第182話 「後片付け」
敵が去って一段落したところで、俺達は崩壊した壁の修復に取り掛かった。宿の一部を壊したとなれば、怒られるのは間違いない。サジェッタが乱暴に壁を破壊しなければよかったのに。
そもそも、ナナは『殺しやすいタイミングを待ってた』を言っていたが、それはつまり、入浴中の俺達を見張っていたということだろうか。壁に穴を空けて、中を覗いたりしたのか?
「おい、見てみろよクロム」
温泉の壁の一部だった岩の欠片を持って、サジェッタが俺に話しかけた。
「この岩……穴が空いてるな。大方、あのナナってガキが空けたんだろうよ。アタイ達を殺すタイミングを見計らうためにな」
「そうかもな。錐かなにかで穴を掘ったんだろ」
「で、アタイが言いてぇのはな。この岩があった場所……相当高い地点なんだよ。あんなチビが届くような高さじゃねぇ」
そう言って、サジェッタは岩を持ちつつ、ピョンとジャンプした。温泉の壁を掴んだかと思うと、またすぐにジャンプ。三回目のジャンプで、壁のてっぺんまで登った。その付近の凸凹に、例の岩をくっつける。すると、ピタリとはまった。
「やっぱりな。アタイの思った通り、この穴は高い場所に開けられた穴だ。あのガキ、相当なジャンプ力があったみてぇだな。それだけじゃねぇ。この穴から温泉を覗いている間、ナナは壁にしがみ付いていたはずだ。子供の握力で、そんな真似できるとは思えねぇ。ただのガキならな」
サジェッタの言いたいことは、自ずと分かった。
「ナナは『竜人』だから、ジャンプ力や握力が強くなっていると?」
「だろうな。人間を強化するテクノロジー……ハルバート一族より狂ってやがるぜ」
「えー、ひどいなぁ」
カインズがサジェッタに不満を言いながら、壁の頂上に向かってジャンプした。一回の跳躍で、サジェッタの隣まで跳んだ。
カインズを含むクロム隊のみんなは、既に元気を取り戻していた。早めに『ジャンバラ』から遠ざけたおかげで、精神への被害は小さく済んだのだ。
「はい、接着剤」
カインズがサジェッタに接着剤を渡すと、サジェッタは「ケッ」と短く呟いて、それを受け取った。サジェッタは接着剤を使って、岩を壁にくっ付けた。
ちなみに、修理用の道具はシエルが持っていた。こういうこともあろうかと、持ってきたという。
シエルは、エリックの元に行って何やら話していた。
「お久しぶりです、エリック・ドールさん」
シエルがにこやかに挨拶すると、エリックは戸惑っている様子だ。
「えっと……多分『はじめまして』だと思うんだが……」
「いえいえ。貴方はワタシを知らないでしょうが、ワタシは貴方を見たことがありますよ。ラトニアの浜辺で一回。そして、中央都市の一件で、画面越しに一度」
その一言で、エリックは驚きを示した。
「まさか、あん時の! すっげえハッカーの人!」
「はい。あの時は『イマジンハート』の修復をお手伝いいただき、ありがとうございました」
一体何について話しているのか理解できないが、もしかしてエリックとシエルは知り合いなのだろうか。
「嘘……だろ!? 『イマジンハート』の生みの親が、こんなちっこい女の子だったなんて……」
「ふふっ、本当ですよ」
笑顔で答えるシエル。彼女が、『イマジンハート』を作った? それが本当なら、シエルは紛うことなき天才だ。ノーラといい、シエルといい、天才科学者少女が多すぎないか。
「何の話をしておるのだ?」
オーディンが会話に入り込んできた。
「オーディン様。彼がこの前お話しした、アイズの凄腕エンジニアです。名前は、エリック・ドールと言います」
シエルがエリックの紹介をすると、オーディンは顎に手を当てて思案顔をした。
「この前、とはいつだったか」
「あっ……」
シエルは『やってしまった』と言わんばかりに、慌てて口を噤んだ。
「その話は……忘れて頂いたのでしたね。これは失言でした」
「ん? どういうことだ? まあ良い。だがエリックなら知っておるぞ。先程会ったからな。どうだエリックよ。クロムの裸は覗けたか?」
オーディンはエリックを見て、ニヤけた顔で言った。
「おい、ちょっと待て。どういうことだ」
その発言、まさかエリックは覗きを企んでいたんじゃないだろうな。
俺が問い詰めると、エリックはあからさまに動揺していた。
「あ、いや、その、これはだな……」
「エリックがクロムの入浴を覗きたいと言うのでな。我が輩が協力してやろうと提言したのだ。まぁ、断られたがな」
なるほど、いつものことか。
「す、すまねえ! 男としての欲望に逆らえず……。許してくれ! 殴らないでくれ! あ、やっぱり殴ってくれ!」
エリックは頭を下げて謝ったが、別にそれほど怒ってはいない。エリックが覗きに来たおかげで、エリックが早めに助けに来てくれたんだしな。
「許すし、殴らない。お前には感謝しているからな」
すると、エリックは希望に満ち溢れた表情を向けた。
「え、じゃあ今後も覗いて……」
「覗いていいとは言っていない」
