第166話 「オーディンとの再戦」
『クロミール』を構える俺と、『ジャンバラ』を構えるオーディン。
開戦の合図は無かった。お互いが様子を見つつ、隙を伺う。
だが睨み合ってても始まらない。先手を取ったのは俺だった。クロミールの素早い剣術で、オーディンを襲う。
オーディンは当然のようにそれを防いだ。俺は畳み掛けるように斬撃を放つが、全てジャンバラで受け止められる。
ほんの数秒のうちに、何回剣を振るっただろうか。刃と刃が交わる音が、森に吸い込まれ、反響する。
斬る。斬る。斬る。
防ぐ。防ぐ。防ぐ。
オーディンが攻撃に転じないうちに、俺は連続で攻撃を浴びせ続けた。
だが、一つとして有効な一撃は通らない。
ジャンバラの能力が俺に通じない今、この戦いの行方はお互いの実力に大きく依存する。俺とオーディンの戦闘能力は、おそらく互角。少しの油断が、敗北に直結するだろう。
剣のやり取りをする、この一瞬が、あまりにも長く感じた。
「はあっ!」
このまま鎬を削りあってても埒が明かない。俺は形勢を傾かせる作戦に出た。
ジャンバラとクロミールがぶつかる、その刹那のタイミングを狙って、俺はクロミールの刀身を蹴った。俺の靴には鉄板が仕込まれているし、俺の足が触れたのは峰の部分なので、俺の足が斬れることはない。
俺のキックの衝撃はクロミールを伝い、ジャンバラの切っ先へ走った。
「ぬうっ!?」
ジャンバラがオーディンの手から離れ、弧を描きながらオーディンの背後に飛んでいく。すぐに拾えないような遠い地点まで、ジャンバラは吹っ飛んでしまった。
後ろへ飛ぶジャンバラの軌道を見ていたオーディンに、僅かな隙が生じた。
今だ。
俺は丸腰のオーディンに向けて、クロミールを振り下ろした。これなら確実に斬れる。そう思った時。
ビジョンが、見えた。
俺の斬撃が掴まれ、受け止められる光景。
右手を血塗れにしながら、俺の動きが止められる光景。
その隙を突かれ、オーディンの蹴りをまともに受けてしまう光景。
そして、俺が敗北する光景が。
「…………っ!」
俺は危機を察知し、地面を蹴って勢いよく後退した。
「なんだ……今の光景は……」
積み重ねた戦闘経験が見せたものか。
俺の警戒心が見せたものか。
オーディンの威圧感が見せたものか。
いずれにせよ、俺は自分が負ける瞬間を見てしまった。
あれは現実ではない。だが、あのままオーディンを斬りつけていれば、現実になっただろう。
「ほう、斬らぬのか」
武器を弾かれたにも関わらず、オーディンは余裕の笑みを浮かべていた。いくら奴が挑発しようとも、俺は迂闊な攻撃はしない。
もし、あの時オーディンを斬っていたら。
右手の筋肉と骨、そして握力によって斬撃は受け止められていたはずだ。そこで俺がクロミールを手放せば、奴にクロミールを渡すことになる。だが俺がクロミールを手放さなかったら、あのビジョンのように、オーディンの蹴りが直撃していただろう。
俺の『アイズ流護身術』には、攻撃を受けた際に攻撃の方向と同じ方向に跳んで、ダメージを最小限に抑える技がある。攻撃の相対速度をできるだけ小さくすれば、受けるダメージも少なくなるからだ。
だが、俺とオーディンの両方がクロミールを掴んだ状態では、その回避法は使えない。衝撃を抑えることができず、甚大なダメージを受けるだろう。
その危機的未来が、事前に予測できた。オーディンを斬らなかったのは大正解だと言える。
オーディンの筋力は凄まじい。かつては、自動車を投げ飛ばしたこともある。そんなオーディンと力比べをしたら、百万回やっても俺に勝ち目は無い。俺は非力な女だからだ。
あくまで、俺の戦いは力勝負に持ち込んではいけない。敵の隙を突き、敵の力を利用し、少ない力で勝つのだ。
俺の認識が甘かった。オーディンは丸腰になっても強い。剣を弾き飛ばしたからといって、安易な攻撃は危険だった。
俺がオーディンと距離と取った間に、オーディンはジャンバラを回収して、再び構えていた。
「やはり貴様は慎重な女だ。簡単に敗北してはくれぬようだな」
来る。奴の反撃が来る。
最大限の警戒を以て、奴の動きを凝視した。どんな攻撃が来ても、遅れをとらないように。
そして、奴の周りの空気が変わった時。
「待ちたまえ! それ以上の戦闘は無意味だよ、クロム嬢!」
高らかな叫びが、俺とオーディンの戦意を収めた。
横を見ると、ウォレットが威風堂々とした様子で近付いているのが分かった。
その後ろには、エリックとカインズとミミとユリーナ、そしてアレイシアもいる。
「今の僕様達に、イーヴィル・パーティーを相手にする余裕は無い。剣を収めたまえ」
ウォレットは、クロミールを握る俺の手に、そっと触れた。
彼の目が優しく、俺を見つめる。
「……分かった」
ウォレットの言い分は一理あった。オーディンを見逃すのは非常に悔やまれるが、俺達に余裕が無いのもまた事実だった。
こんな悪の権化を倒せないままでいるのは腹立たしいが、今だけは剣を引いてやる。感情を静めて、冷静になろう。
俺はクロミールを鞘に収めて、戦闘体勢を解いた。
「生憎だが、俺達は窮地に立たされている。今回は見逃してやろう」
オーディンも同じくジャンバラを鞘に入れ、背後を向いた。
「そうか。我が輩は今晩の宿を確保しなくてはいけないのでな。何かと忙しい。貴様が引くのであれば、我が輩も引くとしよう。行くぞサジェッタ」
オーディンはサジェッタを連れて、森から出て行った。
「ちっ、つまんねえな」
サジェッタは不満そうにしながらも、オーディンに従って帰っていく。
かくして、この場に色濃く残留した悪意は、次第に薄く淡くなっていくのであった。




