
魔法陣を思わせる幾何学模様が浮かび上がっている。
「……これか」
レイは手を伸ばす――
一瞬、杖はわずかに震えた。
(……なんだ?)
レイは杖を持ち上げた。
震えは収まっていた。
手に、静かに脈打つ感覚が伝わる。
(……なんだ、これ)
魔力は感じる。
だが――噛み合っていない。
まるで、別の誰かのために作られた道具を、
無理やり握っているような違和感。
(……使えなくはない)
(――だが、これは俺のじゃない)
レイはわずかに眉をひそめる。
(まあいい。使えりゃ十分だ)
「……」
レイは杖を見つめる。
その様子を、ミリアは黙って見つめていた。
*
そのころ。王都の通り。
戦いの痕が、あちこちに残る。
ユリウスは剣を下ろし、息を整える。
(……取り戻せなかった)
喉の奥が、ひりつく。
(まただ)
守るために必要な力が、
自分には足りない。
剣を強く握る。
「今度こそ、勇者じゃなくても――」
ユリウスはまっすぐ前を向いた。
そして、少し離れた場所でディランがうつむいている。
拳を握る。
「……なんでだよ」
声が漏れる。
目の前で起きたことが、まだ整理できない。
(……分かんねぇ)
「……戻ってこいよ」
誰に向けた言葉かも分からないまま、呟いた。
*
薄暗い路地。
ノアは一人、歩いていた。
「あー、見逃しちゃったか」
振り向くとルシエルがほほ笑んでいた。
「……」
「まあ、いずれ分かるよ」
ノアを見透かすように言い、楽しそうに消える。
「……」
聖剣が静かに光っている。
ノアは立ち止まり、その光を見つめた。
ディランの顔が浮かぶ。
伸ばされた手。揺れる声。
(……これでいい)
(これしかなかった)
わずかに指先が強く握られる。
聖剣に触れた。
(……彼なら)
そして――
小さく、祈るように目を閉じた。
*
数日後。
勇者パーティは王都を発とうとしていた。
エリスが見送りに来ている。
「レイ様、出発は十時です」
「町を出るのは十時五十分。その地点で変装を解きます」
「昼食はこちらを。十二時半にお召し上がりください」
エリスは手際よくバスケットを差し出す。
「おう。ありがと」
レイが慣れた様子で受け取る。
エリスは微笑んだ。
そこへ、ミリアが現れる。
「また、つけてきたのか?」
レイが視線を向ける。
「今日が最後だと、エリスに聞きました」
「えっ」
レイは驚いてエリスを見る。
「レイ様のご予定を聞かれたので、つい……」
エリスは視線を逸らした。
「……あなたを見て、不安になりました」
ミリアの声がわずかに揺れる。
「多くの命を救うあなたを見て――このままでいいのかって」
言葉が途切れる。
「でも」
ミリアは顔を上げた。
「私は、このままでいます」
兄の微笑みが脳裏をよぎる。
「負けません」
レイをまっすぐ見つめる。
「あなたに負けない聖女になります」
一歩、踏み出す。
「心も、命も救える聖女に」
「おう」
(……あんたなら、なれるかもな)
レイはミリアを見て、ふと自分の手に視線を落とす。
あの時の感触が、まだ消えない。
――一線を越えた。
もう、元には戻らない。
視線が地面に縫い付けられる。
「レイ様」
エリスが不安そうに言う。
「……戻ってきます、よね?」
レイは顔を上げ、わずかに口角を上げた。
「……さあな」
少しだけ間を置く。
「ミリアのこと、頼む」
そのまま背を向け、手を振る。
仲間のもとへ向かった。
そこに、ロンドが駆けてくる。
息を整え、ユリウスへ視線を向ける。
「ユリウス殿下、お気をつけて」
深く頭を下げた。
次に、レイを見る。
レイは腕を組み、ロンドを見返す。
「おい、悪魔」
「……なんだ」
レイが睨む。
ロンドは丸めた羊皮紙を投げた。
レイはそれを受け取る。
「あの記事は取り消した。それは次の記事だ」
「記事にしてはお粗末だが……まあ土産だ」
レイは軽く羊皮紙に目を落とす。
「……あとで見る」
*
王都で、静かに出回り始めた記事がある。
『王都を襲った異変――守る者たち』
王都に開いたゲート。
騎士は魔獣を討ち、
神官は傷を癒やし、
職人たちは壊れた街を直す。
この国では――いや、この国に限らず。
人は、誰かのために動いている。
仲間のために、嘘をつく者。
自分が守りたいと叫ぶ青年。
離れてしまった仲間を追いかける男。
命を救う少年がいれば、
心を救う少女もいる。
そして――
守るために、何かを奪う者もいるだろう。
人は皆、それぞれのやり方で、
何かを守ろうとしている。
――方法はひとつではない。
たとえ負い目を抱えていたとしても、
自分を否定する必要はない。
人は、自分では自分の価値が分からないものだ。
誰かを守ろうとする、その行動は
どんな形であっても――尊い。
私は、そう確信している。
以上。
すべての守る者たちへ
――王都の窓際記者より




