第172話 「ナナ・ティーパ」
ドラゴンを吐き出した後のナナのお腹は、みるみるうちにしぼんでいった。
ドラゴンを腹に隠していたのか? だが、あのドラゴンの体長は1メートルくらい。ナナの身長も1メートルくらいだ。ナナの小さいお腹にドラゴンが収まるとは思えない。
もともと小さかったドラゴンが、ナナの胃袋の中で急速に成長したのか? だとしたら、ナナのお腹が膨らんだことにも説明がつく。
いや……つかないか。俺は根本的なことを忘れている。少女の……いや、人間の腹があんな風に急に膨らんだりしぼんだりするのか? できたとしても、体への負担が尋常じゃないだろう。どう考えても、異様な光景だった。
人間の為せる範囲を超えている。
「ギュルルルルルル……」
ナナの嘔吐物……青色のドラゴンは、敵意を剥き出しにして俺達を睨んでいた。ナナの命令に従い、俺達を殺すつもりだろう。汚れた液体に塗れた竜は、四本の手足で立ってしっかりと大地を踏んでいる。『生まれたて』というにはあまりにも自我が確立されているように見える。やはり、腹からドラゴンを生んだというより、もともと誕生していたドラゴンを腹からひねり出したのか。
おぞましい行為だった。あどけない少女がそれをやったというのが、さらに恐ろしい。
「任せて下さい、クロムさん!」
ユリーナはミミを連れて、男子組がいる部屋へと走って行った。二人は全裸のまま部屋に向かっていったが、緊急事態なので指摘はしないでおいた。服を着ている暇はない。
「頼んだぞ!」
俺がユリーナ達に言うやいなや、青いドラゴンは俺に飛びかかってきた。鋭い牙を爪を俺に刺そうとする。
俺はドラゴンの攻撃を避け、顎を思いっきり蹴った。ドラゴンは空中で一回転し、温泉の床に落下した。
このまま脳に重大なダメージを負ってくれれば、俺の勝ちだったんだが。
俺の貧弱な蹴りじゃ大した痛手にならなかったらしく、ドラゴンは元気そうに立ち上がった。
力技じゃ分が悪い。奴の弱点を見つけ、早急に決着をつけたいところだ。
「しょぼいキックだな、クロム!」
サジェッタがご自慢の鞭を暴れさせ、先端の金属でドラゴンの腹を打ち付けた。温泉の壁を破壊する程の威力の鞭だが、ドラゴンの肌には傷一つ付かない。かつて戦った『ブラッドドラゴン』のキューと同じく、頑丈な肌だった。
「あぁん? なんだあいつ、岩より硬い皮膚してんのかよ。ちっ、めんどくせぇ!」
サジェッタが二度目の攻撃を放とうとするが、その前に青のドラゴンがサジェッタに襲いかかる。羽を広げて飛び立ったかと思うと、素早く前進してサジェッタに牙を剥いた。
「はぁっ!」
サジェッタがドラゴンに噛み付かれる前に、アレイシアの拳がドラゴンを殴った。ドラゴンは床に撃ち落とされ、大きな音を立てて跳ね返った。そして再び床に落下したと思うと、滑って温泉の湯船に沈んだ。青い肉体がお湯に溺れたまま、浮かんでこない。気泡が見えないところを見ると、呼吸をしていないようだ。
「仕留めたようね」
アレイシアが手首をブラブラ揺らして、ドラゴンが沈む浴槽に近付いた。そして青色の竜を掴んで、生死の確認をした。
「息してないわね。死んでるわ」
アレイシアの一撃で、敵を葬り去ることができた。やはりアレイシアは強い。
「あわわ……。ドラゴンちゃんのじゃくてんたたかれちゃいました……」
一連の戦闘の様子を眺めていたナナは、体を震わせて俺達を見ていた。自分のドラゴンが殺されるとは思っていなかったのだろう。
「そうね。弱点を突かせてもらったわ。このドラゴンの名は『オリジンピース』。戦闘を得意とするドラゴンだけど、弱点がある。それは背中の、羽の付け根の近く。そこ強い衝撃が加わると、呼吸ができなくなって死ぬわ。人間と違い、『オリジンピース』は1秒でも呼吸が止まったら死ぬものね」
「ええええ!? なんでしってるんですか!?」
アレイシアがドラゴンの弱点について話すと、ナナは大いに驚きを表した。
確かに、アレイシアはどこでそんな知識を得たのか。
「本で読んだのよ。この国にはドラゴンに関する本が多いからね」
本で読んだ、か。それなら『オリジンピース』とやらの情報を知り得るだろう。
だが、弱点を知っていたからといって、そう簡単に弱点を攻撃できるものではない。戦いの力は戦いによって学ぶもの。強さは体で覚えて身につくものだ。頭で理解できているからといって、体が自分の思った通りに動くとは限らない。弱点を知っただけで、的確に弱点を攻撃できるとは限らないのだ。
ましてや、アレイシアは飛行中のオリジンピースを攻撃した。一瞬の隙を突かなければいけないし、極めて正確な攻撃が求められる。易々とできることじゃない。
しかしアレイシアは一発で成功させた。いくらアレイシアの戦闘が『上手い』からといって、そう簡単に弱点への攻撃を成功させられるものなのか。
「うううっ……。あたちのかわいいドラゴンちゃんがころされちゃった……。ひどいです……」
ナナは涙をポロポロ流して俯いた。
かと思えば、またナナのお腹が大きくなっていく。
「でも……またあたらしいドラゴンちゃんをはきだしたら、もんだいないですよね!」
ナナは涙を止め、笑顔をこちらに向けた。そして辛そうな喘ぎ声と共に、もう一体の『オリジンピース』を嘔吐する。先程と同じく、1メートルくらいの大きさだった。
「うえええ……まだでる……まだでるの……」
一体だけではなかった。ナナは次々と嘔吐を繰り返し、さらに『オリジンピース』を排出し続けた。
あっという間に、三体もの『オリジンピース』がナナの前に現れた。
「いやなの……。もうころさないで……。あなたたちはしんで……。おねがいですうううううう」
涙と涎と吐瀉物に塗れた少女は、虚ろな目で俺達を見ていた。




