第七閑話 「テマネスクは美しき死を創造する」
前回に引き続き、『執念の手』の閑話です。
今回は、テマネスク・フラウワの過去のお話です。
「テマネスクって誰だよ」と思った方は、93話〜95話をお読み下さい。
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美しいとはなんだ。
野に咲く一輪の花か? 雨の後に架かる虹か? 端麗で細身の女性か? 潰えぬ友情か? 優しく紡がれた衣服か? 耳に優しい詩か?
どれも、確かに美しい。だが、美しさとは絶対的なものに非ず。また、客観的な美しさも存在しない。
美しさは時や場所や場合で変化し、見る人によって変わるものなのだ。
故に、彼の求める美しさは、一般的なそれとは全く異なるものだったろう。
テマネスク・フラウワが追求する、『死』という美しさは。
テマネスクはルタ大陸の小さな町で生まれた。彼はごく普通の農民の家で育ち、そこそこ豊かな暮らしをしていた。
悲惨な過去があった訳でもなく、狂った家庭で育った訳でもない。将来は、両親と同じように畑を耕して生きて行くのだと思っていた。
だが、両親の死がテマネスクの人生を変えた。
いや、価値観を変えたというべきか。
テマネスクは芸術が好きだった。時には音楽を嗜み、時には絵画を描き、時には本を読み、時には詩を書いた。
テマネスクは美しいものが好きだった。美しさがあれば、どんなに汚れた人生でも彩りが生まれる。そう信じて、彼は美しいものを求めた。
綺麗な旋律。華やかな絵。流れるような文章。暖かな詩。
目や耳が美を感じる度、テマネスクの心は満たされていった。周りの人間も、テマネスクが創造する美しいものに惹かれていった。
「でも、これじゃあ不十分」
テマネスクは飢えていた。もっと美を。もっと素敵なものを。心に潤いを。人生に華を。
そして、ある日。両親が他界した。大きなベッドの上で、手を取り合って永遠に眠っていた。お互いに顔を合わせ、安らかな表情を浮かべる両親。閉ざされた目は、もう二度と自分の力で動かすことはできない。
急な死だった。昨日までは元気だったのに、テマネスクが朝起きた時には、父と母は亡くなっていた。
死因は感染症だった。感染率は低いが、発見が困難なので脅威的な病。いつの間にか、両親は感染症を患っていたのだ。
睡眠状態に入った時に、そのまま生命活動を終えてしまう病気。『はじまりの日』以降、結構な数の死者を生んでいる病気だ。
テマネスクは両親の遺体を見た時、悲しみや困惑の言葉より先に、この言葉が出た。
「美しい」
テマネスクは両親の死体に駆け寄り、そっと手を握った。冷たい。死の温度だ。亡くなってから、結構時間が経っているのだろう。
10年以上共に暮らしてきた家族は、もう戻らない。一緒にご飯を食べたり、会話に花を咲かせることもできない。
未来は永遠に失われた。遺体が人間の形をしていられるのは、あと何日だろうか。かけがえのないものは壊れ、消えゆく。
そしてその『死』を目の当たりにできるのは今しかないし、自分しかいない。
「フハハハハハハハハハハハハハ!」
感情の高ぶりが抑えられなくて、テマネスクは笑い出していた。
「お母様、お父様。小生は気付きました! 人の死とは、これ程までに美しかったのですね!」
大切なものが悠久の彼方に消えていく様。心を占める絶望。そして短い時間で消えてしまう儚さは、テマネスクの美意識を刺激た。
悲劇的で感動的な死ほど、より深い美を生み出す。
人が一度しか生み出せない、『死』という芸術を、もっと見たかった。
「今までありがとうございました。小生は、究極の美しさを求めに行きます」
その日から、テマネスクは家を出た。あてのない旅を続け、美しい死を探していた。
テマネスクが満足できるような、美しい最期を求め。
旅を続けるうち、テマネスクは気付いた。
人はそんなにしょっちゅう死なない。
死亡率が多くなった時代ではあるが、一日に何度も人の死に様を見れるほど、死にまくりの世界ではなかった。
死にそうな人の近くで待つのは面倒だし、死を探して旅をするのは非効率だ。
思考を巡らせたテマネスクが行き着いた答えは、殺人だった。
自分の手で人を殺せば、確実に人の最期を拝むことができる。その上、思い通りの死に様を作れるではないか。何より、手っ取り早い。
テマネスクは殺人の技術を磨いた。より迅速かつ確実、そして美しく人を殺せるかが重要だった。返り血が付着するなど、以ての外。汚い殺し方は認めない。
殺人の練習がてら、多くの人間を殺した。傷を模様に見立てたり、死体の配置を工夫したり、悲しいシチュエーションを用意したりと、自分なりの美しい殺し方を研究していた。
無論ながら、自分の見た目にもこだわった。髪色を染めたり、純白のスーツを着てみたり、いろいろ試した。
殺人を繰り返す日々を送っていると、一人の男がテマネスクに接触してきた。
彼の名前はライオル・ディカターゴ。殺人集団『執念の手』の、スカウトマンをやっている。ライオルの異名は『招待権』。才能ある殺人鬼をスカウトする者。
「どうも、はじめましてっす。オレっちは、ライオルって言うっす。『執念の手』という殺人狂グループのメンバーっすよ。君は殺人の才能があるっすね。是非とも、オレっちの仲間になって欲しいっす」
馴れ馴れしくて軽い口調で、ライオルは話しかけてきた。
テマネスクは多少の懐疑を持ってライオルを見つめたが、その目はやがて審美眼に変わっていった。
「ふーん。悪くないですね。貴方はまだまだ美しさが足りませんが、小生の合格ラインは突破してますよ。いいでしょう。貴方のお仲間になって差し上げます」
「えっ、いいんすか?」
思ったより簡単に了承をもらえたので、ライオルは驚いた。もっと拒まれると思ったのに。
「はい。その代わり、小生が貴方を『美しくない』と判断した場合、即刻小生の手によって美しいものに変えてしまいますよ」
「それって殺すってことっすか? おっかないっすねー」
ライオルは小さな袋を取り出し、テマネスクに差し出した。
「君の武器っす。手術とかにも使われる、上質なナイフっすよ」
テマネスクは袋の中身を確認した。金属のみで構成された、美しいフォルムのナイフが、そこにはあった。
「ほう……。これを小生にくれるのですか? ありがたい。美しいものを頂き、小生、極めて幸福」
「喜んでいただけてラッキーっす。それじゃあ、ついて来て下さいっす。君に、早速お願いしたい仕事があるんすよ」
「それは殺人の依頼ですか?」
「当然っす!」
ライオルとテマネスクは、共に闇深き街へと赴いていった。
『執念の手』か。面白そうだし、美しさの探求の糧となりそうだ。
ああ、これから美しい死を創造する人生が輝きだす。
より多くの、劇的な死を求めて。
そして願わくは、美しい最期で人生の幕を下ろしたいものだ。
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