エリック……懲りない男だ。
壁の修復が大体終わったので、各員はそれぞれの部屋に戻っていった。
だがその前に、シエルには聞いておきたいことがある。
「シエル」
俺が呼ぶと、シエルは俺の方を振り向いた。
「どうしました? クロムさん」
「『竜人』について、聞きたいことがある」
「…………」
シエルは近くに会った小岩に座って、口を開いた。
「教えても減るものではないので、お教えしましょう。でも、万が一『竜人になりたい』なんて考えているのであれば、全身全霊で止めますよ」
シエルの口調は強く、硬い意思を感じられた。
「そんなこと考えていないが……。そういう言い方をするってことは、やはり『竜人』になるのはリスクがあるのか?」
「はい。その前に、『竜人』とは何かを教えましょう。クロムさんは絵本とか伝記とか昔話とか、お読みになりますか?」
「ああ。人並みには。ドラゴンについてのおとぎ話も聞いたことがある」
ドラゴンは伝説上の生き物。故に、多くの本にドラゴンの存在が語られていた。
「それらの本には、『人型の竜』とか、『人語を喋る竜』とかを『竜人』を呼ぶものもあります。ですが、ドラゴン研究者が述べる『竜人』とは、それとは全く違うものです。『ドラゴンの体の一部を移植された人間』を『竜人』と呼びます。さっきの少女のように」
ドラゴンの胃袋を移植されたナナ。ああいった存在が、『竜人』と呼ばれるのだろう。
「『竜人』は、特殊な能力と高度な身体能力、そして再生能力を持ちます。ですが、誰でも『竜人』になれる訳ではありません。ドラゴンの肉体を移植した際に、拒絶反応を起こして死んでしまう人もいます。しかも、一度『竜人』になったら二度と人間に戻れません。全身の遺伝子が変質してしまうので。他にも、『竜人化』のリスクの全容は明らかになっていないんです。まだ、研究途中の分野ですから」
「その分野について、お前は詳しいんだな」
「……そうですね。詳しくないはずがありません」
なんだか、含みのある言い方だった。
「あんな非人道的な技術を、殺戮のために悪用している組織がいます。彼女達は、『執念の手』に協力して、先ほどの少女のような存在を生み出し続けているのでしょう。おぞましいことです」
随分と、『竜人』を嫌っている様子だった。何か理由があるのだろうが、おそらくは語ってくれないだろう。人が何を言いたくなくて、何を言いたいのかは、だんだん把握できるようになってきた。
「クロムさん。この先、貴女方アイズは、『竜人』と戦うことになるでしょう。貴女は『人を殺したくない』とおっしゃいましたね。でも、『竜人』と戦う時は、殺すつもりで戦って下さい。そうでないと勝てませんし、何より『竜人』はもはや人間じゃない。あれは、ワタシ達とは別の生き物です」
強い語気で、シエルは俺に言った。竜人を殺せ、と。
何でシエルがそこまで言うのか分からないが、俺の答えは一つだ。
「血を流す解決法は、好きじゃないんだ。それは変わらない」
シエルは少し俯いて、『そう……ですか』と呟いた。
俺の答えは、彼女の望むものではなかったかもしれない。でも、俺の意思は曲げられなかった。
「シエルよ。早く我が輩の部屋に……。ん? クロムもいたのか」
さっきみたいに、人の会話にオーディンが参入してきた。
そういえば、オーディンにも聞きたいことがあるんだった。
「なあ、オーディン。お前、いつの間にこの温泉に来ていたんだ? お前みたいな存在が近くに来たら、流石に気付くと思うんだが」
「ほう。貴様も気付かなかったか。我が輩は貴様らに気取られぬよう、気配を消してやってきたのだ。音も立てず、そーっとな。さながら、暗殺者のように」
簡単なことみたいに言っているが、俺が気配を察知できないように動くなんて、極めて難しいことだぞ。
「エリックに大見得を切った以上、我が輩が覗きの一つや二つできぬようでは、悪の名が廃ると思ってな。貴様らに気付かれない覗きをしてみせようと、企んだ訳だ。その結果、『執念の手』の連中に遭遇し、様子を見てから殺しにかかった。奴らを仕留めはしなかったが、我が輩の覗きの腕前は明らかとなったな。伊達に『イーヴィル・パーティー』のボスを務めているのではないぞ」
かっこいいこと言っているように聞こえるが、やったことはただの覗きだ。それも、エリックより遥かにハイレベルな。
「お前……無駄に高性能な犯罪者だな」
「褒め言葉として受け取ろう」
俺は罵倒したつもりだったが、喜ばれてしまった。
「女体が見たいのであれば、ワタシに言ってくだされば……」
シエルが寂しそうに言ったが、オーディンは女の裸が見たかった訳ではないと思うぞ、多分。自分の悪行の上手さを確かめたかっただけだろ。
「貴様は尽くす妻だな、シエルよ」
オーディンは悪意まみれの笑みを浮かべて、シエルと一緒に宿に帰って行った。
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