表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/72

聖女の定義



私が聖女になる前のこと。


小さなころ、兄は私の世界の中心だった。

寝る前になると、いつも兄が聖女の出てくる物語を読んでくれた。


「聖女はな、誰も見捨てないんだ」

「ほんと?」

「ああ。だから聖女なんだ」


その言葉が、ずっと心に残った。


聖女は、私の理想だった。

嬉しくて、何度も同じ物語を読んでもらった。


――そんな兄が。


十五の時、はやり病にかかった。


兄は治療所へ運ばれた。


私は心配でたまらず、こっそり治療所に潜り込んだ。


そこには、私と同じ年ぐらいの金髪の少女がいた。


少女は光で病にかかった人を包み癒す。


憧れた。物語に出てくる聖女かと思った。


兄は汗だくで、苦しそうに息をしていた。

私はその手を握る。


「大丈夫……聖女様が来てくれるから」


その時――光が差した。


憧れていた聖女だった。


でも。


彼女は兄を一瞥しただけで、通り過ぎた。


迷いのない、淡々とした表情。


――結果として。

少女は兄を救ってくれた。


それでも、私の胸にはわだかまりが残った。


これは、私が知っている聖女じゃない。


当時、十歳ほどだったセフィリアを見て、そう思った。


その後、私が光魔法を使えると分かった。


私は、私が聖女になればいい。そう思った。


治療。結界。聖女らしい振る舞い。

理想の聖女になるために、できることはすべてやった。


諦めなければ救える。


そう信じていたし、実際に「もう無理だ」と言われた患者を救ったこともある。


理想に近づくたび、胸が震えた。


セフィリアが魔王討伐のため王都を離れることになる。

その代わりとなる次の聖女が必要だと、私に声がかかった。


ついに私は聖女になる。意気込んでいた。


(必ず――)


(セフィリアを超える)


教会で会うセフィリアは、いつも仮面のような表情だった。

私もまた、表面だけの関係を築いた。


そんな時、土砂崩れで多くの被害が出た。

私とセフィリアは共に治療に当たることになる。


やはり彼女は、優先順位通りに淡々と患者を治療していく。


――なら。

私は、患者の心も救う。


そう思いながら、一人ひとりに声をかけて治療した。


その時だった。


セフィリアの動きが、一瞬止まった。


目の前の患者は重体。

完全に治すには時間がかかる。


だが、治療が少しでも遅れれば後遺症が残る状態だった。


彼女はほんのわずかに顔を歪める。


そして――


命だけを救い、別の重症患者のもとへ向かった。


それを見て、分かった。


この人も、迷う事がある。


一人ひとりをすべて救うことより、確実に全員の命を救うために動いている。


いつもの迷いのない判断は、きっと――


私が何も知らずに過ごしていた時間を、

人を救うために使い続けてきたからなのだろう。


すべてを救うわけではない。


けれど、命は必ず救う。


セフィリア様は、そんな聖女なのかもしれない。


それでも――


私は違う聖女になる。


命も、心も救える。


――誰も見捨てない聖女に。



*



災害治療の後。


いなくなった茶髪の少年を追いかけて、ミリアは庭園を覗き込んだ。


そこに少年の姿はない。


代わりに――長身の女性が、辺りを見回していた。

何かを探している様子だ。


(レイ……どこに行ったんだろう)


ミリアは一歩近づき、声をかけた。


「……あの、どうされました?」


声をかけられ、金髪の女性――の姿をしたユリウスは驚いたように振り向く。


「いえ、人を探していて」


すぐに表情を整え、柔らかく微笑んだ。


(この人……あの茶髪の子と一緒にいた人だ)


ミリアは少し考え、口を開く。


「もしかして、茶髪の子を探していますか? 私も探していて」


「え?」


ユリウスの目がわずかに見開かれる。


「高度な治療をされていたので、少しお話してみたくて」


(……ばれたらマズイな)


