第167話 「影宿」
イーヴィル・パーティー達が帰って行った後、俺達はアーネの街に戻った。ファティオを救出するという目的は達成したので、あの森にいる理由はない。
「ファティオ。こいつはウォレット・ミカウツだ。俺達の新しい仲間になる」
俺はファティオにウォレットを紹介した。ファティオは深々とお辞儀をして、「ファティオです。よろしくお願いします」と自己紹介した。
「ふふん、ウォレットだ。こちらこそよろしくお願いするよ!」
ウォレットが挨拶を返し、続いてアレイシアも自己紹介する。
「ルタ大陸担当、アレイシア・ルーンよ。あんたがファティオ君ね」
「ファティオです。よろしくお願いします、アレイシアさん」
ファティオとアレイシアが握手をして、俺達は今後の活動に関する会議を始めた。
「さてみんな。これからどうする?」
「チェルダード警察がこの国に来るかもしれないとは、前に話しただろう? そこでだ。奴らから離れるため、北に向かおう。ルトゥギア国の北には、首都ルトゥギアがある。当面の目的地はそこが良いと思うのだが、どうかね?」
ウォレットは提案した。言ってることは理にかなっているし、特に否定材料はないな。
「いいんじゃないか。この街にいつまでもいるのは得策ではないからな」
「ふむ。ならば北に向かって出発といこう。だが、首都は遠い。歩いて行けば一ヶ月はかかる。まずは、アーネとルトゥギアの間にある、農業都市ポロクロロを目指そうではないか! それでも、約2週間は必要になるがね」
遠いな。結構な長旅になりそうだ。
「ルタ大陸って、そんなに広いのか?」
「当然だ。『大陸』だからね。広くない訳がない。しかもルタ大陸は南北に細長い形状をしているから、東西の移動より南北の移動の方が時間がかかる」
なるほど。チェルド大陸は『大陸』と呼ばれる割には小さく、(確か、2万キロ平方メートルくらいだったと記憶している。)端から端まで行くのに、そう時間はかからない。歩けば1日程度で横断できるだろうか。
でもルタ大陸は大きい。ルトゥギアへの道は果てしないものになりそうだ。
「まぁ、アーネの街を出るのにも4日かかるだろう。休み休みで、進んでいけばいいさ」
ウォレットはそう言うと、先頭をきって歩き出した。
それに従い、俺達は進んでいく。
ウォレットのリーダーシップは流石だな。伊達に社長はやってない。なんかもう、あいつが隊長でいい気がしてきた。
本人に言ったら、「いくら僕様が優秀とはいえ、新入りに隊長は務まらないよ、クロム嬢!」とか言いそうだけど。
ウォレットの言う通り、アーネは広かった。歩いても歩いても、街の外に出られない。
都心部からは離れたので、若干田舎じみた景色にはなってきたが、それでもまだ人口は多く、都会の匂いが残っていた。
「もう夕方だね。どうします、クロム隊長? 宿を探しますか?」
カインズが空模様を確認しながら言った。空は薄いオレンジ色に変化しつつある。もう、そんな時間なのか。
休憩を挟みながら歩き続けていたが、まだ昼だと思っていたのに。
「そうだな。ウォレット、この近くにお前の宿屋はあるか?」
野宿はできるだけ避けたいので、ウォレットの経営する宿屋に泊まりたいところだ。
「この近くとなると、僕様の宿屋は無いね。少し遠くにはあるけど、僕様の宿は人気だから、満室の可能性が高い」
しかし、高クオリティーの宿に何度も泊まれるなんて、そう上手い話はなかった。そうか、残念ながら、ウォレットの宿には泊まれないかもしれない。
「別の企業の宿に泊まってもいいが、そうなると僕様達の情報が政府に知られるかもね。ルトゥギア警察やチェルダード警察がその宿に協力を申し出た場合、迷いなく僕様達の情報を教えるだろう。逃亡者の身分である以上、宿泊する場所は選んだ方がいいね。当然、僕様の宿はお客を警察に売ったりしないがね!」
ウォレットの警告は、確かに妥当だった。俺達が泊まった宿を調べれば、俺達の動向が警察に知られるかもしれない。
極力目立たず、人に知られないのが理想だ。どうしたものか。
「ねえねえクロム。確かこの辺りって、アレがあるじゃない。ほら、アレ」
アレイシアが俺の肩に寄りかかって、呟いた。
「アレってどれだよ」
「ほらぁ、そのぉ、身分とか知られたくない人が泊まる宿屋。ルトゥギア国にはいくつかあったはずなのよねぇ」
へー、そんなものがあるのか。チェルダードでは聞かない話だな。
