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勇者なら取り戻せる



「スティーブ様、私、いけないとは分かっています……でも、あなたに大事なお話が……」


ユリーナの潤んだ瞳が、教会幹部スティーブを見つめる。

切なげに視線を落とした。


「ゴホン。……いいでしょう。来なさい。私が指導しましょう」


スティーブはユリーナの腰に手を回し、そのまま奥へと誘導する。


陰からそれをロンドが怒りの形相で睨んでいた。


(触るなこの野郎……!)



*



スティーブの私室。


ユリーナの手には、地下への扉を開く指輪があった。


「こんなにあっさり手に入るとは……」


ロンドが呆然と呟く。


その足元には、気絶した幹部が転がっていた。


「私、相手が望むものを見つけるのが得意なんです」


ユリーナが微笑む。


ロンドは少し間を置いて言った。


「……ユリーナさん」


「はい?」


「今の、俺の前でやる必要ありました?」



*



指輪を手に入れたユリーナとロンドは管理棟へ向かう。


同じ頃――

ディランとレイも聖遺物管理棟の見張りを制圧するため動いていた。


そのときだった。


「ゲートだ! 小さいが魔獣が出る可能性がある! 騎士は集まってくれ!」


通りの向こうから怒号が飛ぶ。


ロンドが振り向く。


王都の街中に、拳ほどの大きさの歪み――ゲートが発生していた。

小さいが、街中に出現している。


「ロンド、この指輪をレイに持っていって。小規模だから、こっちは王国の騎士たちで対応できる」


「ユリーナさん、まさか」


「うん、ゲートへ向かう」


ユリーナは少しだけ笑った。


「大丈夫だよ。俺たちのこと、本当はもう気づいてるでしょ」


「……心配です。たとえあなたが何者でも」


ロンドはそう言った。


ユリーナは肩をすくめる。


「心配してくれてありがとう。でも、杖を取り戻すチャンスは今しかない」


そう言って――


鬘を外した。


短い金髪が揺れる。


ロンドが息を呑んだ。


ユリウスが隠していた騎士用の剣を引き抜く。


「頼んだよ。ロンド」


ロンドは数秒、言葉を失った。


そして、うなずく。


「……任せてください。ユリウス殿下」


ユリウスはそのまま駆け出した。


ロンドはその背中を見送り、管理棟へ向かった。



*



教会付近の街中に発生したゲートから、数匹の小型魔獣が飛び出す。


騎士たちがそれに応戦していた。


だが、次々と魔獣が溢れ出す。


「避難はまだか!」


騎士の怒号が響く。


逃げ遅れた人が、魔獣に襲われそうになる。


駆けつけたユリウスが剣でそれを切り伏せた。


だが――


人が残っている街中では、大規模魔法は使えない。


手にした剣で倒せる数にも限りがある。


その時、死角から悲鳴が上がった。


振り向くと、足を負傷した男が犬型の魔獣に狙われている。


距離がある。


魔法で攻撃しようにも、射線上に人がいる。


ユリウスは駆け出した。


「っ待ってくれ……!」


犬型魔獣が男に噛みつこうとした瞬間――


細い光が走った。


魔獣の体を貫く。


さらに同じ光が周囲を走り、別の魔獣も次々と倒れていく。


見覚えのある光だった。


必要最低限の光だけで、正確に魔獣を仕留めている。


気が付けば、周囲の魔獣はすべて倒れていた。


ユリウスは、光が走った方向を見る。


「……いるんでしょ。ノア」


「ついてきて」


ユリウスは人気のない空き地へ向かった。


気配がした。


振り向く。


少し離れた位置に――ノアが立っていた。

腰には聖剣がある。


「ノア……」


姿を確認したユリウスは、ゆっくりと息を吐く。


「ルクシアはやっぱり……」


聖剣へ視線を落とす。


「ノアは、いつも俺と距離があったよね」


「……」


ノアはわずかに視線を落とした。


「ルクシアのせい?」


「……」


「俺のことどう思ってたの?」


少し笑う。


「呆れてた?

聖剣を使えない勇者って」


沈黙が落ちる。


ユリウスは小さく首を振った。


「……ごめん。違うよね」


「俺たちを守るためでしょ」


「刻印はレイが消した」


そして、まっすぐノアを見る。


聖剣が、静かに光っている。


「戻ってきて。ノア」



*



魔獣災害で家族を失った。


スティヴァーレ家には勇者の血が流れている。

けれど、聖剣は助けてくれず、勇者も現れなかった。


歴代勇者の文献。

そのどれもが、魔王に敗れている。


勇者に期待しても人は助からない。


教会の命令で勇者パーティに入った。


そこでユリウス皇子を見た。


彼なら――


そう思わせる力があった。


人を導き、勇気づける姿。

それは、子供のころ読んだ勇者の物語の主人公のようだった。


気が付けば彼は自分の希望になっていた。


だが――


奪えてしまった。


(なぜ……)


小さな失望が胸に広がる。


(これも手に入るなら、なぜあの時助けてくれなかった)


両親のことを思い出す。


(このままではゲートを増やしてしまう……)


(いや、彼はまだ使いこなせていないだけだ)


(勇者なら、取り戻せるはず)



*



「戻ってきて。ノア」


ユリウスの声が、空き地に響く。


ノアの表情が一瞬だけ揺れた。


(……あの男は刻印がなくても――)


(……ここで戻れば)


ノアの指先が、そっと聖剣の柄に触れる。


少し息が止まった。


「……戻れません」


「それに、あなたに聖剣も渡せません」


「なんで……!」


「あなたが勇者なら、私から取り戻してください」


ノアの体に魔力が集まる。


「ノア!」


ユリウスが剣を構えた。


「……ノアが勇者でも、その剣が欲しい」


ユリウスはノアをまっすぐ見た。


「俺が、守りたいんだ」


「悪いけど……」


そう言って、ユリウスは魔力を放った――



*



生まれながらに、たくさんのものを持っていた。


けれど、自分は兄のスペアとしてしか見られていなかった。


それでもいいと思っていた。

それなりに楽しく生きてきた。


でも――何か足りない。


そんな時、聖剣に選ばれた。

勇者になった。


役割ができた。


やっと――

自分を見てもらえると思った。


自分が守ると誓った。


聖剣はノアを選んだ。


自分は勇者ではなかった。


では、自分は何なのか。


分からない。


また――

ただのスペアに戻った。


でも。


レイが自分を必要としてくれた。


いないと困ると。


スペアではなく――

ユリウスとして。


その言葉が、胸に残っている。


この人の隣にいたいと思った。


レイは世界を守りたい。


なら――

俺も守りたい。


ノアに守られたいわけじゃない。


自分の手で守りたい。


レイの背中が浮かぶ。


勇者じゃなくてもいい。


それでも。


隣に立てる力が欲しい。


だから――


取り戻す。



ノアの内面描写を一部追加しました。

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