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聖女と少年



ロンドと別れてすぐ――


「あいつは必ずこの時間にここを通る……」

「猶予は十分。それまでに話をつける」


レイは路地裏から通りをうかがった。


やがて、予定時刻ちょうど。

標的が姿を現す。


レイは音もなく背後へ回る。


ハンカチで相手の口を押さえ、そのまま腕を引いた。

相手は驚いて手足をばたつかせるが、強引に路地裏へ引きずり込まれる。


物音はほとんどない。


ディランが小さく呟く。


「……暗殺者みたいな動きだな」


レイは無視した。


「否定しろよ」


「んー!!」


捕まえられた相手は必死にもがきながら、時計塔の方を見る。


(予定が三十秒狂ってる)


「俺だ……エリス」


もがいていた体が、ぴたりと止まった。


口元のハンカチを外す。

茶髪の鬘を被った、男装の顔をさらす。


一瞬。


エリスの目が揺れた。


「……レイ、様?」


信じられないものを見るように、ぱちぱちと瞬きをする。


「どうしてここに……」


レイは事情を簡潔に説明した。

教会に保管されている杖。

それを取り戻すための潜入。


「協力してくれ――」


「嫌です」


レイが言い切る前に拒否する。


「……話、聞いてたか? 仲間を取り戻したいんだ」


「予定が崩れます。耐えられません」


きっぱり。


「今日の行動計画がすべて破綻します」


「そこまでか?」


ディランが思わず呟いた。


レイは少し考え、肩をすくめる。


「……分かった。じゃあこうしよう」


「明日からの予定をリスケできるか確認してくれ。この五分で」


「それなら今日の予定は崩れないだろ」


エリスの眉がぴくりと動く。


レイは続けた。


「俺たち三人を教会に入れてくれ。適当な役職でいい」


「後ろのユリーナは回復魔法が使える。俺とユリーナは神官か見習いがいい」


「ディランは……書庫番とかいけるか?」


「! ……少しお待ちください」


エリスは即座に手帳を取り出した。


ページをめくり、猛烈な勢いで書き込み始める。


数十秒。


やがて顔を上げた。


「可能です」


「では明日、この時刻にここへいらしてください」


「ありがとう、エリス」


レイが軽く手を上げる。


「レイ様は、よく予定を狂わせますから」


「慣れました」


言いながらもエリスは微笑む。



*



翌日。


神官見習いとして、レイは先導する神官の後ろを歩いていた。

ユリーナも隣で教会の案内を受けている。


二人は「遠方の教会から異動してきた神官見習い」という設定だった。


「それにしても、こんな時期に異動なんて珍しいね」


先導していた神官が振り返る。


「まあ、ここは人手不足だからさ。神官は一人でも多いほうが助かるんだけど」


「私たちもびっくりしているんです。急に異動だなんて」


ユリーナが柔らかく微笑む。


(……教会の中、変わってないな)


レイは歩きながら周囲を見渡す。


ふと気づくと、一人の男が近づいてきていた。


ユリーナを見て、にこやかな笑みを浮かべている。


「やあ、新しい神官かい? 僕はジョシュア。よろしくね」


「君みたいな可愛い神官は初めてだ」


隣にいる神官やレイなど、まるで最初から存在しないかのように、ユリーナにだけ話しかける。


ジョシュアはさらに距離を詰めた。


「実は僕、伯爵家なんだ。何かあったら守ってあげるよ」


顔を寄せ、ユリーナの耳元で囁く。

そっと肩に手を回した。


「フフッ」


そのまま首元の香りを嗅ぐように、ゆっくりと息を吸った。


「ッ」


ユリーナが固まる。


レイは思わず顔をしかめた。


(……思い出した)


(コイツ、あの勘違い野郎か)


「おい、その手をどけろ」


レイは低い声を出す。


ジョシュアがちらりと視線を向ける。


「初対面のくせに馴れ馴れしすぎだ」


ジョシュアは少しびくりとした。


なぜか――


無意識に自分の腹を守っていた。


(……なんで僕、今お腹を守ったんだ?)


自分でも意味が分からず、慌てて手を離す。


「なんだい君」


ジョシュアは不機嫌そうに言った。


「僕は彼女と仲良くなりたいだけだ。邪魔しないでくれるかい?」


「嫌がってる」


レイはユリーナの肩から手を払い落とし、その前に立った。


「騎士気取り?」


ジョシュアが鼻で笑う。


「小さい君に何ができるんだ?」


ジョシュアがレイに手を伸ばす――


レイはその腕をひねり上げ、低く


「触るなって言ってるだろ」


その声を聞いた瞬間――


ジョシュアの脳裏にあの腹痛が蘇る。


(この感じ……)


白い法衣。


赤い瞳。


――聖女セフィリア。


顔から血の気が引く。


(そんなわけない、こいつは男だ)

(うん、そうだ違う)


(でも声が似てる)


確かめるように恐る恐るレイを見る。


レイは手を放した。

そして――

微笑みながら耳元で囁く。


「どうしました? また、治してあげましょうか、"腹痛"」


(この言い方……!まさか)


