第173話 「オリジンピース」
三体のドラゴン。あまり余裕綽々とは言い難い状況だ。戦闘能力の高い生物との戦闘は、人間相手より困難になる。
三匹の『オリジンピース』は俺達を見据えて立ったまま、動こうとしない。さっきの個体と違い、敵意や殺意は感じられなかった。
「あたちはね、おなかのなかにドラゴンをかってるんです。あたちのペット……ううん、あたちのこどもみたいなものなんです。あたち、ずっとかぞくがほしかったんです。あたちをみてくれるかぞくが」
疲れを露わにした表情で、ナナは言った。
「だから、あたちのかぞくをころしたあなたはゆるしません。センおにいちゃんをころしたクロムさん。あなたはあたちがころします」
「『センお兄ちゃん』だと? あいつに妹はいなかったはずだが」
子供の頃はセンと一緒に暮らしていたが、あの集落にセンの妹なんていなかったし、センが集落に来る前に妹がいたなんて話も聞いていない。
「ほんとうのおにいちゃんじゃないですよ。あたちが『センおにいちゃん』ってよんでるだけ。でもでも、ほんとうのおにいちゃんみたいに、たいせつなひとでした。あたちといっしょにいてくれました。またいっしょにおはなししたかったのに……もうセンおにいちゃんとあえません。ころされちゃったので、もうあえません」
ナナの口調は淡々としていた。子供らしく感情的に喚く様子もなく、ただ単に心の内を述べているような、冷たい喋り方だった。
「かなしいので、ころします。くやしいので、ころします。ころせばしあわせになれるって、センおにいちゃんはいってました」
ナナが見せた笑顔は、愛くるしさとは正反対の、狂気に満ちた笑みだった。
「あれれれ? ドラゴンちゃんがうごかない……あ、そうか。まだめいれいしてなかった。ねえドラゴンちゃん。あのひとたちをころして」
ナナが命令を下すと、三匹の『オリジンピース』達は一斉に殺意を剥き出しにした。そして俺とサジェッタとアレイシアに飛びかかる。
始めの『オリジンピース』と同じく素早い動きだが、対処できない程じゃない。三人とも攻撃を避け、羽の付け根を狙って反撃を行う。
だが『オリジンピース』達は羽を内側に曲げて、背中をガードした。俺やアレイシアの拳も、サジェッタの鞭も、硬い翼で防がれた。
そう何度も弱点を攻撃させてはくれないらしい。
俺達は服が無い状態で戦っている。敵の攻撃を受けたら、肌に直撃してしまう。
しかも、床が湿っていて滑りやすい。万全の状態に比べて、戦いにくいと言えた。
「ねえクロム! アタシ、服着ていいかしら?」
ドラゴン達の攻撃を避けながら、アレイシアが聞いてきた。
「勝手に着てろ。そんな余裕があるならな」
脱衣所に『クロミール』を取りに行きたいのだが、ドラゴンが邪魔して取りに行けない。こんなことなら、ナナが襲ってくる前に脱衣所へ走るべきだった。そうすれば、サジェッタみたいに武器を使えたのに。
そのサジェッタは、俺達が近くにいることなど考慮しないかのように、自分勝手に鞭を振り回していた。そのほとんどはドラゴンに当たっているのだが、致命傷には至っていない。その上サジェッタの攻撃がたまに俺とアレイシアにも当たりそうになるので、回避行動を休む暇すら無い。
「サジェッタ! もう少し離れて戦え!」
「知るかよ! テメェ等こそ、アタイの邪魔すんなよ!」
全く、連携もクソもあったもんじゃない。そもそも、サジェッタと俺は敵同士なのだから、息の合った戦いを期待する方が無茶な話か。オーディンとはそこそこ連携が取れていたんだがな。あれはあいつの戦闘センスが高いだけか。
くそっ、思ったように戦えない。戦況は不利のままだ。
「大丈夫か、クロム!」
