第186話 「ミミの故郷」
疫病神? ミミが疫病神だと?
「聞き捨てならないな」
この村でミミが何をしたのかは知らないが、仲間が疫病神扱いされているのは気に食わないな。
俺が農民のおばさんに詳しい事情を聞こうとしたら、民家から30歳くらいのおっさんが飛び出してきた。
「お、お前さんら! うちの嫁さんと息子に何してるべ!」
俺達を悪党か何かと勘違いしたのか、農家のおじさんは怒りの形相で近付いてきた。怯えた表情で地面に尻餅をついている奥さんを見て、誤解を招いたのかもしれない。
「ちょっと待て……」
「問答無用!」
平和的に話し合おうとしたんだが、おっさんは話を聞くまでもなく襲いかかってきた。鍬を強く握り、思いっきり振り被る。この村では農業道具で奇襲するのが普通なのか。
俺は鍬を掴んで、体をひねりつつ背後に引いた。鍬を持つおっさんごと、畑の上に投げ飛ばされる。柔らかい大地に、おっさんの顔が埋もれた。
全く精錬されていない、素人の動き。対処できない理由はなかった。
「なんだこの村は……いきなり襲いかかってきて……」
随分と手荒な歓迎だな。何が彼らを怒らせたのか。
「に、逃げましょう! 皆さん!」
ミミは俺の背中をグイグイと押した。奴らが怒った事情が不明瞭な状態でここから去るのは賛成しかねるが、ミミがあまりにも真剣な眼差しで俺を見るので、俺はノーとは言えなくなった。
「分かった。みんな、一旦下がるぞ」
ミミの必死な手に押されて、俺達はミミの村から離れた。
村の敷地外に出たから、もう農民に襲われることはないだろう。おそらく。
「全く……客人に対して乱暴すぎるね、あのお百姓達は。困ったものだよ!」
ウォレットは少し糾弾するような口調で言った。
「奥さんが暴行されたとか、そんな風に勘違いされたのかもしれませんね」
ファティオは顔をしかめて、村の方を見た。
「俺達はアイズだぞ? そんな真似してたまるかよ!」
エリックは村人の対応に、至極怒っているようだった。
「この制服を見ても、アタシ達がアイズだって気付かなかったのかもね。そもそも、アイズを知らないかもしれない。アタシの隊の活動は、このあたりまで及んでないから」
アレイシアは、ゆったりとした口調で言った。
「お前、この村では活動してないのか?」
「そうね。知ってると思うけど、この国は結構治安が悪いのよ。だからアタシ達『アレイシア隊』もきりきり舞いの大忙しで。比較的治安のいい地域での仕事は後回しにしてるのよ」
「いきなり鍬で襲ってくる村は治安がいいのか?」
「比較的、って言ったでしょ」
ということは、首都ルトゥギアとかではもっと暴力的な日常が繰り広げられているのか。恐ろしいことだ。
そんな忙しいのに、アレイシアは俺を助けにアーネまで来てくれたのか。
「忙しい時に俺に協力させてしまって、すまないな」
「いいのよ。あんたを守ることが一番の責務なんだから」
その言葉は、アレイシアにしては珍しく、重くてしっかりしたものに感じた。
「あ、あの……」
気付くと、ミミが申し訳なさそうに顔を俯かせていた。
声もいつもよりか細く聞こえる。
「すみません。わたしのせいで、皆さんにまで迷惑をかけてしまって」
「待て待て。あの二人が襲ってきたのはお前のせいじゃねぇだろ。お前が何かした訳でもねーしよ」
何故か謝るミミに、エリックは当然の言葉をかけた。
だが、ミミは暗い表情のままだ。
「いえ。わたしのせいなんです。わたしは何もしてないけど……。わたしの、せいなんです」
その心の奥に、強い後悔の念が渦巻いているのが見て取れた。
その時、ミミがかつて話してくれた過去について思い出した。故郷がミミを拒んだ理由。根深くて薄汚れた、差別と偏見の過去を。
「ミミ君……ミミ・チプル君。僕様は君の過去を知っている。君がこの村でどんな思いをしてきたのかを知っている。だが、僕様は君の覚悟も知っている。君がこの村にどんな思いを伝えに来たのかを知っている。君は、ここに来てどうしたいのかい? 選ぶのは君しかいない」
ウォレットは、落ち着いた声で、ゆっくりとミミに言った。
それに対して、ミミの答えは一つだった。
しばらくの沈黙の後、ミミは深呼吸をして言葉を紡いだ。
「じゃあ、聞いてくれませんか? わたしの過去を。チプルの苗字を受け継いだ、わたしの昔話を」




