第179話 「ルナロード・ジニアス」
「ルナロードが……死んだ?」
シエルは目を見開いて、驚きを露わにしていた。
「そんなはずは……。だって、あの人は……」
「貴様がどんな勘違いをしているかは知らんが、これは歴史書に記述された事実だ。歴史学者ゾーズヌ・バグの著書にな。ヴォルテッシアノ共和国の天才科学者ルナロードは、50年前の『はじまりの日』に、感染症にかかって亡くなった。彼女が現代に生きているはずはない」
ゾーズヌの名前は俺でも知っている。今は滅んだ大国、『ヴォルテッシアノ共和国』の歴史学者だ。ルクトシンの研究所で会った『デグルヌ・バグ』のひいひいお爺ちゃんにあたる人物だ。
となると、ルナロードは過去の人間なのだろうか。死んだ人間が新技術を完成させるなんてありえないし、さっきのシエルの話は嘘なのか?
しかし、シエルはマジマジの説明に心底驚いているように見えた。嘘を言っているようには思えない。
一体、どの情報が正しいのか。
「嘘です……。貴方の言うことは信じられません」
「そうかもしれん。歴史書が必ずしも真実とは限らんからな。だが、ルナロードが50年以上前に数々の実績を残していることは、多くの資料に書かれているのだ。『ルナロードが50年前にヴォルテッシアノ共和国にいた』という事実は疑いがたい。彼女が今もこの世にいると思えるかね? 現代で50年以上生きている人間は100人程度しかおらんぞ。年寄りには生きにくい社会だからな」
年寄りのマジマジは、強い語気で言い放った。確かに、この世界に高齢者は少ない。病気などで早死にする人が多いからだ。全世界の平均寿命は、年々減り続けている。そんな時代において、89歳のブブリアドとかは異常と言ってもいい。
「……さて、もういいだろう。他に質問が無いなら、儂とナナは帰るぞ」
マジマジが帰ろうとする前に、俺は再び質問をぶつけた。
「待て。最後の質問だ。『帰る』と言ったな? じゃあお前達の本拠地はどこだ。そして、『執念の手』のリーダーは誰だ」
敵のアジトが分かれば、『執念の手』を壊滅させに行ける。リーダーが分かれば、いち早く主戦力を潰せる。そう考えた。
流石にこの質問には答えたくないだろうか。組織の重要な情報だし。
と思ったのだが、マジマジはあっさりと口を開いた。
だが、その答えは予想外のものだった。
「そんなもの……存在しない。帰るべき居場所も、頼るべきリーダーも、『執念の手』にはいないのだ」
アジトもリーダーもいない? そんな組織があるのか。俺が知らないだけで、案外普通の組織形態なのかもしれないが。
「『帰る』と言ったのは……まぁ、言うなれば言葉の綾だ。ここから離れたどこかに行く。ただそれだけのこと。……リーダーはいないが、『執念の手』を作った人物ならいるぞ」
「それは誰だ?」
「ワイスおにいちゃん!」
マジマジの代わりに、ナナが大声で答えた。
「ワイスおにいちゃんはすごいんです! ちっちゃいけど、つよいんですよ!」
自慢するかのように、ナナは言った。その『ワイスお兄ちゃん』とやらが、『執念の手』の創設者か。
「儂らはどこにでもいる。社会の目に隠れて人を殺す時もあれば、この前の中央都市の一件のように、大胆に殺戮を行う時もある。決まったルールなど無く、己の殺意のみに従って行動する。それが我々だ。これ以上に語れることは無い。組織と言えるかどうかも怪しい組織だからな」
そう言って、マジマジは上空を見上げた。そして、大声で叫ぶ。
「来い! 我がドラゴンよ!」
するとマジマジの真上から、5〜6メートルくらいの大きさのドラゴンが舞い降りた。ブラッドドラゴンとも、オリジンピースとも違う。今まで見たことのないドラゴン。マジマジは、何種類ものドラゴンを従えていたのだ。
色は茶色いが、体の形はブラッドドラゴンやオリジンピースと似ていた。背中から鎖が生えていることを除けば、世間一般に知られているドラゴンの姿と一致している。
マジマジとナナは、茶色いドラゴンの鎖を引っ張って、自分に括り付けた。なんだか、車の中で見た『シートベルト』とかいう物に似ている気がした。
マジマジとナナが巨大ドラゴンの上に乗ると、生き残ったオリジンピース達が一斉に動き出し、巨大ドラゴンの背中に乗った。
「さらばだ、クロム隊。そしてイーヴィル・パーティー。二度と会うことがないように祈っておるぞ」
マジマジ達は羽ばたくドラゴンに乗って、ふわりと浮いた。だんだんと加速し、空へと飛んでいくマジマジ達。
このままいけば、マジマジ達はこの場を退くことができただろう。
「逃がさん」
悪意の籠った低い声。人の精神を蝕むような、不快な声。
絶対的な悪は、二人の殺意を許しはしなかった。
『ジャンバラ』が温泉の壁を削り、最悪の音を奏でる。聞いた者の心を犯す音が、空まで響いた。
「グギャアアアアア!?」
乗り物の竜は悲鳴をあげ、飛行する使命すら忘れ、地に落ちた。轟音とともに大地が震える。マジマジとナナも、巨大ドラゴンと一緒に地面に叩きつけられてしまった。
「貴様ら『執念の手』は、我が輩にとって邪魔でしかない。消えてもらうぞ」
オーディン・グライトが老科学者と少女の前に立っていた。
底知れない悪意をばら撒きながら。




