第六閑話 「センは殺人に人生の意義を見出す」
久しぶりの閑話です。
今回からしばらくは、『執念の手』のメンバー達の過去のお話が続きます。
第六閑話はクロムの幼馴染、センの物語です。
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これは殺意で生き、殺意に生きた男のお話。殺すことでしか生きる意味を見いだせない、狂気の殺人鬼の生き様。『執念の手』のセンが、『執念の手』に仲間入りする前の物語。
彼はとある集落で生まれた。暗くて深い森に覆われた、人知れぬ集落で。
そこでは、二人の子供と数十人の大人が共同生活をしていた。彼らはその集落で生まれた訳ではない。とある科学者の指示で、この狭い集落に移り住んだのだ。文明から隔離された田舎だが、生きるのに十分な環境は用意されている。水にも、食べ物にも、住むところにも困ることはない。
科学者は言った。
『ここで、死ぬまで暮らして下さい。つまらない集落ですが、あなた達にとってはいいところでしょう』
確かに、娯楽の無いつまらない場所だった。だが、この集落に集められた人々は、皆生きるのに疲れた者達。刺激の無い、静かな日々を求めていた人達だ。だから彼らは、科学者の言う通りにした。部外者が来ることの無い、この集落。何も求めず何も望まない人にとって、ここはある意味桃源郷。今までの暮らした世界とは違う、異世界だった。農作業をして、食事をして、寝る。ただそれだけの、のんびりとした日常。彼らは生きていた。
だが、センにとってそんな日常は、死んでいるも同然だった。
センにとって『生きる』とは、何かを求めること。命を、他人を、物を、希望を、未来を。必死になって欲望を満たすことこそが、センが考える『生』の有り様だった。
しかし、この集落の住人は『生きて』いない。何も求めない、何も面白くない。生命活動を行うだけの、『人生という名の作業』だ。地を這う虫でさえ、殺されそうになったら必死で足掻くのに。この集落の人間は、自分の命にすら貪欲でない。
「誰も生きちゃいねぇ。どいつもこいつも、死んだような人生送りやがって」
センは嘆いた。そして、自分は『生きて』いたいと願った。ひたすらに何かを求めて生きていたいと。
そのためには、何かを奪う必要がある。食べ物を食うことは、命を奪うこと。生きることは殺すこと。何かを手に入れるには、誰かから奪わなくてはいけない。
だからセンは殺した。初めは、小さな虫を殺した。小さくて弱い虫が死を拒む姿は美しかった。これこそ、『生きている』証だ。
「オレは『生き』たい。だから、テメェは死ね」
殺している時だけ、センは自分の命を実感できた。自分が生きていると確信できた。
この時から、センの人生は殺意に染まったのだ。殺し続ける人生を歩み始めたのだ。
虫を殺し、小動物を殺し、家畜を殺し、そして人を殺した。
それでも集落の人間は、何とも思わなかった。彼らの人生はとっくに『死んで』いたから。
ただ一人、クロムだけは違った。彼女は親に捨てられ、この集落に送られた。偽りの家族と共に、平凡な毎日を送っていた。そして彼女は臆病だった。故に、センの殺意に一人だけ異常を覚えていた。
クロムは、集落から逃げ出そうとした。センの殺意に恐怖を抱いたのだ。だが、『生きて』いるクロムを、センは見逃さなかった。森を駆け抜けて必死で逃げようとするクロムを、センもまた必死で追いかけた。結果としてクロムには逃げられたが、センは諦めない。いつか必ずクロムを殺すと、自分の殺意に誓った。集落の住人を皆殺しにした後、センは集落を出た。
そして、幾許かの時が過ぎた。ぶらぶらとチェルド大陸を歩き回りながら、人を殺して生きてきた。ナイフ一本で何人の心臓を貫いたのか、センはもう覚えていない。
「危険極まりない世界だよな。オレみたいな殺人鬼が町を歩いているってのに、警察は何もできねぇ」
警察組織は、50年前の『はじまりの日』に権力と武力と人材を失った。年々増加する犯罪者に対応できなくなったため、アイズという組織は生まれた。だが、アイズだけでは限界がある。『イーヴィル・パーティー』や『執念の手』のような危険な犯罪組織がはびこっているのは、ある意味必然と言えた。
社会が守ってくれる時代は終わりを告げ、自分の身は自分で守る時代になったのだ。
センは人口100人程度の小さな町で、次のターゲットを探していた。殺し甲斐のある人はいないか。ああ、我慢できねぇ。オレがすぐさま殺してやるよ。
「ん? どこだここ」
気がつけば、センは人通りの少ない場所に来ていた。薄暗く、不気味な空き地だ。音が一切聞こえない、荒れた土地だった。人を殺しに来たのに、人がいない場所に来てもしょうがない。
「こんなところには人はいねぇよなぁ……」
センは素早い動きで振り向き、投擲ナイフを投げた。
「テメェ以外はな!」
センがナイフを投げた先には、細身の男性が立っていた。彼は慌てて身を翻し、センのナイフを避けた。
「うわぁっ! 危ないっすよぉ!」
男性は両手を上げて降伏の意を示した。
「ストップストップ! オレっちは君になんにもしないから! だから物騒な真似は止めて欲しいっす!」
センは男の言葉など意に介せず、2本めのナイフを懐から出した。