冷や汗が一気に吹き出す。


レイは視線だけで命じる。


『行け』


ジョシュアは何度も頷き、逃げるようにその場を離れた。


物凄い勢いで走り、


――柱にぶつかる。


そのまま何事もなかったように走り去った。


回廊に静けさが戻る。


次の瞬間――


――ゴォン


重い鐘の音が響いた。


レイは眉をひそめる。


(この鳴り方……)


廊下の向こうから声が飛んだ。


「神官は集まってくれ! 災害だ! けが人多数!」


周囲の神官たちが一斉に動き出す。


「なんだって! 早速で悪いけど、君たちも来てくれ!」


レイとユリーナは神官に連れられ、治療所へ向かった。


そこには――


百人以上の負傷者が並べられていた。


血の匂い。

うめき声。

慌ただしく動く神官たち。


すでに治療は始まっているが、明らかに人手が足りていない。


その時、周囲がざわめいた。


「聖女様が来た!」


人波が割れる。


白いローブの人影が、人波の奥から現れた。


ざわめきが自然と静まる。


ピンクブラウンの髪が光を受けて揺れる。


――聖女ミリア。


ミリアは一人の患者の前に膝をつく。


「怖かったですね」


震える手をそっと両手で包み込み、優しく目を合わせる。


「もう大丈夫です。今、治しますね」


淡い光が手のひらから広がり、傷口がゆっくりと塞がっていく。


患者の表情が、少しずつほどけた。


「……ありがとう」


かすれた声が漏れる。


ミリアは微笑んだ。


(相変わらず聖女だな……)


「さあ! 君たちも!」


神官の声に、レイとユリーナも動き出す。


――


周囲の神官たちは、目についた患者から順番に治療していた。


これだと――死ぬ順番が変わるだけだ。


レイは小さく息を吐く。


「《ヒーラーズサイト》」


重傷の患者が赤く浮かび上がる。

軽傷は青い光。


優先順位が一瞬で整理される。


「痛てぇ……助けてくれ……」


目の前の患者が手を伸ばす。


しかしレイは立ち止まらない。


「すまん。あんたより死にそうなやつがいる」


その場を離れる。


「ちょっと、君!」


神官が慌てて呼び止める。


残された患者の表情が、絶望に歪んだ。


レイは最優先の患者のもとへ向かう。


意識はない。失血多量。見落とされていた。


止血とヒールを同時に行う。


次。


さらに次。


レイは淡々と患者を治療していった。


その頃――


一人の神官が、血にまみれた患者の前で足を止めていた。


胸の傷は深く、呼吸も浅い。


「……これはミリア様でないと治せない」


神官はミリアを呼びに走る。


患者がかすれた声を漏らした。


「うう……聖女様……助けて……」


淡い光が体を包み込んだ。


傷口が、みるみる閉じていく。


「え……?」


患者が自分の胸を触った。


「治ってる……」


「聖女様じゃなくて悪かったな」


レイは短く言って、次の患者へ向かった。


そこへ神官が戻ってくる。


「ミリア様、こちらです! ミリア様でないと治せな……」


言葉が止まった。


「……治ってる?」


患者は困った顔で言う。


「さっき、茶髪の少年が治してくれたんだ」


「礼を言おうとしたら、もういなくて……」


ミリアは小さく首を傾げ、周囲を見渡した。


(いったい誰が……)


やがて――


重傷者の治療はすべて終わっていた。

残るのは軽傷の患者ばかりだ。


そして。


レイは最初に助けを求めた男の前に戻った。


「待たせたな」


男は目を見開く。


傷は一瞬で治った。


「早い……」


周囲の神官たちが驚きの声を上げる。


「一体……何人治療したんだ……」


「セフィリア様みたいだ……」


すべての治療が終わると同時に、レイは神官たちに囲まれていた。


「すごいな君! 初めて見たけど、どこから来たんだ?」


「その技術、どこで覚えたんだ?」


「セフィリア様みたいだったよ!」


ユリーナが慌てて割って入る。


「この子、人見知りで!」


「あっ、そうなのか。いやでもすごいな~」


その隙にユリーナはレイの腕を引いた。


「レイ、目立ちすぎだよ……」


「悪い。忘れてた」


二人は人混みから抜け出す。


その背中を――


ミリアが静かに見つめていた。


(あの手つき……)


胸が、ざわめく。


傷を見る視線。

治療の速さ。

迷いのない判断。


――セフィリア様に、似ている。


すぐに首を振った。


(そんなはずない)


一瞬、視線を落とす。


セフィリア様は、命を優先される。


言葉は少ない。

それでも――多くの命を救う。


私は――


心も救いたい。


(でも、あの彼は……)


(私より多くの命を救った)


胸が、少しだけ痛んだ。


自分の手を見る。


指先が、わずかに震えた。


(……私、このままでいいの……?)


答えは、まだ出なかった。


視線が、あの茶髪の少年を探してしまう。


もう、姿はなかった。



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