第185話 「ミミの帰省」
翌朝。
クロム隊のメンバーは影宿のフロントに集まった。
既にイーヴィル・パーティーの奴らはチェックアウトしている。別れの言葉はなかったが、別に奴らとの別れを惜しむ必要もないだろう。
俺達は、次なる目的地に向かって歩を進めた。
当面の目的地は、北だ。できるだけチェルド大陸から離れた場所が好ましい。
このまま北に進めば、アーネの街を出ることになるだろう。そして、農業都市ポロクロロに到着する。
そして、このまま進んだ先には……ミミの故郷があった。
「クロム隊長。お願いがあります」
クロム隊が集まる中で、ミミは俺に言った。
「わたしの故郷に寄って行ってもいいでしょうか」
それは、勇気ある決断だったと思う。できれば、故郷など無視して素通りしたかったはずだ。
「いいのか? あの村に帰ってもきっと……」
「いいんです。わたしは、覚悟を決めました。カインズ先輩が中央都市に帰ったように、わたしも故郷と向き合わないといけない。そう思ったんです」
5年間の家出を経て、自分の故郷に戻ったカインズ。気に食わない場所でありながらも、自分の意思と強く向き合った。
カインズの姿を見て、ミミは何か思うところがあったんだろう。二度と戻りたくないであろう故郷に、ミミは帰る決心をした。
「……分かった」
その思いを無下にするつもりはない。俺達の次の目的地は決まった。
「みんな、ミミの故郷に行くぞ」
歩くこと、数時間。思ったより早い時間で、ミミの出身地が見えてきた。広々とした畑と、細く緩やかな川が見える。木製の家がポツポツと点在していて、人の気配は少なかった。道は一応存在しているが、雑草だらけで、整備されている様子はなかった。小さな足跡がいくつか確認できるから、この辺りには小動物が生息しているのだろう。兎とか。
「ミミの故郷って、のどかなところだねー」
ユリーナが周りを見渡して言った。
確かに、落ち着いていて静かな場所だ。端的に言えば、田舎。自然を感じられる、いい雰囲気だ。俺は都会の空気より、こういった田舎の空気の方が好きだな。
「ミミが随分張り詰めた顔してるから、地獄のような場所にでも帰省するのかと思ったけど……いい村だね。風が心地いいや」
カインズは吹き抜ける風を体で感じながら、深呼吸をした。
「地獄……ですか。あながち間違ってはいませんね」
ミミの顔に緊張が走っている。『来なければよかった』という若干の後悔と、『ここまで来て引き返せない』という強い意志が感じ取れた。
ミミが村へと向かう足取りは、重く苦しいものに見えた。それでも前に進み、村の敷地内に入っていく。
この村、環境状態は悪くなかった。住みやすそうな場所だし、雰囲気もいいだろう。
だが、土地の良し悪しは土地そのものだけでなく、住んでいる人々によっても変わるものだ。
村にお邪魔すると、畑を耕している女性を見つけた。紐で背中に赤子を括り付け、子守をしながら農作業に打ち込む女性。歳は30歳くらいに見える。農家の奥さんだろうか。
俺達はよそ者だし、無断で村に入ると不審者扱いされるかもしれない。ここは挨拶くらいしておくべきだろう。アイズの制服を着た人物が笑顔で挨拶すれば、不審に思われたりはしないだろう。
「こんにちは」
俺は農作業中のおばさんに、挨拶をした。挨拶を返されると思ったが、意外にも敵意を持った眼差しで見られてしまった。
おばさんの視線の先は、ミミ。目に映るものが信じられないかのように、おばさんは目を見開いて驚いていた。
「あ、あんた……」
おばさんとミミは知り合いなのだろうか。その割には、険悪な雰囲気が漂っている。
ミミは怯えた表情になり、俺の後ろに隠れてしまった。人見知りのミミは、よく俺の背後に隠れることがあるが、故郷でも人見知りを発動するとは意外だな。
いや、これは『見知らぬ人に対する恐怖』というより……。
『自分に向けられた憎悪に対する恐怖』……?
「ミミ!? なんで……なんで帰ってきたのさ!」
おばさんの表情は、怒りと恐怖に染まっていた。親の仇を見るような目であり、大地を這う虫を見下すような目でもあった。
決して、故郷に戻ってきた少女を歓迎する目つきではない。
「あ、あの……」
小さな声でミミが呟いたが、おばさんの怒号にかき消されてしまった。
「出て行けっ……。この村に帰ってくるんじゃないよっ!」
おばさんは手に持っていた鍬を振りかざし、ミミに向かって振り下ろした。
その瞬間、カインズが鍬を掴み、おばさんの腕から奪い取った。そして、遠くの道端まで放り投げる。
武器を失ったおばさんは、怯えた表情で後ずさりした。
「ちょっと、何するんですか」
カインズが鋭い目で睨むと、またおばさんは怯えた。ミミに襲いかかるとは言語道断だが、赤子を背負う女性を必要以上に怯えさせるのは気が引けるな。
「事情を説明してもらおうか」
俺が言うと、おばさんは歯を食いしばってミミを睨んだ。
「この娘は、疫病神なんだよっ! この村にいちゃいけないのよ!」




