第175話 「一糸纏わぬままで」
ナナ・ティーパがクロム達の元に襲来した時。
ユリーナとミミはクロムの指示に従い、男子部屋にいる仲間を呼びに行った。風呂上がりなので、全裸である。
体を滴る温泉のお湯が、冷えながら床に落ちていく。床が濡れることにも気付かず、ユリーナとミミは走っていた。
「カ! イ! ン! ズ! さああああああん! エ! リッ! ク! さああああああん! ファ! ティ! オ! さああああああん! ウォ! レッ! ト! さああああああん! 大変でええええええす!」
力強く大声を放ちながら、ユリーナは影宿の中を駆けた。男子部屋までもう少し。
「ね、ねえ……ユリーナ……」
叫ぶユリーナの後ろを走りながら、ミミが口を開いた。ミミが何か言いたげなのに気付かずに、ユリーナは男子部屋に向かう。
そしてカインズ達のいる部屋に着くや否や、思いっきり扉を開けた。
バァン! と豪快な音が鳴る。
「大変なんです!」
端的すぎる状況報告。
扉の方向に目を向けたカインズは、多少驚いて言った。
「うん、大変なのは一目で分かったよ」
びしょ濡れで全裸のユリーナとミミが勢い良く部屋の中に入ってきたのだから、尋常でない事態になったのはすぐに察せた。確かに大変だ。いろんな意味で。
「ユリーナ……。わたし達、裸だよ……」
先程言いそびれたことを、ユリーナに伝えた。ユリーナは慌てすぎたためか、服を着ることすら失念していた。
赤面するミミを見て、ユリーナも今の自分の姿に気付き、同じように顔を赤らめた。
「わあああああ! カインズさんの変態!」
「なんで!?」
理不尽に変態扱いされたカインズ。それを傍目から見ていたウォレットは、カーテンを破いてユリーナとミミに放り投げた。
「何があったのか教えて欲しいが、まずは乙女の柔肌を隠したまえ。そのカーテンを服代わりにするといい」
女の子の大切な部分を覆うには、十分な面積の布だった。ユリーナとミミはお礼を言って、その破れたカーテンを体に巻いた。
「ありがとうございます!」
「ありがとう……ございます」
女子二人は器用にカーテンを使い、恥ずかしい状況から脱却した。
体に付いた水分がカーテンに吸収されて、大事な部分が透けて見える……なんてアクシデントは無かった。
「そんなに慌てて、どうかしたんですか?」
ファティオは机に向かって小説を書いていたが、ユリーナ達が来たのを見て、ペンを置いて話に加わった。
ファティオの質問に、ユリーナが答える。
「クロムさんが温泉に入っていたら、サジェッタさんが壁を壊したんです。そしたら、壁の外には小さい女の子が! しかもその女の子は『執念の手』のメンバーで、クロムさんを殺しに来たって言ってます! 大変です!」
ユリーナの報告を聞いて、カインズは「なるほどね」と短く言った。
「君達がここに来たってことは、増援が必要だってことだ。分かった。早速温泉に向かうよ」
カインズが立ち上がると、ウォレットも「僕様も行こう」と付いて行った。
「では僕も」
ファティオも同じく同行する。
「あれ? エリックさんは? こういう時にいないなんて意外ですね」
ユリーナは部屋を見渡して、エリックがいないことに気が付いた。
「ああ、エリックなら最高のトイレを探しに行ったよ」
「なんですか、それ」
カインズの説明は、ユリーナには理解しがたいものだった。
トイレ? なにゆえ?
「エリックはトイレマニアだったらしいよ……。ボクも今日初めて知ったんだけど」
「機械だけじゃなくトイレまで好きなんですか……。やっぱりエリックさんは変な人です」
エリックの小さな嘘がどんどん広がっていく。本人の与り知らぬところで。
「エリック君は放っておこう。それよりもクロム嬢に助太刀する方が先決だ」
ウォレットはそう言って、部屋から出て温泉に向かった。残るメンバーもクロムの元へ走る。
すると、影宿の裏口付近でエリックと遭遇した。左腕に怪我を負っているのが確認できる。
「エリック! どうしたの?」
カインズが心配して駆け寄ると、エリックは「ちょっと噛まれちまった」と答えた。
「温泉に敵が来た。クロムが今戦っている。気を付けろよ。ドラゴンが三匹もお出ましだからな」
エリックは腕を押さえながら、カインズ達に忠告した。
「ドラゴン!? こんなところにも!?」
ドラゴンといえば、かつてチェルド大陸でブラッドドラゴンと対峙したことがある。現代科学で復活したドラゴンだが、ルタ大陸にも存在していたのだ。
「ああ。そこそこ強かったぜ。ミミ、すまねぇが止血を頼む」
エリックがミミに左腕を見せると、ミミは素早い手つきで包帯を取り出した。
「お任せください、エリック先輩」
ミミの包帯は、薬草の成分を染み込ませてある。この包帯を傷に巻けば、あっという間に止血できるのだ。
エリックの怪我の応急処置が終わるまで、20秒もかからなかった。ミミは薬師の仕事もやっているので、こういった作業は慣れている。
「これで大丈夫です。さあ、行きましょう」
ユリーナ達はクロムのいる温泉に到着し、三匹のドラゴンの姿を目の当たりにした。青色の全身と、巨大な翼が一際目を引く。
「そんな……てきがいっぱい……。これじゃあ、まけちゃうよ……。ころせないよぉ……」
黒髪ツインテールの幼女が、涙を目に浮かべながら、アイズのメンバーとサジェッタを見ていた。
「いや……。そんなのいや……。いやなのおおおおおおおおおお!」
少女は感情的に叫んだ。すると、ナナの腹が膨張していく。腹からドラゴンが吐き出され、吐き終わったかと思うと再びお腹が大きくなった。
腹の膨張と収縮を繰り返し、何度もドラゴンが溢れてきた。
「おい! やめろ!」
クロムはナナの痛みを察し、嘔吐をやめるように警告した。
小さな女の子が苦しむ姿は、見るに堪えない。残酷な光景だった。
だがナナは聞く耳を持たなかった。合計6匹のオリジンピースが吐かれ、この場にいる生きたオリジンピースは、合わせて9匹となった。そのうち一匹は、クロムに腕を切断された状態である。
9人の人間と、9体の竜。
「えへへ……これであたちのドラゴンちゃんはぜんぶ……。もうあたちはまけないもん……」
ナナは虚ろな眼差しで、暗い空を見ていた。涎と吐瀉物で汚された体が、細かく震えている。息をハァハァと乱していて、見るからに苦しそうだった。
弱った声で、ナナはドラゴン達に命令を下した。
「ころして。はやくあのひとたちをころしてよおおおおおおおおおおおおおお!」
殺すためなら激痛にすら耐える。高純度な殺意しかない少女は、汚濁した精神を以て叫んだ。
全ては、殺意と執念のために。
* * *




