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【番外編】ジャスティス



杖を取り戻す前。


ディランは書庫番ディーノとして、教会に潜り込んでいた。


(ノアの杖はどこだ……)

(絶対連れ戻す……)


だが、新入りのディーノは機密区画への立ち入りを許されていない。

単独では、調べようがなかった。


「ディーノ、手が止まっている」


灰色の髪を短く刈り込んだ青年グレイドが、短く告げる。


「すみません、気を付けます」


グレイドは返却された本を、寸分の狂いもなく棚へ戻す。

その目に感情はなく、動作にも一切の無駄がない。


ディランは、この男に仕事を叩き込まれていた。


午後の鐘が鳴る。


「休憩にするか」


「……はい」


二人は休憩室で昼食をとる。


食事を終えたグレイドは、すぐに手帳へ何かを書き始めた。


(このままじゃ、何もわかんねぇ)

(……せめて、こいつから何か聞き出せないか?)


「……今日は天気が良いですね」


「ああ、そうだな」


手は止まらない。


(焦るな、自然に聞き出せ)


「庭師のニコルさんの話、聞きましたよ。

聖女ミリア様の話を延々とするらしいですね」


ディランは眼鏡の位置を直し、軽く笑う。


「迷惑なやつだ。俺は書庫番としてまだまだ学ぶことがある。女にかける時間はない」


グレイドはため息をついた。


「この仕事が好きなんですね」


「……誇りを持っているだけだ」


静寂。


ペンの音だけが響く。


(……そろそろ休憩時間終わってるな)


声をかけようとした、そのとき。


ガラッ


扉が開く。


エリスが立っていた。

その顔から表情は抜け落ちている。


「グレイドさん」


一拍。


「休憩時間は十三時までです」

「現在、五分超過しています」


「……」


「今日の計画が破綻しました」


グレイドが頭を下げる。


「申し訳ありません。すぐ戻り――」


「原因を特定します」


「いや、それは――」


手帳に視線が落ちる。


――沈黙。


「それですか」


「待て、それは――」


パシッ


「確認します」


「やめろ」


グレイドの手を、エリスは当然のように避ける。


ページが開かれる。


――そして。


「“美しいミリア――触れれば壊れてしまいそうな光――”」


グレイドは顔を覆い、うつむいていた。

耳が赤い。


(ダメだ。これは劇物だ)


ディランが割って入る。


「声に出して読む必要は――」


「情報共有には音声化が有効です」


首をかしげる。


「それに、計画遅延の原因は未解決です」


ページがめくられる。


「“グレイドは、ミリアを守るため右手の包帯を解く――封印されしジャスティスの力を――”」


(自分が主人公か……ジャスティス……)


「このジャスティスとはなんですか?」


エリスは一歩前に出る。


「見せてくださ――」


「やめろ」


(多分それは聞いたらダメなやつだ)


グレイドは右手を押さえ、震えている。


「そうですね。この手帳に答えがなければ改めて確認します」


グレイドの顔が引きつる。

目は赤く潤んでいた。


「では続きを」


「“ジャスティスの力で、古の聖なる杖アークロッドを獲得する――”」


ディランの目が、一瞬で鋭くなる。


(……当たりだ)


「“その保管場所は――”」


「エリス、全部読め」


「了解しました」


「重要情報を含むため、音量を上げます」


「やめてくれぇぇ!!」


絶叫が書庫に響いた。


――


「面白い記録でした。ですが今後は時間を遵守してください」


「あんたのおかげで助かった」


二人は部屋を出る。


静寂。


グレイドは、うつむいたまま。


「……全部、聞かれた……」


ゆっくり顔を上げる。


「……俺の、ジャスティスが……」


「……もう終わりだ……」


――その日、書庫の一角から、

しばらく動かない男が目撃されたという。

 ――右手を押さえたまま。


情報を得たディランは仲間の元へ向かっていた。


「……ジャスティスってなんだ?」


(それに、なんで包帯巻いてたんだ……?)

(傷じゃないみたいだったが……)


その呟きは、誰にも拾われなかった。



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