第9話 初めてかも
この女勇者、年齢によらず、なかなか上等な宿屋に泊まっていたらしい。
一泊いくらだ? 金なんて無いぞ。
「安心してください! この宿、冒険者の証明書があれば8割引きなんです」
「潰れるだろ、そんな事したら」
「あはは、確かに! どうなってるんですかね? 不思議です」
「お、おう。不思議だな」
俺は何してるんだ。今からでもクリスタの所に戻るべきじゃないのか。
そうでなくとも、こんな良さげな場所で、のうのうとしてて良いわけがない……。
「早速入りましょう! お腹空いちゃいました」
「あ、あの!」
「ん?」
「や、やっぱり、俺……」
「も~何してるんですかぁ。ほら、速く行こ?」
「あ、ちょっと……」
中は思ってたよりもよほど広いなぁ。
ホント、とことん住んでる世界が違うというか……。
「お願い!」
「ダメです」
お? なんかさっきの女、言い争ってるぞ。
ホント、話題に事欠かないな、あいつ。
「どうせ一部屋しか借りないんだしいいじゃん!」
「部屋は一つでしょうが、食費と人件費は倍になるでしょ? それに……」
なんだ。二人して俺の事ジロジロ見て……。
俺が前科持ちなのバレたか?
「彼、冒険者じゃないでしょ」
「ぎくっ!」
え、そんな古いリアクションある? あの子、何歳なの?
「冒険者でもない人をタダで泊め始めたら、いよいよこの宿が潰れちまうよ。今でさえ借金してるのに」
やっぱりそうなんだ。
「ほら、アミアさんは部屋に戻って、そこのお前は、庭にでも寝てろ」
「そ、外は今どしゃ降りなんです!」
結局、俺は泊めてもらえず、追い出された。
アミアとかいう女勇者はめちゃくちゃ謝ってきた。別に悪くないのに。
さて、お詫びにもらったこのユメカワな傘をさして、元の家に戻ろう……。
クリスタが心配だ……。
「家が、無い?」
なんで? 確かに、ココにあったはずなのに……。
取り壊された? それとも道を間違えたのか?
はたまた女神がまた余計な事して……。
わからん。それこそ、女神に茶々入れられてた時の記憶も曖昧で……。
「庭……か」
人生初の野宿、しかも雨の中。
多分死ぬんだろうな。
雨は日が昇るまでに止んだらしい。
それでも屋根と傘で覆えなかった下半身はぼろぼろ。
糸がことごとく切れて、服はバラバラの布になっちまってんな。
俺の一張羅が……。
「ねぇねぇ! タクミくんいる⁉」
「うわぁぁ!」
「え? きゃぁぁぁ! な、なんで裸なんですか?!」
「雨の中で寝たんだ! 服なんて流れるに決まってんだろ!」
「流れませんよ! いいから早く何か着てください!」
ホント、こいつの元気は底なしだな……。
「うん。悪くない!」
「そ、そうか?」
予備の装備を貸してもらったはいいが、これ、明らかに女性もの。
ちっさいというか、恥ずかしいというか……。
「文句ですか? なら返して」
「いいのか? 全裸になるぞ」
「それはイヤ!」
まぁ、着てないよりはマシか。
露出狂か、女装男か。選ばなくちゃいけないなんて、この世は辛いな。
「じゃあ、甘んじて女装で」
「ぷっふふふ、あはは」
「何、笑ってんだよ」
「あぁ、いやいや、君ってば面白いなぁと思って」
バカにしやがって。
でもまぁ、悪いやつじゃねぇんだろけど。
「そうだ! いいこと思いついたよ! 買い物行こ! 買い物!」
「は? こんな格好で?」
冗談も大概にしろよぉ。
流石にそこまで羞恥心捨てらんねぇって。
「でも、一生そのままでもヤでしょ?」
「まぁそれはそうだけど……」
「なら決まり! おすすめの場所あるんだ」
こいつ、ホントに自由だな。
今日はしんどくなりそうだ……。
「似合ってる! あはは。サイコー!」
「馬鹿にしてんだろ」
こんなのほぼ裸じゃねぇか。
「ごめんごめん。じゃあ、こっちは?」
「……ねぇ俺ももういい年だよ?」
「じゃあギリギリセーフだね。はやく着てよぉ」
「……はぁ、仕方ねぇな。もう笑うなよ」
晴れたおかげか、コイツのおかげか。
なんだか心が軽くなった気がする。
もちろん、俺のやったことが許されたわけではないのだが……。
「ん?」
ナンパされてのか? あいつ。
まぁ顔も可愛いし、元気だし、何かとモテそうだよな。
やっぱり、住む世界が違うな。
ホント、憧れるよ。
「あの、すいません。その子、俺の連れです」
「え、あらそうなの? それはごめんなさいね。ほら行きましょ奥様」
「えぇ。それじゃ、ごきげんよう」
「ん?」
あ、女性に話かけられてたのか。
男かと思った。
「あはは。ありがとね」
「おう、道でも聞かれてたのか?」
「えっと……ちょっとね」
「……なんだよ。なんか言われたのか?」
「ううん! 心配してくれてありがと! おぉやっぱり、似合うねぇ。私の目に狂いは無かった!」
完全に話逸らしてきたな。
わざとらしすぎ。仮面つけたみたいな現代人と真逆だと、こうもわかりやすいのか。
「じゃあ次あっち行こうよ! 前から食べたかったんだぁ」
「お、おう」
かなりしゃれた喫茶店。生きてたころは、近づくことすら無かったな。
やっぱり未だに相いれないな。
「ここ初めてなのか?」
「当たり前だよ。こんな所、一人じゃ怖くて入れないもん」
「そういうものなんだな、やっぱ」
「お、わかってくれる?」
「まぁ……な」
「えへへ。なんかうれしいな」
嬉しいとか、そんなことで……とは思えないな。
俺も、ガキの頃、分かり合える友達いたら嬉しかったもんな。
山盛りのクリーム。この世界にも映えの思想が……。
「こんなに食うのか」
「えぇ! 手伝ってくれないの⁉」
あぁ、俺も食うのね。甘いもの好きじゃないのよねぇ。
「……わかったよ。好きなだけ食いな」
「やったぁ!」
ほんと、無邪気だな。
「次はねぇ~」
まだどっか行くのか……?
「ん? なぁアミア、この音なんだ」
「音?」
そう音。
まるで緊急事態を知らせるような、焦らせるような、不安にさせるような。
そんな音だ。
「もしかして、これって」
『緊急事態発生! 緊急事態発生! この町の西方500メートル先にドラゴンを確認!』
ど、ドラゴン⁉
「ドラゴンって……うそ、なんでこんな地区に……」
『ただちに冒険者は西門に集合し、警戒態勢を整えてください』
西。日が昇った逆の方。
まさかドラゴンって、あの山みたいなやつか……?