第72話 「ディナー」
「そんなことがあったのか」
用意された寝室に、俺、ユリーナ、カインズが集まっていた。
どうやら俺達は、危うく濡れ衣を着せられるところだったらしい。
「ボクもさっき聞いたんですけどね」
カインズはヘンリー・ハルバートの謝罪を思い出し、俺達に語った。
「ボクが当主になると困る人がいるってことですよ」
ハルバート家にも複雑な事情があるらしい。
ユリーナは怒り心頭に発していた。
「だからって私を嵌めるなんて許せないです! そのせいで私、人前でお漏らししちゃったんですよ! どうせ漏らすなら、クロムさんに見てもらいたかったです!」
「見たくない。やめろ」
ユリーナのスカートが白いズボンに変わっているのは、お漏らしが原因か。
「そのズボンはどこから?」
「ヴィルカートスさんが貸してくれたんですよ。客人用の着替えだそうです」
準備がいいな。後でお礼を言っておこう。
「カインズさんのお父さんっていい人ですよね。怒ると怖いけど」
ユリーナは「がおー」と言いながら両手の指を曲げ、猛獣のポーズをとった。
「アハハッ。確かに怖いよね。でも悪い人じゃない。一族を重んじてるだけだよ」
カインズはユリーナのポーズに笑いながら、父親について言及した。
『一族を重んじているだけ』か。カインズの母親もそんなことを言っていた気がする。たしか名前は……メイリーだったか。
カインズはため息を吐き、悲しそうな声で言った。
「だからヘンリーさんの不正が許せなかったんじゃないかな。ヘンリーさんは本当は凄い人なのに」
カインズは床を見つめ、目を細めていた。
「さて、そろそろディナーの時間ですね」
カインズは陰気を取り払うように明るく言った。
「大講堂に屋敷の皆が集まって、盛大に行うそうですよ」
そして付け加えるように言った。
「分家の末端にいる人達からすれば、ボクやレイティアに取り入るチャンスでしょう。下品な輩が近付いてくるかもしれませんね」
当主候補のカインズと仲良くなっておけば、今後に有利に働くという訳か。
カインズは部屋のドアを開けた。
「さあ、行きましょうか」
大講堂には既に、多くの貴族達が集まっていた。円形のテーブルを取り囲むように、正装の男女が立っている。
どこからともなくいい匂いが漂ってきた。食事の匂いか。
「クロム隊長。こっちです」
声の方を向くと、カインズがテーブルの内の一つを確保していた。エリック、ファティオ、ミミもその近くに立っている。
「ボク達はここで食べましょう」
「カインズは家族と一緒に食べなくてもいいのか?」
「いいんです」
メイドが料理を運んできて、俺達のテーブルの上に置いた。
野菜料理や魚料理や肉料理など、多彩なご馳走の数々だ。
俺達はそれらを小皿に取り分ける。一人当たりの量は結構多く、すぐにお腹いっぱいになりそうだ。
「もう食べていいんでしょうか!」
ユリーナはご馳走を前に目を輝かせ、よだれを垂らした。
「いいよ。おかわりもあるからね」
カインズの許可が出たので、俺達はディナーを頂いた。
「……美味い」
美味いが……やはりロマノの手料理には及ばないな。やっぱりアイツは料理の天才だった。
そういえば、ロマノは今頃何をしているんだろう。本部に帰ったきり、連絡が無い。重要な仕事でもあるのだろうか。
他の貴族達も食事を始めた頃、一人の太った男がカインズに近付いてきた。
「あ、あの……カインズ……」
「どうしたの? ホルクさん」
ホルクと呼ばれた男は、顔が傷だらけで、内出血の跡があった。確かこの男は、ユリーナに偽の手紙を送った奴か。ヴィルカートスに何度も殴られたと聞いている。
カインズに一体何の用だ? 謝罪なら、まずはユリーナに謝るのが先だろう。アイツはお前らのせいで醜態を晒したんだぞ。
だがホルクは、思いもよらない言葉を発した。
「ぼ、僕をカインズさんの手下にしてよ!」
謝罪の一言も無く、カインズの方を真っ直ぐ向いて、頭も下げずに要求をした。
「ヘンリーは謹慎処分が下された。不始末を起こした以上、もう当主になる可能性は無い。だから、僕をカインズの手下に……」
「それは、ヘンリーさんからの指示かな?」
ホルクの台詞を遮って、カインズが聞いた。
ヘンリーの作戦の一つかもしれないな、と俺は疑ったのだが、カインズの思考は違うらしい。
「『自分を捨ててカインズに付け』と……そうヘンリーさんが指示したの?」
「ち、違うよ! 僕はもうヘンリーの言うことなんか聞かない。アイツのせいで、僕まで謹慎処分だ! 天才ぶってこきつかった挙げ句、失敗しちゃってさ!」
ホルクはまるで自分が被害者かのように、ヘンリーの不満を語った。
「大体、アイツ年下のくせに偉そうなんだよ! このままじゃ僕、中央都市の外に働きに行かなくちゃいけないんだ! おやつもたくさん食べれないんだ! そんな生活やだよ!」
ホルクは俺達のテーブルの料理に手を付け、汚く貪り食った。
「だからさ、カインズの傘下に入ろうと思ってね。僕、かわいそうでしょ? 助けてよ」
……そうか。コイツがカインズの言っていた『下品な輩』という奴か。
「……ホルクさん」
カインズは冷たく低い声で呟いた。
「ん? 何?」
ホルクが返事した直後、カインズの右足の先が、素早くホルクの顔面を襲った。
直撃……する前に足は止まり、ホルクは短い悲鳴を上げる。
会場が、静寂に支配された。
「お断りするよ。ボクは君みたいに無節操な手下はいらない」
カインズに拒絶されたホルクは、顔を引きつらせて涙を浮かべた。
「ひっ……ひやああああああああぁぁぁぁ!」
ホルクは脱兎の如く退散し、大講堂を飛び出した。
「『本家の人間は野蛮人だらけ』とか噂されるかもね。アハハッ」
カインズは爽快に笑い、食事を再開した。
「うん。この豚肉、厚みがあって美味しいね」