「あぁん? だったらテメェが隠し持ってる拳銃は何だよ」
男はあからさまに動揺を顔に出し、「え、えっと……これは……」と言って目をそらした。彼がスーツの内ポケットに隠していた拳銃。一目見ただけで、センは拳銃を隠し持っていることを見抜いていた。
「怪しい奴だな。誰だテメェ」
「オ、オレっちはライオルって言うっす。ライオル・ディカターゴ。ほら、かっこいい名前でしょ?」
「名前はどうでもいい。オレはテメェが何者かを聞いてんだよ。銃器を持ち歩いておいて、自分は怪しい者ではありません何てほざくつもりじゃねーだろうな」
先ほどからセンの周囲には尋常でない殺意が渦巻いている。銃の存在を見抜いたことといい、この殺意といい、やはりセンは本物だ。本物の殺人鬼。だからこそ、ライオルはセンの元にやってきたのだ。
「怪しい者……確かにそうっすね。オレっちは『執念の手』っていう殺人鬼集団の、スカウトマンをやってるっす。バリバリ怪しい人物っすね。そんで、オレっちは君に『執念の手』のメンバーになって欲しいんす」
ライオルは自分のどす黒くて赤い髪を撫でながら、笑顔で答えた。
「『執念の手』だぁ? その変な名前の組織の仲間になれってのかよ」
「そうっす。オレっちの仲間になれば、君の殺人活動がスムーズになると思うっすよ。どうっすか? 精一杯の協力はするつもりっすよ」
センは不気味に笑い、答えた。
「断る。テメェみたいな気持ち悪い笑顔で近寄ってくる奴は信用できねぇ」
「うええっ!? そんなー。って言うか、君も人のこと言えないっすよ。オレっちより怖ーい笑顔してるっす。今」
ライオルは笑顔を崩し、驚きを露にした。
「じゃあオレに殺されろよ。死んだら信用してやるぜ。死体は嘘を吐かねぇからな。決めたぜ。今日の獲物はテメェだ!」
センはナイフを握り、ライオルとの距離を縮めた。どこまでも真っ直ぐな殺意が、ライオルを襲う。
「ちょ、ちょっと待つっす!」
ライオルはナイフの一撃を躱し、内ポケットから銃を取り出した。センの動きを止めるため、足元を狙ったが、センは巧みな足捌きで回避する。
「当たらない! マジっすか!」
至近距離での銃撃を避ける回避能力。常人の域では無かった。ライオルの予想以上に、センの才能はずば抜けていたのだ。センの攻撃は止むことが無く、ライオルの命を狙い続ける。
「嫌っす! まだ死にたくないっす!」
「『死にたくない』! いいじゃねえか! それでこそ『生きてる』ってもんだぜ! だが、その台詞は殺人集団の一味が言う台詞じゃねえな」
「オレっちが殺すのはいいけど、オレっちが死ぬのは嫌なんす!」
ライオルは明後日の方向に銃を向け、一発の銃弾を発射した。
「あ? どこ撃ってやがる……」
その瞬間、センの両足に激痛が走る。足には小さな穴が空き、そこから血が流れていた。
「撃たれた……? いつの間に?」
ライオルは硝煙を出している拳銃を懐に収め、センと距離をとった。
「ふう、危ないところだったっす。これで大人しくなったっすね」
ライオルは銃口を明後日の方向に向けた時、センの足を狙っていたのだ。だが、ライオルの拳銃……『銃王の嘘』のトリックに気づかなかったセンは、自分に銃口が向いてないと思い込み、一瞬の油断が生まれた。それこそが、今センが跪いている所以である。
「君の言う通り、死体は嘘を吐かない。でも生きているオレっちは嘘吐きっす」
「この程度でオレを封じたと思って……」
「ないっす。まだ君はオレっちを殺せるでしょう。でも、そう簡単にはいかないっす。オレっちの実力は、もう分かったでしょう。だから、大人しく『執念の手』に入って下さいっすよぉ」
ライオルが人の良さそうな笑顔で問う。
「……分かったよ。テメェの仲間になってやる。だが忘れんな。オレはテメェを殺すことを諦めちゃいねぇからな」
「それは怖いっすね」
ライオルは手のひらサイズの壺を取り出し、センに渡した。
「傷薬っす。使って下さい。改めまして、自己紹介と行きましょうか。オレっちは『執念の手』の『招待権』。ライオル・ディカターゴっす」
「オレはセンだ。苗字は無い。テメェが死ぬまでよろしくな」
センは殺意を緩めることなく笑った。
「よろしくっす。そういえば、オレっちは音も気配も消して近付いたんすけど、なんで気付いたんすか?」
「オレは周りの空気の動きが読めるんだよ。テメェがオレを尾行してたことぐらい、空気の揺れで分かる」
「うわー。すごい能力っすね」
「そんな大層なもんじゃねぇ。ただの体質だ」
センとライオルは町を後にして、チェルド大陸を歩いていた。ここから、センの『執念の手』としての殺戮が始まる。と言っても、昔と何も変わらない。センはただ、殺しを続けるだけだった。ある時は強い者を殺し、ある時は弱い者を殺し、またある時は『執念の手』のリーダーの指示の下、ニトラ教のボルという男を殺した。
殺すことが生きがいで、殺すたびに命の尊さを感じて、殺すことに苦しんで。
だからこそ、センは殺した。大切なものだからこそ、奪う価値がある。
今日も死体が増えて行く。世界が血で溢れていく。かけがえのないものが失われていく。渇望の渦が広がっていく。
それが、『生きる』ということだ。
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