第165話 「悪の頂点、君臨す」
「む? クロムではないか。貴様とこんなところで会うとは、奇遇だな。また慈善活動を行っておるのか?」
オーディンは俺を一瞥した後、悪党集団に目を向けた。前に会った時のオーディンは左腕を失う大怪我をしていたはずなのに、今は五体満足だった。カインズみたいに腕の治療をしたのだろう。他の追随を許さないような存在感は、かつてより一層増しているように思えた。
「ふむ。大方、こいつらと戦っていたのだろう」
小悪党のボスは、オーディンの姿を見て腰を抜かし、わなわなと震えていた。
「て、てめーは! オーディン・グライト! 『イーヴィル・パーティー』のボスじゃねーか!」
悪人達は俺とファティオから離れ、オーディンの近くへと移動した。真っ先に倒すべき敵はオーディンだとばかりに。
「俺達の前にのこのこ現れるとは愚かだな! てめーをぶっ殺し、悪党の頂点の座を頂くぜ! 野郎共、やっちまいな!」
ボスの合図で、数人の悪党がオーディンに向かって襲いかかる。だが、オーディンは至極落ち着いた様子で立ち続けていた。
その瞬間、荒れ狂う触手のようなものが悪人達を襲い、次々と薙ぎ払った。いや、あれは触手じゃない。鞭だ。激しくうねる鞭が、襲いかかる敵の集団を一瞬にして弾き飛ばしてしまった。俺の動体視力でもギリギリ追えるかどうかの、凄まじい速度の攻撃だった。あれを食らったらひとたまりもない。
「ぐわあっ!」
「あがあっ!」
悲痛な叫びをあげて、悪人達が地面に倒れる。相当痛かったようで、起き上がれる者は一人もいなかったが、死者はいないようだった。
「ケッ、情けねぇな雑魚共! 仮にも悪人やってんなら、この程度でやられてんじゃねぇよ」
薄汚い言葉遣いで、地面につっ伏せる男達を罵る少女。
見覚えがあった。ユリーナと初めて会ったあの日、私立娼館の用心棒をしていた女だ。顔を合わせたのは一瞬だったから、あんまり覚えていないが、確かあんな風貌だった気がする。
赤色の髪を三つ編みのポニーテールにしていて、可愛らしくて大きな目をしている女の子。だが、その若い見た目と裏腹に、深い経験を積んできた強者の雰囲気が漂っていた。
「サジェッタ。殺してはいないだろうな」
オーディンにサジェッタと呼ばれたその少女は、不愉快そうな表情をしながら、答えた。
「ああ、殺さねぇってのはメンドクセー」
『イーヴィル・パーティー』は人を極力殺さない。悪逆非道の限りを尽くす『イーヴィル・パーティー』でも、殺人は好まない。『被害者』になりうる人間が減ってしまうから。以前、中央都市でセンと戦った時、そんな話を聞いた。
『加害者』でありたいイーヴィル・パーティーだからこそ、『被害者』を求めるのだと。
部下をやられたボスは、怒りを露わにしながら、銃をオーディンに向けた。
「てめー! よくも俺の部下を! ぶっ殺してやる!」
するとオーディンは「ほう」と言って、ボスに近付いた。
「なっ……! 来るな! 来るんじゃねー!」
ボスは慄きながら、じりじりと後退していった。体の震えが隠せていない。
「どうした? 我が輩を殺すのではないのか?」
オーディンは不気味な笑みを浮かべて、ボスとの距離を縮めていく。さながら、人々に恐怖を与える悪魔のようだった。
「や、やめろ! ぶっ殺すって言ってんだろ!」
ボスが銃を持つ手は、細かく震えている。
「撃たないのか。正しい選択だ。貴様の銃弾は我が輩を貫けない」
銃口を向けられているというのに、オーディンの表情は自信に溢れていた。自分は撃たれない。その確信があるかのように。
「う……うわああああああ!」
ボスは引き金に手をかけ、銃を撃った。
その刹那、オーディンは素早く右に避けた。銃弾はオーディンに当たらず、森の奥へと飛んで行くだけ。
「な、なんだとぉ!?」
ボスは驚愕の眼差しでオーディンを見る。無理もない。1メートル程の至近距離で、銃を躱されたのだから。
人間が銃弾より早く動けるはずがない。では、何故避けられたのか。
オーディンは、引き金を引く動きを見て、避けたのだ。銃を撃たれる前に射線から外れれば、銃弾に当たることはない。
だが、それは至難の技だった。銃を撃つ、その一瞬のタイミングを見抜かなくてはならない。驚異的な反射速度と、瞬発力が要求される。少しの油断が死に繋がる、危険な戦法だった。
しかしオーディンからは、恐怖の感情も、失敗への不安も、感じられなかった。自分が死ぬ可能性など、微塵も存在しないと言わんばかりに。
俺には、オーディンの心情やオーディンの戦法が理解できた。
俺も、同じ手段を取るからだ。
「貫けない、と言ったであろう?」
オーディンは腰に付けている剣に手をかけた。そして、オーディンの武器、『加害の一振 ジャンバラ』を抜き出す。
相も変わらず、おぞましくて気持ち悪い形状をしていた。
「ひいいいいいいっ!」
抜剣したオーディンを恐れて、ボスは尻餅をついて後ずさりした。
オーディンは『ジャンバラ』を振り下ろす。だが、その刃はボスの体ではなく、地面を斬った。その時、けたたましい騒音が、森中に響き渡った。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィン!
