越えた一線
聖遺物管理棟では、見張りの制圧が終わっていた。
レイとディランは、指輪を待っている。
その時――足音が響いた。
レイは目を向ける。
そこに立っていたのは――ミリアだった。
「ミリア」
レイが呟く。
「……何をされているのですか?」
ミリアが静かに問いかけた。
「言えない」
「なら、何をするのか見せてください」
ミリアは引かない。
「なんで。見せるわけないだろ」
レイは肩をすくめる。
「それに、分かるだろ。今からろくなことしないって」
「今日、あなたを追いかけてここまで来ました」
「何をするのか気になって」
ミリアは少し目を伏せ、それからまっすぐレイを見る。
「誰かを救うためではないですか?」
「私は確かめたいんです。あなたがどうやって人を救うのか」
その時、ロンドが駆けてきた。
「ゲートだ! ユリウスさんと騎士が対応してる!」
「小型だから、自分だけで大丈夫だと……」
ロンドはレイに指輪を渡す。
ディランがそれを見て言った。
「俺はゲートへ向かう。町が心配だ」
「お前はそれ持って地下へ行け」
そう言うと、ディランは町の方へ走っていった。
「私も町へ向かわないと」
ミリアがレイを見る。
「あなたも来てください」
「行かない」
「なんでですか!」
ミリアが声を上げる。
「治療できる者は、一人でも多く向かうべきです」
レイは淡々と言った。
「さっき見たが、いるのは軽傷者だけだ」
「神官で対応できる」
「けど、杖を取り戻すチャンスは――多分今しかない」
ミリアを見る。
「あんたは行って」
「聖女は必要だろ」
レイはそのまま管理棟の中へ入っていった。
ミリアとロンドは、その背中を見送る。
*
レイは石壁に囲まれた薄暗い通路を、光で照らしながら進む。
中には誰もいなかった。
長く使われていないのか、蜘蛛の巣があちこちに張りついている。
ひんやりとした風が頬を撫でた。
「これが地下への扉か……」
レイは指輪を窪みにはめ、回す。
ガチャン、と重い音が響いた。
扉を開くと、地下へ続く階段が現れる。
レイが一歩踏み出した、その時。
「私も行きます」
背後から声がかかった。
「はぁ……なんで来るんだよ」
レイが振り向く。
「分かった。時間がない」
「あんたは俺から離れないで。何があるかわからないから」
諦める様子のないミリアを見て、レイが折れた。
「はい!」
ミリアは小さく微笑む。
二人は地下へ進んだ。
「まずい……何かいるな」
レイの眉間にしわが寄る。
「ええ……しかも近づいてきます」
ミリアが警戒し、結界を張った。
「引くわけにはいかない」
レイが前を見る。
「俺は行くが……あんたも来るのか」
ミリアの様子を見て、レイは小さくため息をつく。
「結界は頼む。あんた攻撃魔法はできないだろ」
「なんで知ってるんですか?」
「感。あんたはそんな感じだと思った」
(まあ、本当はセフィリアの時に知ってたんだが)
ミリアの視線が刺さるが、レイは無視して進む。
角を曲がった瞬間。
レイの光が、ふっと弱くなる。
闇の奥に巨大な影が蠢く。
「ライトイーター……か? でかいな」
「おい、あんた都合よく光以外の魔法とか、攻撃用の魔道具とか持ってないのか?」
「いえ、光しか使えませんし……魔道具もありません」
「……終わったな」
「え?」
「あいつに光は効かない。養分になるだけだ」
「しかも光に寄ってくる」
レイは短く言った。
「俺たちはいい餌だ。逃げるぞ」
二人は光を消し、一斉に出口へ駆ける。
「っ……くそ!」
光が消えても魔獣は追ってくる。
追いつかれた。
「逃げろ!」
レイが叫ぶ。
「あんたは聖女だ。こんな所で死ぬのは許されない」
「聖女だから逃げません!」
ミリアが叫ぶ。
「誰も見捨てないんです。聖女は」
「このっ!」
レイが悪態をつこうとした瞬間、魔獣が迫る。
ミリアの結界がそれを防いだ。
しかし――
結界の光が、じわりと削られていく。
細い棘のような光が飛んできた。
結界が砕ける。
棘は光を吸収しながら膨れ上がる。
その棘が――ミリアへ襲いかかる。
レイが手を伸ばす。
「ミリア!」
*
光の刃がノアへ迫る。
ユリウスが放った《ライト・エッジ》。
宙に浮かぶ聖剣が、それを光で弾いた。
「なら――」
ユリウスは近接戦に持ち込もうと、ノアへ駆ける。
だが、ノアの風魔法がそれを弾き飛ばした。
「勇者なら、私から奪えるはずです」
(勇者……)
レイの顔が浮かぶ。
――俺は、お前が勇者でも、そうじゃなくても、どっちでもいい。
「勇者になりたいんじゃない」
――お前がいないと、俺の調子が狂う。
「俺が……」
ユリウスは顔を上げる。
「隣で守る力が欲しいんだ!」
ユリウスが雷を放つ。
同時に、自分へ追い風を生み出して駆ける。
雷は聖剣が防ぎ、追い風はノアが打ち消した。
(――今だ!)
