第九閑話 「スーニャは悲しみを弾け飛ばし、爆弾を深く愛する」
まだまだ閑話が続きます。
九つめの閑話は、『執念の手』のスーニャ・チルの物語。
「スーニャ? いえ、知らない子ですね」という人は、112話などをお読み下さいな。
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爆発って楽しい!
人や物がドッカーンって吹き飛ぶのを見ると、興奮しちゃう!
だから、たくさんたくさん爆発させたいな!
スーニャ・チルは鉱山の近くの村で生まれた。その村の名産品は、山から採れる鉱石だった。機械の部品やアクセサリーの材料になるので、それらの鉱石は高い値で売れた。
そこそこ、豊かな村だったと言えるだろう。飢えに苦しむこともなく、安定した暮らしができていた。
スーニャが村を旅立った、その日までは。
一昔前は、村人はツルハシを使って鉱石を掘っていた。だがそれでは非効率ということで、新しい採掘方が提案された。
爆弾を使った採掘だ。坑道に爆弾を仕掛け、起爆させて石を掘る方法。目的の鉱石まで破壊してしまうが、その鉱石は採掘後に砕いて加工するので、壊れても大した問題ではない。むしろ、鉱石を砕く手間が省ける。デカすぎる鉱石は売り物にならないので、爆弾を用いても損害はなかった。
爆発は小規模なので、坑道が崩壊する危険は少なかった。起爆時には従業員は爆弾から離れているので、事故死の危険も無い。低リスクかつ、効率的な方法だった。
スーニャの父親は爆薬に詳しかった。鉱山で爆弾を使うと決まった時から、スーニャの父親は爆弾作りに取り掛かった。
スーニャは、そんな父の姿を見て育った。楽しそうに爆弾を作る父親を見て、スーニャも爆弾に興味を持った。
爆弾の中身。爆破する原理。爆発の面白さ。
全て父から学んだ。スーニャは父親以上に、爆弾を好きになっていった。爆弾に関わる生活をしていることに、誇りを持っていた。
大きな音を立てて、光と熱と爆風が広がっていく。そんな単純かつ豪快な光景が、たまらなく好きだった。
爆破による採掘が功を奏し、スーニャの村はさらなる発展を遂げていった。村人はもっと儲けたいと思い、坑道に大量の爆弾を設置した。
危険性については十分考慮してある。爆破の範囲は、居住地域には及んでいない。安全は保障されているはずだった。
その日、スーニャは誰にも気付かれないように、坑道に忍び込んだ。爆破が始まる前に、試してみたいことがある。
スーニャは大量に設置された爆弾達に、火薬を追加した。規定の量以上の火薬が入れられたら、どうなるかは想像に難くない。スーニャにも分かっていた。爆発の規模が大きくなることくらい。
でも、見てみたかったのだ。より派手で、興奮を呼び起こす爆発を。
仕事のお手伝いをしつつ、でっかい爆発を見てみよう。
スーニャはそんな軽い気持ちで火薬を注いだ。危険なんてない。大丈夫だ。自分に限って、大事故なんて起きるはずはない。
そんな無根拠の自信が、最悪の事態を巻き起こした。
爆破作業の時間がやってきた。
村の大人達は『安全な場所』まで避難しつつ、爆弾の起爆スイッチを押した。
そこがもう、『安全な場所』ですらないとも知らずに。
「それじゃあ起爆しまーす。3、2、1、はい!」
スイッチが押された瞬間、全ては弾け飛んだ。
想定を超えた爆発音。
想定を超えた爆風。
想定を超えた崩壊。
大人達が知らない間に強化された爆弾は、坑道ごと村人を吹き飛ばした。
爆発の様子を見ようと、離れた場所から爆発を見ていたスーニャ。幸いにもスーニャの元には爆発は届かなかったが、大爆発の威力は目と耳に刻み込まれた。
「え……嘘……!?」
スーニャの目に映ったのは、粉々になった岩とバラバラになった人の死体。そして、血の水たまりだった。
尊敬する父親は、グジャグジャに崩れた肉塊と化していた。
村の収入源も、村の知り合いも、大切な家族も、何もかもが壊れてしまった。
たった一つの好奇心が招いた悲劇。
スーニャの日常は、弾けて消えた。