ミリアの視線がユリウスの袖口に止まる。


「あなた……腕を痛めていませんか?」


「ああ、先ほど患者の方が暴れてしまって……その時に」


袖のあたりに、小さな擦り傷が見える。


「治療します」


ミリアは、ユリウスの腕の擦り傷にそっと触れた。


「少しひりつきますよ。ごめんなさいね」


淡い光が傷口を包み、じわりと熱が引いていく。


ユリウスは、ふっと力を抜いた。


「……すごい」


「大げさですよ」


ミリアは困ったように微笑む。


「痛くないように気を遣ってくれますし。

ちゃんと見てもらえている感じがして、安心する」


そう言うと、ユリウスの表情がほころぶ。


「ありがとうございます。

そう思っていただけるなら、嬉しいです」


ミリアは少し目を丸くして――

それから、柔らかく笑った。


その様子を、物陰からレイが見ていた。


(やっぱり……)


(ああいうのが、聖女なんだろうな)


優しい声。

安心させる笑顔。


自分には――ああいうのはない。


もう少しだけ眺めてから、レイは小さく視線を落とす。


そして、静かにその場を離れた。



*



レイは視線を落としたまま歩いていた。


角を曲がった、その時。


「あなた、さっきの……」


聞き覚えのある声。


(しまった……避けてたのに)


レイは踵を返す。


逃げようとした瞬間――


「待って」


ミリアが駆け寄り、レイの手首をつかんだ。


「お話がしたいだけなんです」


レイは振り向かない。


「あなたに興味があって」


「……なんで」


低い声でレイが返す。

警戒が滲んでいた。


ミリアはまっすぐに言った。


「あなたの治療、セフィリア様に似ています」


レイの眉がわずかに動く。


「私、セフィリア様とは……時間もなくて、あまりお話ができませんでした」


「だから、セフィリア様に似ているあなたのことが知りたいんです」


レイは肩越しに答えた。


「俺はセフィリアじゃない。だから時間の無駄だと思うけど」


「それでも構いません」


ミリアの声は静かだった。


「知りたいんです。あなたのことが」


ミリアは手を離さない。


レイは小さく息を吐いた。


そして、その場に腰を下ろす。


「……で? 何が知りたいんだ?」


「! ありがとうございます」


ミリアは少し嬉しそうに言った。


「治療の時、あなたには優先順位がありますよね」


「迷いがないんです」


「私は……それが、どうしてなのか知りたくて」


レイは少し黙る。そしてぽつりと言った。


「治療で優先順位をつけるのは……患者を救うためだ」


風が庭を抜ける。


レイは視線を地面に落とした。


「昔、俺はそれを守れなくて――人を死なせた」


ミリアが息を飲む。


「目の前の患者を絶対に救うって思ってた」


「そいつは重症で、すぐ治療しないと後遺症が残る傷だった」


「俺は思った。後遺症なんか残ったら、こいつの人生どうなるんだって」


「だから……全部治そうとした」


レイの声が少し低くなる。


「その時、横の患者を見たら……虫の息だった」


ミリアは黙って聞いている。


「師匠が気づいてくれたけど、俺が一人に時間をかけすぎたせいで容態が悪化したらしい」


「しかも……そいつ頭に後遺症が残った」


レイは淡々と続ける。


「右半身がまともに動かなくなった」


少しだけ間が空く。


「働けなくなったそいつ……どうなったと思う?」


ミリアは答えられない。


「自分は食い扶持を潰すだけだって、そう言って――消えた」


風が揺れる。

しばらく沈黙が落ちた。


「…………俺のせいだ」


レイは静かに言った。


「師匠が言ってた」


「治療は奇跡じゃない。選べ。一人でも多く救うためにって」


「俺は迷う。でも、迷ってる間に人は死ぬ。だから決めるんだ」


「二度と同じことはしたくない」


ミリアは言葉を失った。


庭には風の音だけが流れる。


レイは小さく肩をすくめた。


「……それにしても」

「あんたの治療、いいよな」


「……え?」


ミリアが顔を上げる。


「俺にはできない」


レイは苦笑した。


「自分で言うのも変だけどさ、俺不器用で」


「あんたみたいに一人一人に優しくできないんだよ」


ミリアは黙ってレイを見る。


「……俺が患者だったら」

「セフィリアより、あんたに診てもらいたい」


その言葉を聞いて、ミリアは静かに言った。


「……でも、私はあなたの治療が羨ましいです」


レイが少しだけ眉を動かす。


ミリアは自分の手を見た。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