気が狂うような不快音。ジャンバラが奏でる、最悪のメロディー。
その音は、ボスとファティオの耳に悪意をなすり付けた。
「うがああああああっ!」
ボスは耳を押さえて、その場にうずくまる。
「な、なんですか、この音はっ!」
ファティオも耳に手を当て、姿勢を低くした。
これこそが、『加害の一振』の悪意だった。
ボスが苦痛の表情で音を拒んでいるのを見て、オーディンは追い打ちをかけるように、ジャンバラを地面に擦り付けた。
その度、いやらしい音が鳴る。
「やめろぉ! やめてくれぇ!」
人が苦しむ様子を見ても、オーディンは加害をやめない。
人が嫌がるからこそ。他者が困るからこそ。
オーディンの悪意は増幅し、さらなる悪を生んでいく。
それだけではない。ジャンバラから発せられる悪臭は、森にどんどん広がっていった。ジャンバラの匂いが鼻を撫でるだけで、気分が悪くなる。この場にいる全員が、ジャンバラの悪臭の餌食となっていた。
また、ジャンバラのフォルムを見ていると、思考が奪われるような感覚に陥る。脳が悲鳴をあげ、体が警告を叫ぶ。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。人間の五感を刺激し、心身の調子を崩し、果てには気を失う。
それが、『加害の一振 ジャンバラ』の能力だ。
だが、それは過激なストレスに慣れた人間には効かない。『ジャンバラ』の能力を長時間受け続けた俺や、『ジャンバラ』の持ち主であるオーディンには、『ジャンバラ』の能力は無効なのだ。
よく見ると、サジェッタとかいう少女も、『ジャンバラ』の近くにいるのに気絶していない。いたって元気そうだ。きっと彼女も、過激なストレスに慣れているのだろう。
「うっ……がっ……はっ……!」
『ジャンバラ』の能力を受けたボスは、ついに気を失って地面にうつ伏せに倒れた。
これで悪人集団は全員、オーディンに倒されたことになる。
「呆気ないものだな」
オーディンが言うと、サジェッタは肯定した。
「違いねぇ」
サジェッタの背中は、よく見ると血で汚れていた。そして地面には、複数の犬の死体がある。その血は、犬を殺した時に付着したものか。
オーディンは俺を見て、不快な笑みを浮かべた。
「クロムよ。また会えたな。中央都市の一件以来か。貴様、何故ルタ大陸にいるのだ? 貴様はチェルド大陸の担当者であろう」
「チェルダード警察に無実の罪で追われていてな。この国に逃げてきたんだ」
「無実の罪……」
オーディンは俺の話を聞くと、豪快に笑った。
「フハハハハハハ! そうか、貴様がお尋ね者か! 面白い状況ではないか!」
「何言ってんだ、全く面白くないぞ」
一体何が気にいったのか知らないが、オーディンは楽しそうだった。
「そういうお前は、何でこんなところに」
「我が輩は貴様等と違って、一つの国で活動している訳ではない。チェルド大陸である程度の悪事を働いたのでな。今度はルタ大陸を標的にしたのだ」
ルタ大陸の人からしたら、迷惑極まりない話だろう。こんな悪の権化がやって来たのだから。
「ついでに、この辺りで悪事を働く輩がいると聞いたのでな。二度と犯罪を犯さぬように叩きのめしに来た」
「は? 何で『イーヴィル・パーティー』のボスであるお前が、そんなことするんだ」
悪人を懲らしめるなんて、むしろ俺達アイズの仕事だろうに。悪人の集まりであるイーヴィル・パーティーが、悪人を叩きのめすとは、一体どういうことか。
「勘違いするな。我が輩は善意でやっている訳ではない。この世の悪は、全て我が輩達『イーヴィル・パーティー』のものだ。他の悪人が悪の座を有しているのが許せない。ただそれだけのことだ」
よく分からない理屈だが、こいつが未だに悪の王であることは分かった。
「そうか。それより、俺とお前が会ったということは、この先に待っているのは一つ」
俺は『クロミール』を刃が下になるように持ち、オーディンに向かって構えた。
「戦う気か。それもいいだろう。だが貴様は、我が輩と似た境遇にあるのではないか? 今の貴様は、チェルダードにとっての悪。それでも、我が輩に敵意を向けるのか?」
「誰が、いつ、お前と同じ境遇になった。俺は無実で、お前は完全なる有罪。お前なんかと一緒にするな」
「そうか。貴様はやはり、その選択をするのだな」
オーディンは『ジャンバラ』を構えて、俺を睨んだ。
「ならば来い。貴様の魂の奥に、我が輩の悪意を刻んでやろう」