「あ……あああああああっ!」
心を埋め尽くす絶望に、泣き崩れてしまうスーニャ。
泣いて、叫んだ後、スーニャは笑っていた。
それは防衛機制だったのかもしれない。大きすぎる悲しみに耐えるため、スーニャの心が求めた自己防衛。
『悲しくなんかない。これは楽しい出来事だ』。
そう思い込まなければ、スーニャの精神は壊れてしまったかもしれない。だから、スーニャは笑っていた。
「あははははははははは! すっごい爆発だったね! 興奮しちゃったよん! おっもしろーい! あははははははははは!」
涙を流しつつ、スーニャは崩れた笑顔を捻り出した。
「そうだ! 人が爆散するのって面白い! もっと! もっと爆発させたいなっ!」
自分に言い聞かせるように、スーニャは叫んだ。
不思議と、気分は高揚していた。さらなる爆発を見なきゃ、と心が欲している。
もはやどれが自分の本心なのか分からなくなった頃、スーニャは呟いた。
「そうだよ。あたしは爆弾が好きなんだ。だから……全部ぜーんぶ! 吹き飛ばしちゃうよん!」
スーニャ・チルが爆弾魔になった瞬間だった。
爆発は楽しいんだ。人が弾ける姿は素晴らしい。だから、父親が爆死しても、悲しくなるなんてありえない。
仮初めの欲望と本物の欲望がすり替わり、爆発的な殺意が生まれた。
爆弾の知識は十分にあった。父から受け継いだ知識と技術を駆使して、スーニャは高性能な爆弾を作りまくった。
その中でも、スーニャが『とっておき』と呼ぶもの……究極の爆殺兵器は、恐ろしい性能を持つものだった。大量生産はできないが、威力は申し分ない。
ある日、スーニャは爆弾の性能チェックをしていた。5メートルくらいの巨大な岩を、一つの爆弾で粉砕したのだ。
「うん! 威力は十分だよん!」
爆破実験の成功を喜んでいると、背後から怪しい青年が近付いてきた。
「いやー、見事っす! 凄まじい爆弾っすね! それで今度は人を吹っ飛ばすんすか?」
貼り付けたような薄っぺらい笑みを浮かべて、ライオル・ディカターゴはスーニャに声をかけた。
どす黒さを有する赤髪。軽薄そうな笑み。俗っぽい口調。
それらの奥に、自分勝手な殺意が隠れていた。
見るからに怪しい青年。彼を見て、スーニャは警戒を見せつつ尋ねた。
「誰? なんであたしが人殺しだって知ってるのん?」
もし自分に害を及ぼす存在なら殺す。スーニャの目は、そんな意思を表に出していた。
「まあまあ、落ち着くっす。怖い顔しないで欲しいっす。オレっちはライオル・ディカターゴ。『執念の手』という殺人者集団の、スカウトマンをやってるっす。君の殺意を感じて、是非ともうちに来て欲しいなー、なんて思っちゃったりするっす」
怯えた表情をしながら、ライオルは答えた。
「ふーん。お兄さんも人殺しなんだ。それは分かったよ。でもでも! まだ二つ目の質問に答えてないよね? ライオルさんはあたしのこと知ってるの?」
「はいっす。君が通りすがりの人を爆殺する様子を、しっかりと見させてもらったっす。君はまだ若いのに、随分手馴れた殺しっぷりでしたっすねー! 練習したんすか?」
警戒を煽るであろうセリフを、笑顔で言うライオル。
「練習? してないよん。爆発が好きだから爆発させてるだけだよ? そう……爆弾が好きだから、爆発させないとね」
スーニャの仄かな哀愁を感じ取れないライオルは、はつらつとした声で言った。
「そうっすか! まさに殺人の才能っす! 是非とも『執念の手』の仲間に入って欲しいっす!」
スーニャは訝しむ目をライオルに向けて、ポケットから爆弾を取り出した。
「ど、どうしたんすか!? ここで爆破させる気っすか!? 危ないっす! やめてっす!」
驚愕したライオルは、慌ててスーニャから距離をとった。
「そうだよん。今、ここで爆発させる」
スーニャは手のひらくらいの大きさの爆弾を、自分の頬にくっつけた。
「こんな至近距離で爆発させたら、あたしは死んじゃうね!」
「何言ってんすか! 危ないっすよ!」
スーニャの謎の行動に、ライオルは動揺を隠せなかった。
