第八閑話 「ベシムは殺すためだけに毒を用いる」
八番目の閑話は『執念の手』の毒使い、ベシム・トクシックのお話です。
「ベシムって誰だよ」と思った方は、88話などにベシムの登場シーンがあるので、気が向いたらお読み下さい。
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毒と薬は紙一重。
人体に害を及ぼす物質は『毒』と呼ばれ、人体に良い影響を与える物質は『薬』と呼ばれる。
また、毒でもあり薬でもある物質も存在する。
少量ならば健康を促進するが、大量に摂取すると死に至る物質だ。中央都市では、そのような物質についても研究されていた。
何のために? 当然、人々の健康のためだ。世界の平均寿命が年々減ってきている中、中央都市は寿命を延ばす研究を進めていた。中央都市の科学者達は、誇りを持って薬の研究をしていただろう。
だが、ベシム・トクシックは違った。彼は市民の健康や寿命なんて微塵も興味は無かった。そもそも、ベシムは『自分は薬を作っている』とは思っていなかった。『自分は猛毒を作っている』と思っていたのだ。
ベシムは中央都市の薬学者だった。毎日のように研究室に篭り、新たな物質を生み出そうとしていた。研究は一筋縄ではいかない。それでも、諦めずに研究を続けた。
ベシムの年齢は60歳を超える。もう年寄りに部類される年齢だ。それこそ、病気にかかりやすいだろうし、薬が必要になりやすいだろう。だが、彼の欲するものは薬ではなく毒。人をできるだけ多く殺せるような、強力な毒だ。
『毒は人を殺すためにある』。ベシムの口癖だった。
そしてある日、研究者たちの悲願が叶った。未知の物質の生成に成功したのだ。
これは人類に大きく貢献することになる。誰もがそう思った。
だが、ベシムだけは違うことを考えていた。
「この毒があれば、大量虐殺も可能デスぞ」
新物質は、細胞の働きを活性化させ、傷の修復や体の成長を促進させる効果があった。だが、大量に摂取すれば細胞の動きが過剰になり、身体の不調を引き起こす。一定以上の摂取で、ほぼ100パーセント死に至る物だった。
他の研究者達は、この物質の有効利用を考えている。皆が、その物質を『薬』と呼んでいる。
「理解しかねますぞ。その物質は、『毒』ではないデスか」
ベシムは、周りとは違う目で新物質を見ていた。
ある日、ベシムは独自で実験を行った。小動物に例の物質を投与し、結果を観察したのだ。
予想通りの結末だった。一定値を超えた分量を体内に入れた結果、実験動物達は全て息絶えた。
苦しみ、悶え、絶望の渦に巻き込まれて死んでいった。
「ブフォフォフォフォ。思った通り……いや、想像以上デスぞ! この毒があれば、思う存分殺せますぞ!」
残虐な笑いが、実験室に響く。そんなベシムの様子を、研究所の職員達は見てしまった。
「君を、我が研究所から解雇する。理由は言わなくても分かるな?」
それから間もなく、ベシムは勤めていた研究所をクビになった。嬉々として動物達を毒殺するベシムと見て、研究所の科学者達は不安を感じたのだ。
研究所の所長を目の前にし、ベシムは呆然として立っていた。
「な、何故デス? 拙者は、研究に十分な貢献を……」
「君の優秀さはよく知っている。君のおかげで完成した研究も、一つや二つじゃない。だが、猟奇的な科学者が我が研究所にいると世間に知れたら、評判が悪くなるかもしれない。ただでさえ財政難だと言うのに、評判が落ちてスポンサーが減ったら、研究を続けられなくなる。それに、君と同じ職場で働きたくないと訴える職員が、何人かいるんだ。彼らに仕事を辞められたら、非常に困る。身勝手だとは思うが、分かってくれ」
「拙者が……猟奇的……?」
分からなかった。自分は好きなことを全力で研究していただけなのに。毒の素晴らしさや、毒殺の快感を、周りの人間は理解できない。
毒々しい敵意を周囲に向けられ、ベシムは中央都市を去った。
チェルド大陸やルタ大陸を旅して、独自に毒の研究を進めた。自分が求める、最高の毒薬を生み出すために。
ある時は他人を使い、またある時は自分の体を使って、毒の効能の実験をしていた。
中央都市で働いていた頃は、ベシムは人を殺していなかった。流石に、中央都市の警備システムや軍を相手にしては勝ち目はない。『イマジンハート』がきちんと作動しているうちは、中央都市で殺人犯が捕まらずにいるなんて、不可能だった。
人を毒殺したいと思っていても、長年行動に移さなかったベシム。だが、中央都市の管理体制から逃れた今、ベシムを縛るものはなかった。
ベシムは様々な毒を用いて、見知らぬ人間をたくさん殺した。毒で人が苦しむ姿を見るのは、非常に快感だった。
より強力な毒と、より残酷な毒殺方法を探して、ベシムは旅を続けていた。
そんなある日、ベシムはライオルに出会った。『執念の手』のスカウトマンだと名乗る彼に、ベシムは好意的な目を向けた。
「ほう……殺人鬼の集団デスか。いいデスね。拙者も仲間に入れてもらえるのデスか?」
「もちろんっす!」
ライオルは爽やかそうな笑顔を見せて、ベシムの手を握った。
「いやー、嬉しいっす! オレっちがスカウトすると、いきなり斬りかかってくる人とかいたんすよ! それに比べて、ベシムさんは血の気が多くないし、流石大人って感じっすね!」
「ブフォフォフォ。拙者も毒物を前にすれば、殺意に溢れた獣のようになりますぞ」
「え、マジっすか」
ライオルは多少の動揺を露わにしたが、ベシムは静かに笑うだけだった。
『中毒老』ベシムをメンバーに加えた『執念の手』。彼らが中央都市を襲撃するのは、この後の話だ。
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