第187話 「ミミの過去」
みんなは、真剣にミミの話に耳を傾けていた。
「『はじまりの日』はご存知ですよね? 世界中でたくさんの人が急死した、あの日。正体不明の恐怖は、この村にもやってきました。村の長が亡くなり、村の子供が倒れ、次々と死人が増えていく。みんな、怖かったんだと思います。その恐怖の原因を、何かに見出したかった」
その語り口は、重く静かなものだった。
『はじまりの日』は、誰もが知っている常識だ。50年前、世界一の大都市ヴォルテッシアノが滅亡したのをきっかけに、世界中で謎の急死が増大した。世界中が恐怖に包まれただろう。
得体の知れない恐ろしさに説明をつけるため、村人が選んだ答えとは。
「村人の死の原因として挙げられたのが、わたしの祖父です。祖父は何にも悪くないのに、諸悪の根源として扱われました。村の隅に住まわされ、侮蔑の言葉をぶつけられ、時には暴力を振るわれました。そして、いつしか誰も近付かなくなりました」
一人の村人に、全ての責任をなすりつけること。
それが、村人達の選択だった。
嫌なことを誰かのせいにすると、人は安心を得てしまう。誰かを責めることに、喜びを感じてしまう。
そうすれば、自分が優位に立った気になれるから。『自分は被害者だ』『自分はかわいそうだ』『自分は正しい』なんて戯言を盲信できるから。
村人の恐怖心を落ち着かせるための生贄として、ミミの祖父は選ばれてしまったのだ。
「その扱いが、孫の代になっても続いていると?」
「はい。謂れのない差別には尾ひれがついて、祖父の苗字『チプル』には呪いがかかっているだの、不作はチプルのせいだの、近付くと呪いがうつるだの……荒唐無稽な噂が広がりました。わたしのお父さんとお母さんは、そんな差別と偏見に耐えられなかったのでしょう。幼いわたしを村に置いて、都会に引っ越しました。わたしはずっと祖父に育てられ、この昔話を聞かされました」
ミミの祖父は、どんな気持ちでミミに語ったのだろう。自分の故郷に拒まれ、恨まれる。苦しかったはずだ。悲しかったはずだ。
ミミは生まれながらに忌諱と怨恨の渦に飲まれ、両親のいない日常を送ってきた。
毎日がどれほど辛いものだったか。俺には想像もつかないことが、悔しい。
「『チプルは害悪の象徴』だと信じきっている人は、この村にしかいないはずです。でも、もし……他の街に住む人も『チプル』を嫌っていたら。そう思うと、なかなか自分の苗字を名乗れずにいました。わたしが苗字を教えたのは、信頼に値する人達だけです」
クロム隊のみんなは、ミミの苗字を知っていた。ミミが、俺達に教えてくれたのだ。それは、俺達とミミとの信頼の証。
ミミにとって苗字を教えることは、大切な意味を持っていた。
「さっきの村人達は、ミミに対して無根拠な怒りを持っていたんだな。ミミが嫌われるようなことをしたのではなく」
「はい。そしてそれは、根深いものです。ちょっとやそっとでなんとかなる問題じゃないんです」
ミミの過去は、俺の予想を上回るものだった。差別を受けていたとは聞いていたが、もっと軽いものだと思っていた。子供の頃のミミがいじめられたとか、短期的で弱いものだと。
しかし、現実は過酷だった。俺は、それを知らずに、ミミをここに連れてきてしまった。村人の敵意を目の当たりにしてもなお、村から出ようとしなかった。
ミミが必死で村から出た理由が、今となってはよく分かった。
ミミは人見知りだった。知らない人間が多い場所を避けていたし、他者の視線に晒されると、俺の背後によく隠れた。
見知らぬ人間で溢れる空間。それは、ミミにとっては耐え難い場所だったはずだ。
ミミの人見知りは、『他人に慣れてない』なんて程度のものじゃない。もっと辛くて深い心の傷が関わっている。
ウォレットは、ミミの話を聞いた後、明るい声で言った。
「話してくれてありがとう。君は勇気ある人だ。そんな君に朗報を授けよう! チプルの苗字を嫌っている人は、この村にしかいない。僕様が調査した限りではね。だから君は安心してフルネームを名乗るがいい」
「本当……ですか?」
ミミの顔に、若干の明るさが戻る。
ミミを差別しない人が、大勢いる。その事実だけで、どれだけ安心できることだろう。
ウォレットは、優しい笑顔をミミに見せた。
「僕様を信じたまえ。僕様は嘘が嫌いなんだ。でも、この村における『チプル』への憎悪は、尋常ではない。それはミミ君も知っているだろう。僕様を含む一部の情報通では有名な話さ。有名な差別案件だというのに、国が放置しているのが残念なことだけどね!」
経済発展の代償に、治安が悪くなったルトゥギア国。この国の政府に、国民の幸福と不幸は見えているのか。
「これは、放っておけないな」
大切な仲間が理不尽な目に遭っていた。そして、その呪縛は今もミミを苦しめ続けている。
これを無視することなど、できるはずがない。
「クロム隊、出動だ。ミミへの差別をなくし、理不尽を破壊する」
俺は静かに怒りの炎を燃やしていた。
それは、アイズとしての自分が持つ、もっとも根本的な感情。
『理不尽と戦う』。それが、アイズの願いだった。
アイズという組織を生んだのは、この世の理不尽に対する怒りなのだから。




