第188話 「ミミの再会」
「だ、駄目ですよクロム隊長!」
立ち上がった俺を、ミミは手で制した。
「村人達の反応、見ましたよね! あの人達は未だにわたしのことを憎んでいるんです! 時間は何も解決しなかった! もう何をやっても無駄なんです!」
「無駄かどうかが、何故分かる。俺は、仲間を傷付けられるのが許せないんだ」
「そんなのっ……わたしは望んでません」
「分かりやすい嘘だな」
俺が真っ直ぐにミミを見つめると、ミミの表情は固まった。
ミミの口調や目線などを見れば、嘘かどうかなんてすぐに分かる。
ミミが差別を『どうしようもない』と諦めていたのなら、何故この村に帰りたいと言ったんだ? 自分を忌み嫌った村なんて、素通りすればよかったものを。
それはきっと、ミミが立ち向かう決心をしたからだ。過去と向き合い、自分の中で折り合いをつけたかったからだ。
いつまでも逃げてはいられない。過去の呪縛を解き放たなくては。
「本当は、現状を受け入れたくないんだろ」
「そんなの、なんで分かるんですか」
「俺は嘘を見破るのが得意なんだ。顔を見れば、嘘を吐いているかどうかは分かる。お前も知っているだろ?」
そして、ミミは大きな動揺を見せた。
俺の観察力……特に『発言の嘘を見破る力』は、自他共に認める完成度だった。それは、クロム隊の周知の事実である。
『アイズ流護身術』では、相手の様子を注意深く観察することが前提条件となっていた。故に、俺は常に観察を怠らない。
「そう……でしたね。クロム隊長に嘘は通用しませんか」
ミミは徐に立ち上がって言った。
「そうですよ。わたしは、あの村の差別が耐えられなかった。ずっとずっと苦しくて、逃げ出しました。たった一人の家族だった、お爺ちゃんを見捨てて。誰か助けて欲しいって、心から願ってました。それは本心です。でも、『どうしようもない』って思っているのも、本心なんです。いくらクロムさんでも、この村の差別をなくすなんてこと……」
「してみせる」
俺は強く言い放った。
正当な理由など一切なしに、人を差別する。その上、他者の苗字を諸悪の象徴にするなど。
そんな理不尽、認める訳にはいかなかった。
何より、ミミの思い詰めた顔は見たくない。
「俺はクロム隊の隊長だ。その肩書きをハリボテにするつもりはない。お前を縛る鎖を、断ち切ってやる」
戦う理由は充分だ。俺は、ミミを救ってみせる。
願望には行動が伴わなければならず、行動には根拠が伴わなければならない。そして、根拠を作り出すのは情報だ。
第一に何をすべきか。紛れもなく、村の差別の実態を探ることだろう。
被害者のミミだけでなく、差別の加害者の視点も知らなくてはならない。一つの視点に固執したままでは、問題の解決と双方の理解は得られない。ただ単に問題を問題視しているだけでは駄目だ。それでは、差別する人間と何ら変わらない。
差別の原因となるもの……それを見つけて解決に導かねば。
そのためにも、『チプル』に対する差別は何が引き起こしているのかを知らなくては。
「ミミの祖父に会いに行こう」
俺は、そう提案した。
「差別の実態について一番理解しているのは、おそらくミミの祖父だろう。『チプル』への差別の第一の被害者である彼なら、本質的な観点を持っているかもしれない」
ミミの祖父がどこにいるのかは、ミミが知っている。
「ミミ。お前の実家に案内してくれないか?」
「いいですけど、少し遠いですよ」
「構わない」
遠い場所に行くことなら、ここ数日で慣れた。それに、同じ村にある家なら、そう遠くはないだろう。
だが、予想は現実を遥かに下回っていた。
『少し』なんてものじゃなく、ミミの実家は『かなり』遠かった。ミミの故郷に到着したのが昼頃。そして、ミミの実家に到着したのは夕方だった。もう日は落ちかけている。
村から長い道のりを歩き、橋を何度も渡り、山を越え、草原を抜け、また山を登った先に実家はあった。
山の高所にある家とか、さぞかし不便だろう。外部の人との交流は困難だし、街に行くのも難しいし、野生動物に襲われる危険も高い。山道は全く整備されておらず、木々が生い茂って歩きづらいことこの上なかった。はっきり言って、最悪の立地だ。
何故、ミミの祖父はこんな場所に住んでいるのだろう。
……いや、『ここに住まなくてはならなかった』のか。
快適な村から嫌われ、排斥されたのだから。
村から遠く離れた場所で、ミミと祖父は細々と暮らしていたのか。
「着きました。ここがわたしの実家です」
ミミは、眼前の一軒家を指差した。
木と藁でできた家は、ボロボロで古臭かった。近くには、小さな畑が見える。寂しい家だった。
「うひぃー。ここまで来るのに苦労したぜ! ミミはこんな道をしょっちゅう移動してたのか?」
エリックが聞くと、ミミは首を横に振った。
「いえ。わたしと祖父は、ほとんど村に降りることはありませんでした。尋常でなく嫌われていたので」
「随分遠くまで来たけど、この家はあの村の範囲内に入ってるの?」
カインズが疑問を呈した。確かに、ここまで遠ければ別の市町村に属していそうな気がしないでもない。
「この山は……」
「この山はさっきの村の一部なのだよ! 故に、ミミ君の実家とあの村は同じ地域に属しているという訳さ!」
ミミが答えようとする前に、ウォレットが返答した。おい、なんでお前が答えるんだよ情報マニア。
「ミミの家って私の家と似てるね! っていうか、ミミも山育ちだったんだ!」
ユリーナは「しんぱしー」とか言って、ミミに抱きついていた。ユリーナの出身地はチェルド大陸の田舎で、ユリーナも農村の生まれだった。共感できる部分があったのだろう。
「うん。ユリーナと違って、木登りが得意だったりはしないけどね。山での暮らしは……あんまり好きじゃないかな」
ミミは、自身の実家へと歩を進めた。かすかに人の気配を感じる。
「あ、誰か出てきましたよ」
家から出てくる人物を見て、ファティオが報告する。『誰か』が誰なのかは、予想通りだった。
「ミミ……? そこにいるのはミミなのか……!?」
目を見開いて、俺達を見る老人。薄汚れた服を身にまとい、震える体を引っ張って歩いてきた。彼は、ミミの顔を見て、驚くやら喜ぶやら複雑な表情をした。
「おじいちゃん。ミミです。帰ってきました」
ミミがそう言うと、ミミの祖父は涙をこぼして、よたよたとミミの元へと近付いた。
「おお、ミミや……。帰ってきてくれたのか。元気そうで、よかった。本当に……」
倒れそうになる祖父を、ミミは両手で支えてあげた。
「ごめんね、おじいちゃん。おじいちゃんを一人にさせて……寂しかったよね。ごめんね」
ミミの目は懺悔の色と、再会を喜ぶ色が混ざっていた。
数年ぶりの、家族の再会。その感動のシーンを台無しにしたのは、アレイシアの一言だった。
「疲れて足腰が痛いわぁー。ねえおじいさん、ちょっと休ませてもらうわねぇ。あ、お酒あるかしら。お酒」
そう言ってアレイシアはミミの実家に上がり込み、無遠慮に寝転がるのであった。
○お知らせ
7月7日(木)から7月13日(水)までの7日間、連載をお休みします。再開日は14日(木)になります。