「うん。危ない。爆弾は危ないんだよん。それはよーく知ってる。でもね。爆弾を扱う人は、自分が爆散する覚悟を持ってなきゃ。殺すなら、死ぬ覚悟をね。お兄さんは、死ぬ覚悟はできてる?」
「そんな覚悟、持ってないっすよ! 殺すのは好きっすけど、自分が死ぬのは嫌っす。君が死ぬのも嫌っす。だから、自殺なんて真似は……」
「自殺じゃないよん! これはお兄さんを試すテスト」
「テスト……?」
スーニャの言動が全く理解できなかった。一体、この娘は何を……。
「あたし、お兄さんのことを完全に信用した訳じゃないんだよん。ライオルお兄さんが本当にあたしを仲間にしたいのか、確かめたいんだ。今から爆弾を起動させるから、爆発する前にあたしを助けてね! スイッチを押したら、一秒後に爆発するよん! お兄さんも巻き込んじゃうかも!」
「えええええええええええ!?」
ライオルとスーニャの距離は約1メートル。今から全力で逃げれば、爆風の及ばない所まで避難できるだろう。
「あたしの命が大切なんでしょ? 仲間にしたいから。じゃあ、助けてくれるよね?」
そう言って、スーニャは爆弾のスイッチを押した。
ここでスーニャに近付いて爆弾を手で弾けば、スーニャとライオルは助かるかもしれない。だが、それには当然、危険が伴う。
スーニャから離れれば、ライオルの命は助かるだろう。だが、スーニャの命は確実に四散する。
自分の安全を取るか、両者が助かるかもしれない危険な道を選ぶか。
ライオルは、どちらも選ばなかった。
ライオルはその場に立ったまま、素早く拳銃を構えた。そして、止まることのない動作で引き金を引く。銃弾がスーニャに向かって飛んで行った。だが、その弾の行き先はスーニャではない。
銃弾は爆弾を貫き、どこか遠くへ飛んで行った。
一瞬の出来事。その後、音の無い時間が過ぎていった。
「なん……で……?」
爆音が、しない。確実にスイッチを押したはずなのに、爆弾は不発に終わった。
スーニャもライオルも、生きたまま立っている。
状況に混乱しているスーニャだが、ライオルの銃撃が爆弾を貫通したのは理解できた。
でも、不可解だ。爆弾を撃ち抜いたのなら、その瞬間に爆発するはず。しかし、スーニャの手元にある爆弾は黙ったままだった。
「おかしいよん! なんでなんで!?」
「ふーっ、危なかったっすー! もうこんな真似はしないで欲しいっすね!」
呆然とするスーニャと、安堵するライオル。
ライオルは、自分が何をしたのかを語り始めた。
「君の爆弾の、起爆装置を撃ち抜いたんす。火薬部分に当たらないように。君は『一秒後に爆発する』って言ったっすよね? ということは、スイッチを押した瞬間に火薬に火が付くとは考えにくい。一秒後に着火するように設計されているはずっす。となれば、着火する前に起爆装置を撃てば、爆発しないかもしれない。そう推理したんす」
簡単に言っているが、人知を超えた技術を要求される所業であることは、スーニャにも想像できた。並外れた才能がなければ、そんなことはできない。
一瞬のうちに推理を働かせ、最適な方法を見出す。その上、正確な狙撃を行うなど。
「実を言うと、大きな賭けだったんすよ。オレっちは爆弾に詳しくないし、自分の推理が的外れである可能性も高い。危ない所だったっす。でも、君とオレっちが助かる、一番可能性の高い方法を選びたかったんす」
その判断ができたのは、ライオルが自分の銃の腕前に相当な自信を持っていたから。
自信に溢れたライオルは、笑顔でスーニャの手を握った。
「これでオレっちを信用してくれるっすか?」
自分の命を守りながら、スーニャをも助けたライオル。
呆然としていたスーニャだが、たちまち笑顔になって答えた。
「うん! いいよん! お兄さん、面白い人だね! あたしも一緒に、人を殺してあげる!」
かくして、スーニャは『執念の手』の一員となった。
彼女は『爆発少女』の異名を授かり、『執念の手』の爆弾魔として活躍することになる。
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