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届かない盾



扉が閉まる音が、やけに重く響いた。


風が窓を鳴らす。

三人の影が、壁に歪んで伸びる。


空気が、妙に冷たい。


ディランは立ち尽くしたまま、拳を握り締めていた。


「……っ」


奥歯が鳴る。

噛みすぎて、血の味がした。

それでも、止まらない。


視線が落ちる。

もういない背中を、探してしまう。


「……ハッ」


乾いた笑いが漏れた。


「また、かよ……」


その場にしゃがみ込み、大きな手で顔を覆う。

指の隙間から、荒い呼吸だけが漏れていた。


「……ディラン」


レイの声。


「悪い。そっとしてやりたいが――ちょっと来てくれ」


返事はない。


しばらくして、ディランはゆっくりと顔を上げた。


目が赤い。


「……なんだ」


「お前たちの部屋だ。入れてくれ」


「ごめんね。ディラン……」


ユリウスが腕を取る。

無理にではなく、支えるように。


三人で部屋に入る。


「荷物、ずいぶん汚れてるな……」


レイがぽつりと呟く。


ディランが眉をひそめる。


「……今は世間話する気分じゃねぇ」


踵を返しかけた、その腕をレイが掴んだ。


無言で差し出される、荷物の留め具。

黒い刻印が、淡く浮かんでいる。


「……!」


ディランの目が見開かれる。


「な? 汚れてるだろ?」


レイの声は軽いが、目は笑っていない。


「……あぁ。確かに、汚れてるな」


「浄化する。強めにな」


レイが指先に光を灯す。

部屋全体を淡い光が覆い、じわり、と黒が浮き上がる。

刻印は煙のように崩れ、消えた。


静寂。


「……いつの間にだ」


ディランの声が低い。


「森を抜けた後は違和感がなかった。多分、宿に着く前だ」


「ノアがおかしかったのは、これのせいもあると思う。……闇が混じってた」


ユリウスが静かに頷いた。


「手紙も確認した。教会の印は本物だ」


ディランが拳を握る。


「あいつは……」


喉が詰まる。


「いろんなもん、守ろうとしてた。……今も、だ」


「……でもな」


声が震える。


「言ってほしかった」


深く息を吸い、肺の奥まで空気を押し込む。

それでも、震えは止まらない。


「俺にも、分けてほしかった……。

 俺は……盾だ。盾なんだよ……っ。守らせろよ……」


俯き、肩に力が入る。

心臓がうるさい。

血が巡る音が、耳の奥で鳴っている。


「……届かねぇのは、もう嫌だ」


小さく、落ちる。


重たい沈黙が部屋を満たす。

誰も言葉を挟めない。


ユリウスは黙ってディランを見つめる。

声をかければ、今にも崩れそうだった。


レイは震える拳に視線を落とす。

あれほど大きく見えた背が、今は小さく見えた。


声をかけようとして――やめる。


今は、違う。


息を一つ、吐く。


張り詰めた空気。

それを断ち切るように――


「まだ終わってない」


二人を見て、わずかに口角を上げる。


「実はな、ノアに渡した護符、――追跡できるようにしてある」


「……は?」


ディランが顔を上げる。


数秒かけて、言葉の意味をゆっくりと飲み込む。


「……追える、ってことか」


低く、確認するように。


レイが肩をすくめる。


「いつバレるか分からん。期待はするな」


沈黙。


ディランの呼吸が、少しずつ整っていく。


震えていた拳が、静かに解けていた。


そしてまた――握り直す。


今度は、迷いのない力で。


「ああ」


ゆっくりと頷く。

それだけで十分だった。


さっきまで俯いていた背が、わずかに伸びる。


「……迎えに行く」


言葉は静かだが、芯に火が入っている。


「さすが、レイ。 行こう!」


ユリウスの目が柔らかく細まる。



外へ出ると、雨はいつの間にか止んでいた。


雲の間から差す光が、三人の背を照らす。


ディランは一度だけ空を見上げ、歩き出した。



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