第171話 「視線の正体」
サジェッタと同じく、俺も視線を感じていた。エリックから発せられる邪な視線とは違い、殺意に覆われた視線。
「隠れてるつもりか? 甘ぇんだよ!」
サジェッタは湯船から出て、脱衣所へと走った。そしてサジェッタの衣服が入れられたカゴに近付き、鞭を手に取る。今日の朝にサジェッタが使っていたものと同じ鞭だ。
「くたばれ!」
サジェッタは鞭を振るい、温泉の壁に穴を開けた。ズガッと大きな破壊音が鳴る。
壁にヒビが入って壊れそうになったが、サジェッタはさらに鞭の一撃を加え続けた。何回か壁にダメージが入ったところで、壁が崩れて温泉の外が見えるようになった。
「あわわわ……みつかっちゃったです……」
壁の外にいたのは、あどけない少女だった。黒色のツインテールをぶら下げた、小さな女の子。6歳くらいに見える。
サジェッタの例があるから、本当に子供なのかは分からないが。
彼女は尻餅をついて、サジェッタを見上げていた。
「いきなりおふろをこわすなんてびっくりです! こーきょーぶつをこわしたらだめって、ママにおしえてもらわなかったんですか?」
『公共物』が上手く発音出来てない。舌足らずな口調だった。
彼女はサジェッタを指差して、説教じみた様子で言った。
「わるいこには、ナナがおしおきしちゃいますよ!」
『ナナ』というのは彼女の名前だろうか。
しかし、なんでこんな少女がここに。俺達の入浴を覗いていたのか? エリックならともかく、少女に覗かれる理由が分からない。
「あぁん? なんだこのクソガキ。お仕置きだぁ? 人の風呂覗いてたテメェこそお仕置きが必要じゃねぇのかよ」
サジェッタはあからさまに不機嫌な様子で、ナナを睨んだ。
「のぞいてたんじゃないです! ころしやすいたいみんぐをまってたんです!」
少女の口からは、不釣り合いな言葉が飛び出た。
『殺しやすいタイミング』だと?
俺のナナに対する警戒心が急激に高まる。
「クロムさんってどこですか? あたちとおなじくらいのおっぱいのおおきさだってききました。あ、もしかしてあなたがクロムさん?」
ナナはサジェッタの胸板を指差して言った。人を探す手がかりが胸の大きさでいいのか、というツッコミはこの際置いておこう。
確かに俺とサジェッタの胸のサイズは同じくらいだが、(サジェッタの方がやや大きいが)クロムは俺だ。
「ケッ、違ぇよ。クロムはあいつだ」
サジェッタは俺に鞭を向けた。
ナナはクロムが俺だと気付くと、満面の笑みを浮かべて自己紹介した。
「そっちでしたか! あたちのなまえはナナ・ティーパ! 『しゅうねんのて』のメンバーです! なかまからは『じゅんすいおだく』っていういみょうでよばれてます!」
「『執念の手』だと……?」
人殺しのためだけに行動する、狂人達の組織、『執念の手』。俺の幼馴染のセンも『執念の手』のメンバーで、中央都市の大量虐殺を行った。
その組織に、こんな幼い少女もいるというのか。中央都市の一件では、スーニャと名乗る『執念の手』の少女もいた。だが、彼女は12歳くらいの見た目だった。ナナは、スーニャよりもっと幼く見える。この娘も、殺人に手を染めているのか。
それは恐ろしく、残酷な真実だった。
ナナは自分の異名を名乗っていた。スーニャも『爆発少女』と名乗っていたし、『執念の手』にはメンバーに異名を付ける決まりがあるのだろう。となると、ナナの異名は。
『じゅんすいおだく』……『純粋汚濁』?
綺麗なのか汚いのかよく分からない異名だ。
「ねえねえクロムさん、おねがいがあるんです! あたちにころされてください!」
笑顔を崩さないまま、そんなお願いをするナナ。当然、承諾してやるはずはない。
「断る。お前に殺されてやる気は無い」
「えー、ざんねんです。でもでも、むりやりころしちゃいます!」
ナナは息を大きく吸った。何か来る。
「アレイシア! 戦闘態勢に移れ! ユリーナとミミは避難して、カインズ達をここに呼んでこい!」
俺が指示すると、三人は浴槽から上がって立ち上がった。
ナナ以外の全員が全裸という状況だが、アレイシアと俺は素手でも十分戦えるので問題無い。だがユリーナとミミは違う。二人には安全を確保してもらい、仲間を呼んでもらおう。
いくら相手が子供だからといって、『執念の手』だというなら容赦はしない。ここでナナを倒し、色々と情報を吐いてもらうぞ。
ナナは息を吸った後、目を閉じて唸り声をあげた。なんだか、痛みに耐えて踏ん張っているように見える。
すると、予想外のことが起きた。
ナナのお腹が急に膨らみ、さながら妊婦のようになっていったのだ。冗談みたいな光景だ。だが、今の時代には、幼い女の子を襲って妊娠させる事件も結構な数発生しているので、あまり笑えない冗談だ。
「はぁ……はぁ……」
ナナは喘ぐような声をあげて、顔を紅潮させていく。
かと思えば、地面を向いて口を大きく開けた。
そして。
「おえええええええええええ!」
盛大に嘔吐し、汚い液体と固体の混合物を地面にぶちまける。その吐瀉物の中にある固体は、かつて見た生き物に似ていた。
牙と爪、そして翼と鱗を持つ生物。絶滅したはずの古代の生き物。だが彼らは現代科学の力で復活した。その姿は、俺もチェルド大陸でしっかり目の当たりにしていた。
伝説上の生き物、ドラゴン。
「……さぁ、あたちのドラゴンちゃん。あのひとたちをぶっころして」
息を乱しながら、口から嘔吐物を垂らすナナ。
彼女の命令に従うように、ゲロから生まれたドラゴンは動き出した。




