第190話 「ミミの後悔」
幸いにも、ケイルズの命に別状は無かった。ミミ曰く、ケイルズは持病を抱えていたらしい。ミミが実家に住んでいた頃から、ケイルズはしょっちゅう咳き込んだり、倒れたりしたそうだ。だが、今回のように吐血したのは初めてだと言う。
「寄る年波には勝てなかったのでしょう」
ミミはそう語る。ケイルズは50年前の『はじまりの日』には16歳だったというから、現在は66歳か。現代の平均寿命を省みても、結構な年齢だ。ここまで長生きできたことを、幸運と呼んでもいい。体が弱っていても、不思議じゃないだろう。
ケイルズはミミの治療を受け、布団で寝かせておいた。吐血してからずっと気を失っているから、安心できない状態だ。
お話を聞こうと思っていたが、この状態では不可能だろう。
「おじいちゃん……死なないでね……」
ミミは心配そうな顔でケイルズを見ていた。ミミが万全の治療を施したとは言え、不安は拭えない。再会したばかりの家族が目の前で失われたら、その悲しみは計り知れないだろう。
ミミが薬の知識を豊富に持っているのは、病気を持つ祖父を助けるためだったのかもしれない。
「おじいちゃんの病気、悪化してたんですね……。それなのに、わたしは病気のおじいちゃんを置いて外国に行ってしまったんです。自分勝手にも程がありますよね。軽蔑してもいいんですよ。こんなわたしなんて……」
ミミがどれほどの後悔を背負っていたのかは、その口ぶりから十分に感じ取れた。深く反省し、過去と向き合い始めたミミを、軽蔑することなんてできない。
「そんなことしない。お前は、またここに帰ってきた。ケイルズさんは、それだけで嬉しそうな顔をしていただろ。お前は十分に家族思いだ」
俺は本気でそう言った。同情でも気休めでもない。家族の元に帰ってこれたのなら、それでいいじゃないか。
ミミは僅かに微笑んで、言った。
「おじいちゃんの目が覚めたら、たくさんお喋りしたいです。みんなと一緒に過ごした楽しい日々を、おじいちゃんに聞いて欲しい」
うん、それがいい。俺の用事よりも、まずは家族の団欒だな。積もる話もあるだろうし。
「いいんじゃないかしら。あんたが責任を感じてるんだったらさ、暗い顔なんかしてないで笑った方がいいわよ。それが、最高の贈り物よ」
珍しく、アレイシアがいいこと言っている。しかも、キリッとした顔付きで。今日は雨でも降るんじゃないだろうか。
それにしても、アレイシアは『責任』という単語を口にする時は、やたらと真面目な雰囲気になるな。あいつ、そんなに責任を重んじるタイプだっただろうか。むしろ、無責任な性格してそうだが。
「うっ……ううん……」
小さな唸り声をあげて、ケイルズが目を覚ました。
「おじいちゃん、大丈夫?」
「ミミ……ああ、大丈夫じゃ。いつものことだからのぉ」
ケイルズはゆっくりとした動きで布団から起き上がった。
いつものこと……ということは、吐血や気絶も日常茶飯事なのだろうか。老人の一人暮らしでそれは、かなり危険なんじゃないのか。
「無理しないでね」
「無理なんかしておらんよ。孫が帰ってきたというのに、寝てるなんてもったいない。見てのとおり、わしは元気だからの」
そう言うケイルズの体は震えていて、あまり元気そうには見えない。
「して……なんの話をしておりましたかいのぉ?」
ケイルズが俺に聞くので、ハキハキとした口調で答えた。
「お孫さんと仲良くお喋りしたらどうですか?」
「おお、それは良い。ミミ、海の向こうでは何か楽しいことがあったかの?」
ミミは笑顔で、語り始めた。
「うん、おじいちゃん。とってもとっても、楽しい毎日だったよ」
二人は長い間会話を続けていた。笑顔で明るく話すミミは、久しぶりに見る。普段のミミは、もっとクールで無口な性格だからな。
家族との温かいひととき。傍目で見て、良いものだなあと感じる。
俺にも、こんな時間があったなら……なんて、無意味な仮定を想像してしまった。
しばらくして、ケイルズは俺達にも会話を持ちかけてきた。
「アイズの皆さん。ミミの幼い頃のお話、ミミから聞いているでしょうか」
そういえば、ミミがアイズに入る前の出来事について、ミミはあんまり語ってくれなかったな。話したくなかったのか、単に話すタイミングがなかったのか。どちらにせよ、興味のある話題だ。
「いえ。よければ、お聞かせ願えますか」
「いいですとも」
ケイルズは目を細めて、この場にいる全員に向かって口を開いた。
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