脱衣所からエリックが飛び出してきて、『オリジンピース』の腹にスタンガンを食わらせた。電流の暴力が、『オリジンピース』の身体中を痛めつける。『オリジンピース』が痙攣をしているうちに、エリックは一歩下がってカウンターに備えた。
「エリック。来てくれたのか」
ありがたい。今は戦力が欲しかったところだ。
「来たっつうか、実はもっと前からここにいて……あ、いや、なんでもない。クロムのピンチを察知して、この俺が参上してやったぜ!」
何かを誤魔化すみたいに、エリックは大声で言った。息を切らしているし、走って来てくれたのだろう。多分。
エリックは両手にスタンガンを構えた状態で、ナナと三匹のドラゴンを睨んだ。エリックが攻撃したオリジンピースは、何事もなかったかのように元気そうだった。
「あの幼女と三匹のドラゴンが敵か? 明らかに異質な雰囲気漂ってるけどよ」
身体中に涎とゲロを付着させたナナを見て、エリックは状況を理解したようだった。見た目の異質さはともかく、ナナからは人間離れした殺意が溢れている。
「ああ。奴は『執念の手』のナナ・ティーパ。目的は俺を殺すことらしい。子供だからと言って油断するな。奴は腹からドラゴンを吐き出す。またドラゴンを増やすかもしれない」
「マジかよ。厄介な女の子だな。俺、幼女に優しい変態でいたかったんだがなぁ……。かわいそうだけど、大人しくなってもらうしかねえか。ああ、気が向かねえ」
エリックは俺の体に視線を送りながら言った。
「っつうか、皆さん裸なのは何? 健全な男子である俺に対するサービス?」
「ふざけたこと言うな。服着たくても着る隙が無いんだ」
「素っ裸のクロムはずっと見ていたいけどよ。風呂上がりでその格好じゃ風邪ひくぜ。お前の全裸は後で見せてもらうとして、今は服を着てこいよ。俺があいつらを足止めするから」
「頼めるか?」
「当たり前だろ。愛する女のためなら」
エリックの後ろ姿がこんなにも頼もしく見えたのは久しぶりだった。
「ありがとう。助かる」
俺とアレイシア、ついでにサジェッタは服を着るために脱衣所に向かった。あまり時間はかけていられない。エリックが頑張って戦っている間に、さっさと着替えなくては。羞恥心の問題もあるが、服があると戦いやすいので、本当に助かった。
だが、それはそれとして、俺の全裸を後で見せてやるつもりはないからな。
* * *
クロム達が着替えに行ったのを見て、オリジンピース達は脱衣所に向かって走った。
だがエリックが立ち塞がって、三匹の動きを止めた。
「行かせねぇよ!」
エリックは2メートル弱の黒い金属棒を構えた。かつてオーディンがクロム隊のメンバーと戦った時、エリックが使用した新型武器だ。棒型スタンガン。威力も使い勝手も改良してある。オーディンとの戦いでは活用できなかったが、今こそ。
「ギュウウウゥゥゥ……」
エリックの武器の威力を恐れて、オリジンピース達はジリジリとゆっくり後退していった。先程のスタンガンの電撃を目の当たりにして、警戒しているのだ。低く唸りながら、エリックと一定の距離を取る。
「さぁて、このままビビってくれたら楽なんだがな……」
エリックはそこそこの戦闘技術を持っているが、ドラゴン三体をまともに相手にする程の実力者ではない。せいぜい、時間稼ぎが限界だ。クロムも、エリックが『足止めする』と言ったからエリックに頼ったのだ。『俺が全部倒す』なんて言っていたなら、クロムは脱衣所に向かわなかっただろう。
ドラゴンが攻撃に移らなければ、時間稼ぎは見事成功だ。
「ギャオオオオオオ!」
そんな甘い話はない。エリックが攻撃を仕掛けてこないと悟ると、オリジンピース達はエリックに飛びかかった。
「そう簡単に行かねぇよな!」
エリックのスタンガンが前に突き出される。
激しい電流が、オリジンピースを貫いた。
* * *




