聖剣の選択
護符の反応を追っていた勇者パーティ。
やがて視界の先に、中規模の町が見えてきた。
石造りの家屋が並び、小さな広場がある。
――ドクン。
ユリウスの腰に差していた聖剣が、脈打つ。
心臓のように。
「……っ」
柄が震える。
意志とは無関係に、光が滲み出す。
「町に……なにかあるの……?」
ユリウスの足が、勝手に一歩踏み出した。
「……嫌な感じだ」
レイが呟いた、その直後。
悲鳴が風に乗って届く。
煙。
瓦礫の崩れる音。
そして――魔獣。
町の中央。
空間が歪み、黒い裂け目が――ゲートが開いていた。
そこから溢れ出した魔獣が、逃げ惑う人々を追い立てている。
露店は踏み潰され、
血の跡が石畳に伸びていた。
「くそっ、こんな時に!」
ディランが盾を構える。
「死なせねぇ!」
*
レイは高台へ駆け上がる。
「《ヒーラーズサイト》」
視界が灰色に沈む。
人の輪郭だけが、淡く光を帯びて浮かび上がった。
「くそっ……見づらい。いや、やるしかない!」
逃げ遅れた人々の周囲に、次々と結界を展開するが――数が多すぎる。
展開が、追いつかない。
「1人じゃ追いつかねぇ……ノア……」
思わず背後を振り返る。
当然、誰もいない。
(気を逸らしている場合じゃねぇ)
レイは視線を戻し、再び、結界を張り続けた。
*
下ではユリウスが聖剣を振るう。
光が弧を描き魔獣を断ち切るが、
別方向からまた溢れる。
「数が多い! 何とか間に合わせる!」
ディランが盾で受け止める。
「俺が! 守る! 今度こそ!!」
金属が軋み、衝撃が足元を砕く。
いつもなら――そこへ援護魔法が飛んでくる。
だが、来ない。
その違和感を振り払うように、二人は声を上げて戦い続けた。
誰もが必死に人を救う。
それでも――穴はある。
結界も、剣も、盾も届かない場所。
悲鳴が上がる。
路地裏。
小さな子供が転んでいた。
魔獣が迫る。
子供の手が石畳を掴む。
母の指先が届かない距離だった。
ディランの目には、あの日のアルの姿が重なる。
赤い塊となった“何か”。
どこが顔で、どこが腕かも分からない。
ただ、届かなかった事実だけが残っていた。
「やめろっ!」
手を伸ばす。
――届かない。
その時。
静かな声が響いた。
「……ルクシア」
ユリウスの手の中で、聖剣が震える。
――声の主は、ユリウスではない。
「町を覆う程度で。出力は抑えてください」
次の瞬間。
聖剣がユリウスの手から離れ、空へ浮かび上がる。
「な……!」
青白い光が、一瞬で町全体を覆った。
魔獣が次々と崩れ落ちる。
絶命したものは、塵となって消えていく。
人にも、町にも――傷一つつかない。
レイが息を呑む。
「出力を……抑えてるのか?」
精密で、広範囲。なのに過剰ではない。
――誰かが制御しているような光。
やがて、光はゆっくりと収束していく。
路地裏。
子供は無事だった。
母親が、震える手で抱きしめる。
静寂が訪れた。
*
ディランが、声のした方を見る。
「ノア……?」
(今……声が……)
誰もいない。
ただ――聖剣だけが、空に浮かんでいる。
誰の手にも触れず。
淡く、脈打ちながら。
ユリウスが手を伸ばす。
「……戻って」
懇願に近い声だった。
聖剣が――揺れる。
迷うように。
ほんの一瞬だけ。
ゆっくりと、ユリウスの方へ傾いた。
光が、掌へ届きかける。
しかし、聖剣は震え、ゆっくりと向きを変えた。
拒絶ではない。
引かれている。別の方向へ。
町の外れ――誰もいないはずの闇へ。
聖剣は確かに“誰か”を見ていた。
光が、糸のように伸びる。
遠くへ。見えない先へ。
「待って!」
ユリウスが叫ぶ。
息を切らし、走るが距離は縮まらない。
まるで、最初から届かない位置にあるかのように。
聖剣が、もう一度だけ揺れ、止まる。
名残を惜しむようだった。
そして――
ふっと、光が収束した。
何もない空間へ溶けるように。
消えた。
完全に。
ユリウスの手は、空を掴む。
何もない。
掌に残っていた光の残滓が、
淡く消えていく。
沈黙だけが残った。
*
「まずい……」
レイの視線の先。
遠くで、空間が小さく歪む。
――新たなゲートが、複数発生していた。
*
時は、少しだけ戻る。
「では、参りましょう――勇者殿?」
雨の中、ノアは視線を逸らした。
「……勇者は、ユリウス皇子です」
クラウスは穏やかに微笑む。
「聖剣は血に従います」
「スティヴァーレ家の血には――勇者の血が混じっている」
「血統適性だけで言えば、あなたの方が上だ」
ノアは小さく息を吐いた。
「聖剣との親和性は……ユリウス皇子の方が高い」
一瞬の沈黙。
クラウスの瞳が、わずかに細まる。
「ですが――」
雨音が、強くなる。
「今は、あなたに従うでしょう」
「使っていただきたいのです」
「光を」
クラウスの目が怪しく光る。
「欲しいのは……光で増えた闇、ですか」
「ええ」
「美しい光は――よく育つ」
静かに笑った。
「闇は、光があるからこそ深まるのです」
その言葉と同時に、
稲光が空を裂いた。
一瞬、世界が白く染まる。
その刹那――
地面に落ちた影が、
わずかに濃く、深く沈んで見えた。
錯覚かもしれない。
だがノアは、無言でそれを見下ろす。
自分の影と――
クラウスの影を。




