第189話 「ミミの祖父」
お待たせしました。
連載再開です。
多少の粗相はあったものの、俺達はミミの祖父に歓迎され、彼の家に上がらせてもらえることになった。
ところどころに傷が見える家だったが、野宿暮らしに慣れてる俺からすれば、ボロボロの家でも立派な家だ。
調理場や寝床や井戸など、生活に必要なものは最低限揃っているようだ。だが、老人一人での暮らしは大変だったに違いない。
「ミミ。この人達は、お前のお友達かい?」
ミミと一緒にやってきた俺達を見て、ミミの祖父は疑問に思ったようだ。アイズの制服を着ていても、アイズを知らなければ、俺達の正体は分からないだろう。やはり、この村にはアイズの存在が知れ渡ってないようだな。
「うん。お友達っていうより……仲間、かな。わたし、『アイズ』っていう組織にいるの。人助けをしてるんだよ。この人達は、わたしと同じ、アイズの隊員」
ミミが説明すると、ミミの祖父は「ほぉーっ」と声に出して、俺達をよくよく見つめた。
「人助けですか。皆さんお若いのに、結構なことですなぁ。ああ、申し遅れました。わしはミミの祖父でございます。ケイルズ・チプルと申します。孫がお世話になっておりますのぉ」
ケイルズが頭を下げたので、俺のお辞儀をして自己紹介した。
「はじめまして。俺はアイズ実働部隊『クロム隊』の隊長、クロムです。お孫さんには、こちらの方こそお世話になっています」
そう言うとミミは「そんなことないですよ」と謙遜したが、俺がミミから受けた恩恵は計り知れない。アジトにいた頃はミミの作った野菜を毎日食べていたし、ミミの薬に頼ったこともあったし、任務でもミミは活躍してくれた。
今思えば、農業や薬制作のノウハウは、この山での暮らしで身につけたものなのかもしれない。
「俺はエリック・ドール。ミミの仲間だ」
「ボクはカインズ・ハルバート。右に同じ、です」
「私はユリーナ・アイルスです! ミミのお友達ですよ!」
「僕はファティオ・ハージ。この部隊の副隊長を務めています」
「僕様はウォレット・ミカウツ! このクロム隊の意思に賛同し、協力する者だ! ミカウツの名は、辺境の地に住む者でも聞いたことがあるんじゃないのかな? 何せ僕様は名実ともに……」
「アタシはアレイシア・ルーン。クロム隊とは別の、アレイシア隊ってとこの隊長をやってるわぁ」
俺に続いて、みんなも自己紹介を始めた。ウォレットの長い自己紹介は、途中でアレイシアに妨害されたようだが。
「はぁ……『クロム隊』だか『アレイシア隊』だかはよく分かりませんが、皆さんすごい方々なんですなぁ。そんな素晴らしい組織にわしの孫娘がいるなんて、誇らしいことですわい」
ケイルズはミミの頭を撫でた。
「頑張ったなぁ、ミミ。偉いぞ」
孫の活躍が嬉しいようで、ケイルズはにこやかに笑っていた。だが、ミミの表情は誇らしげではない。
「偉くなんかないよ。わたし、おじいちゃんを見捨てて山を降りちゃったんだよ。村を出て、国を出て、チェルダード王国のラトニアって街で、アイズとして活動してた。人助けはいいことだけど、おじいちゃんをひとりぼっちにしたことに変わりはないよ」
ミミは後悔しているのだろう。二人だけで暮らしてきたのに、大切な家族を実家に残して、遠くへ行ってしまったことを。
ケイルズは思案顔をした後、ミミに優しく言った。
「うーん。確かに、ミミが離れていったのは寂しかったのぉ。わしみたいな老いぼれが一人で暮らすのは、不安だったわい。じゃが、ミミが元気にしておるかが、もっと不安だった。お前が外国で元気に暮らしておったのなら、わしはそれで満足じゃ」
ケイルズは、あくまでミミのことを大事に思っていた。暗い山奥で一人暮らしをすることになっても、ずっと。
「おじいちゃん……」
悪意と敵意にまみれた村でも、たった一人の家族は優しく待ってくれていた。
「ありがとう。ここに帰ってこられて、良かった」
ミミはポロポロと涙を流した。
笑顔と共に溢れる涙を見れただけで、ここに来た意義はあったと思う。
「いい笑顔じゃ。懐かしいのぉ。ミミと一緒に暮らした日々を、思い出すようじゃ。ミミが別れを告げて家を出た日でさえ、今では良き思い出に思える」
そうだ。俺達は自己紹介するために来た訳ではない。ケイルズに、村の差別について話を聞かなくては。
「ケイルズさん。俺達は、この村の差別を無くそうと考えています。そのためには、差別の実態について知っておきたい。もし良ければ、詳しい話を聞かせてくれませんか?」
俺が言うと、ケイルズは目を見開いた。
「あなた方は、わしらへの差別を、無くそうとしているのですかの……?」
「はい。俺達は理不尽を許さない。正当な理由なく人を差別するなんて、放っておけません。ましてや、俺の仲間が傷つけられているのなら」
「意味は……無いと思いますがのぉ……」
ケイルズは顔にシワを寄せ、俯いていた。
「わしだって、何度も抗いました。じゃが、一度根付いた差別意識は、そう簡単に取り除けないのじゃ。やめておきなされ。もはや、受け入れるしか……」
言葉の途中で、ケイルズは低く呻いた。その後、苦しそうに何度も咳き込んだ。
「がはっ、ごほっ、ぐっ!」
「おじいちゃん! 大丈夫!?」
胸を押さえて咳をするケイルズに、ミミは寄り添った。
「大丈夫……がぁっ!」
ケイルズの口から、どす黒い血が飛び出した。床が汚れ、ケイルズは力を失ったように倒れた。
「おじいちゃん!」
ミミはポーチから薬を取り出して、ケイルズの口に流し込んだ。こういう時のための、治療薬だろう。
ケイルズは虚ろな目で天井を見つめたまま、魂が抜けたみたいに動きを止めていた。




