第180話 「オーディンVS執念の手」
「なん……だよっ! この音はっ……!」
『加害の一振 ジャンバラ』から発せられた邪悪なる音。それを聞いたエリックは、苦痛の表情を浮かべながら耳を塞いでいた。
エリックだけじゃない。カインズもファティオもユリーナもミミもウォレットも。『ジャンバラ』の能力のとばっちりを受けて、苦しんでいた。
だが、シエルやサジェッタはいたって平気そうだ。意外なことに、アレイシアも大丈夫そうにしている。
『ジャンバラ』の能力は、脳へのストレスに慣れた人間には効かないという。今、苦しみを味わっていない人物は、それに該当しているのだろう。
「これはオーディンの武器の能力だ。あいつから離れた方がいい」
俺はそう言って、『ジャンバラ』の悪意を食らった仲間達の元に向かった。『ジャンバラ』の音を聞き慣れていないエリック達が、ここにいるのはまずい。このまま『ジャンバラ』の近くにい続けたら、気絶してしまう。急いでエリック達を避難させなければ。
俺はエリックを背負って、脱衣所の床の上に寝かせた。ここなら、比較的オーディンの位置から遠い。続いて、他の仲間達も担いで運んだ。
しかし、オーディンはいつの間にここに来ていたんだ。オーディンが近くに来ていたら、気付くと思うのだが。あんな存在感の塊みたいな男が接近して、気付かないはずがない。初めてオーディンと会った時も、二回目に会った時も、今朝に会った時も、オーディンが俺の前に現れる時は、全身が寒気に襲われるような感覚を味わった。あいつが近くに来るだけで、俺の警戒心が警報を鳴らすのだ。どす黒い悪意に舐められたような、不愉快な感覚が体を這うのだ。
それなのに、オーディンは誰にも気付かれずに登場した。今まで、気配を消していたとでもいうのか。
「あのおじさま……。もしかして、今日の朝にクロムと戦っていた人かしらぁ? イーヴィル・パーティーのボスさんだったっけ。男らしくてかっこいいわねぇ……」
今、目の前で戦いが始まっているというのに、緊張感の無い台詞を吐くアレイシア。まぁ、いつものことだが。
「おい、アレイシア。お前は大丈夫なのか?」
「え、なにが?」
「あの剣の音を聞いて、気分が悪くなってないのか?」
「別に平気よ? ほら、アタシってストレスに強いし」
確かに、そんな感じはするが……。お気楽な性格だから、『ジャンバラ』が効かないのか? そんなことありえるのか? よく分からないな。
オーディンは、『ジャンバラ』の刃先をマジマジとナナに向けている。
あからさまな敵意だった。
「貴様……約束が違うぞ。儂らを襲わないのではなかったのか」
マジマジは怒りの形相で言ったが、オーディンは不敵に笑って反論した。
「それは貴様とクロムとの間で交わされた約束であろう。我が輩には関係ない。もし約束していたとしても、当然のように反故にするがな」
その言い分はまさに、堂々たる悪。
「おのれ……」
マジマジはオリジンピース達に命令を下した。
「我がしもべの竜達よ! あの男を殺せ!」
すぐさま、7体のオリジンピース達が、一斉にオーディンに襲いかかった。鋭い牙や爪が、オーディンに向けられる。
死は目前だった。オリジンピース達の死は。
まずオーディンは『ジャンバラ』を降り、2体のオリジンピースを両断した。その後体を右向きに回転させつつ、1体のオリジンピースの喉を蹴る。体の慣性を生かしたまま、2体のオリジンピースの首を掴んだ。そして、即座に首を折る。残る2体の攻撃を回避した後、矢継ぎ早に拳銃を取り出し、オリジンピースの脳を撃ち抜いた。
瞬きする暇すら与えない、一連の攻撃。7体のドラゴンを圧倒し、あっという間に決着をつけてしまった。
俺達が苦戦したオリジンピースを、一瞬で。
「有象無象の竜共で、我が輩を殺せるとでも思っていたのか?」
オーディンはマジマジに近付き、『ジャンバラ』を振りかぶった。悪しき剣先が、マジマジの体を斬ろうとする。
「ダメーっ!」
咄嗟に、ナナが飛び出してマジマジをかばった。『ジャンバラ』の刀身はナナの若い肉体を傷付け、赤い血を流させた。
「うっ……いたいよぉ……」
オーディンに斬られた傷を押さえて、その場に跪くナナ。子供らしく、涙を浮かべていた。
「ナナ! 大丈夫か!」
マジマジは怪我を負ったナナを支え、傷口の様子を見た。
骨が見える程、深い傷だった。しかし、みるみるうちに傷は塞がっていく。数秒も経てば、傷は完全に治っていた。
「ほう、再生か。『竜人』とやらは、そうゆう能力もあるのだな」
オーディンはそう言うと、もう一度ナナを斬った。今度は、右の太ももを。
「うああっ!」
高い声で悲鳴をあげるナナ。細い足が血で汚れてしまう。この切り傷も、すぐに修復されていった。
「ならば都合がいい。貴様らにはより絶望的な死を与えてやろう。何度も何度も痛みを味わい、死んでいけ」
傷が早く治る。言い換えれば、生かしたまま何度も斬れるということだ。
「やめろ!」
マジマジはオーディンに飛びかかったが、肩を斬られて後ろに転倒してしまう。低い唸り声をあげて倒れるマジマジ。その傷は、開いたままだった。
「貴様は治らないのだな。『竜人』ではないということか」
マジマジの肩からは、ドクドクと血液が流れ続けている。このままでは、出血多量で死ぬだろう。
「おい、オーディン。本当に、殺す気なのか?」
俺が聞くと、オーディンは振り向いた。
「言うまでもない。どうせ貴様らアイズはこの二人を殺すつもりはないのだろう? ならば我が輩が手を汚すまでだ。悪行こそが我が輩の仕事。人殺しの殺害は、悪人に任せておくがいい」
オーディンの目は、その言葉に偽りが無いことを表していた。本気で、マジマジとナナを殺すつもりだ。
「いいぜボス! やっちまえ!」
サジェッタはオーディンの殺意に同調して叫んだ。
「……子供と、老人ですよ? オーディン様」
シエルは小さな声で呟いた。だが、オーディンは止まらない。
「だから何だ? 我が輩は女子供にも容赦はしない。当然、年寄りや弱者にもだ。我が輩の邪魔になる存在は、殺す。不満か? シエルよ」
「……いえ、そんなことは。オーディン様が望むがままに」
シエルはオーディンに向かってペコリとお辞儀をした。
「………………」
これで、いいのか?
確かに、マジマジとナナは殺人者だ。数え切れない罪を犯しただろう。
だが、彼らも生きている。目の前で人が殺されようとしているのに、ただ見ているだけでいいのか?
自分勝手な正義感で、命を見捨てるのか?
答えろ、俺。
俺は何がしたい? 俺は何のためにアイズにいる?
俺がすべきこととは何だ?
俺にとっての正解は……。
「殺すな、オーディン」
俺は地面を蹴ってオーディンの元に急接近し、オーディンの手を掴んだ。
確固たる意志を持ち、強く強く握った。