ユリウスは身体強化を重ねる。
《ブースト》
地面を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
聖剣へ手を伸ばす。
聖剣が震える。
一瞬――
ユリウスの方へ、わずかに動いた。
(……今、動いた?)
「! ルクシア!」
ノアが聖剣を呼び戻し、後退する。
(……まだ、私の元へ来るのか)
ノアは聖剣を見る。
(……ユリウス皇子に反応していた)
「ノア!」
ディランが駆けつける。
目の前の光景を見て、息を呑んだ。
(……なんでだよ、ノア)
ディランは二人の間に立った。
「やめろ」
声がわずかに震える。
「ノア……戻ってこい」
祈るようにノアを見る。
「っ……」
ノアはディランへ背を向ける。
「……ここまでにしましょう」
そう言うと、ノアの姿が消えた。
*
「ミリア!」
レイの結界が、ミリアに迫った棘を受け止める。
だが、じわじわと溶かされていく。
(時間の問題だ……)
(光じゃ無理……)
(……)
レイの動きが、一瞬だけ止まる。
そして――小瓶を取り出した。
厳重な封印が施された黒い液体。
――闇の魔力。
封印を解く。
黒い魔力が、静かに漏れ出した。
空気が一瞬だけ重くなる。
「それっ」
ミリアが目を見開く。
「なんでそんなものを持っているんですか!」
「今すぐ消してください!」
「このままじゃ、俺たちはあいつの養分になるしかない」
レイは隠していた短剣を取り出し、闇をまとわせる。
音はない。
ただ、闇が静かに広がる。
「やめて!」
ミリアが叫ぶ。
「それは……使っていい力じゃありません!」
レイは振り向かない。
一瞬だけ、手の中の闇を見下ろした。
「知ってる」
静かな声だった。
手がわずかに震えている。
――俺、レイも、みんなも守りたい
ユリウスの声が、ふと頭をよぎった。
止まっていた呼吸に気づき、ゆっくりと息を吸う。
(……そうだな。俺も守りたい)
震えは止まった。
体全体に身体強化をかける。
レイは一気に跳躍し、魔獣の頭上へ降りた。
魔獣は羽をばたつかせ抵抗しようとする。
それよりも早く――
突き刺した。
音もなく。
魔獣の体が一瞬だけ硬直する。
次の瞬間、力を失い床へ崩れ落ちた。
短剣を引き抜く。
刃には、わずかに闇が漂っていた。
手には刺した感触が残る。
一瞬、時間が止まった気がした。
初めて、自分の手で命を奪った――
闇を使ったせいか、力はほとんどいらなかった。
刃は何の抵抗もなく通った。
(こんなに……あっさり、終わるのか)
レイは小さく首を振り、短剣を床へ放る。
カラン
静まり返った通路に、乾いた音が響いた。
気づけば呼吸が浅くなっている。
自分の心臓の音が、いつまでも鳴りやまない。
レイは振り返った。
ミリアが震えながらレイを見つめていた。
その目には、恐怖と戸惑いが混じっている。
レイは視線を逸らし、問う。
「……俺が、怖いか?」
沈黙。
レイは一歩、ミリアから距離をとった。
「……怖いです」
ミリアは自分の手を握る。
「さっきの力……」
「でも」
ミリアはレイを見た。
「守ってくれました」
ミリアの胸の奥で、
何かが静かに揺れていた。