「『影宿』のことかい? 僕様も聞いたことがある。家出した少女とかが、人知れず夜を過ごすために泊まる場所らしい。宿泊費が安いが、宿の質は低く、泊まる客も怪しい人物が多い。ただし、経営側は決して客に深入りせず、客の情報を外に漏らしたりはしない。世の中の影に存在する宿屋。それが『影宿』だ」
ウォレットが補足説明してくれた。聞いた限りだと、あまりいい印象はないな。
「要するに、裏社会の人間とかが利用する場所だろ? 大丈夫なのかよ、それ」
エリックが心配そうに尋ねた。確かに、怪しい雰囲気がするな。
「大丈夫よ。もし他の客に襲われたら、撃退すればいいのよ」
簡単に言ってくれるな、アレイシア。
まぁ、アレイシアは強いし、大丈夫だろうけど。
「一応、行ってみてはどうですか? 満室だったり、宿が悪質だったら別の宿を探してみればいいですし」
ミミが手を上げて発言した。その言葉の裏に、「野宿は避けたい」という心が読み取れた。
屋根と壁のある場所で夜を過ごせるのなら、十分な贅沢だ。俺も野宿が好きな訳じゃないし、とりあえず行ってみるか。
「分かった。その『影宿』とやらに行ってみよう。各自、十分に警戒するようにな」
俺が指示すると、みんなは頷いた。
ユリーナは俺の腕に抱き付いて、甘えた声で言った。
「クロムさぁん、もし私が襲われたら助けてくださいね」
何を今更。俺が仲間を助けない訳ないだろう。
「言われなくても、そのつもりだ」
そう言うと、ユリーナは満足そうな様子で笑った。
「流石クロムさん! 頼りになります!」
ユリーナは俺に甘えることが多いが、今日のユリーナはいつにも増してスキンシップが多いな。何というか、「絶対に離さない」って言わんばかりの抱きつき方だ。
もしかすると、ユリーナは不安を感じているのかもしれないな。俺が命の危機に晒されたことで、ユリーナを心配させたのかも。
仲間だけでなく、自分も守らないとな。
そう感じながら、俺は『影宿』へと歩を進めた。
例の『影宿』は、人けのない荒野に建っていた。人の多い場所に建っていたら看板に偽りありなので、当然の立地だと言える。
20人は泊まれそうな、大きな建物だった。壁や屋根が若干古ぼけているが、倒壊寸前って程ではない。
暗く寂しい場所だ。空気も淀んでいる気がする。
部屋は空いているので、俺達を泊めることはできるそうだ。
「どうする? ここで一泊するか?」
みんなに聞いてみた。雰囲気は悪いが、息をするのも辛いという訳ではないし、俺はここで宿泊しても構わないが。
「別にいいぜ。野宿よりはマシだろ」
と、エリック。
「ボクも構いませんよ」
と、カインズ。
「みんながいいのなら、わたしも」
と、ミミ。
「クロムさんと一緒なら問題無しです!」
と、ユリーナ。
「大丈夫よぉ」
と、アレイシア。
「お構いなく」
と、ファティオ。
「フハハハ! きっと君達はこう思っているだろう。『エリートの僕様がこんな安物の宿に泊まるのか』とね! 答えはイエスだ! 真のエリートは、環境に文句は言わないのだよ! いつでもどこでも、僕様がウォレット・ミカウツであることには変わりない! さぁ、チェックインしたまえ!」
と、ウォレット。うるさい。
「じゃあ、全員泊まるんだな。俺が宿泊手続きをしておこう」
全員の承諾が取れたところで、俺は『影宿』のフロントに向かった。
フロントにいたのは、小さな少女だった。宿屋の受付が女の子だとは意外だったが、人手不足なのだろうか。
赤色のポニーテールが可愛らしい。小柄な受付嬢だった。
だが彼女の口調は、見た目に反して汚いものだった。
「ケッ、客かよ。メンドクセェ。んで? 何名様だ? このヤロー」
その少女は頭を掻きながら、睨むようにこちらを見た。
そして、俺の顔を認識して、眉をピクリを動かす。
「あっ」
見たことのある顔だった。というか、今朝見た。
高速の鞭を操る、『イーヴィル・パーティー』の構成員。
サジェッタ、といったか。
「テメエ、なんでこんなところに来てんだぁ? せっかくボスが見逃してやったのに、わざわざくたばりに来たのかよ」
サジェッタは敵意を剥き出しにして、俺を睨んだ。
何故、イーヴィル・パーティーのメンバーが宿屋をやっているんだ。いや、それより。サジェッタがいるってことは……。
「ここに泊まりに来るとは、いよいよ裏社会の人間になったようだな、クロムよ」
闇の奥から湧き出たような、悪意の籠った声。
オーディンが、宿屋のフロントに立っていた。




