第161話 「二日酔いのアレイシア」
「アレイシア……?」
生臭い匂いが漂う中、薄汚れた路地でうつ伏せになるアレイシア。太陽が街を照らし、人々が活発になる時間だというのに、彼女はピクリとも動かなかった。
「おい! アレイシア! 大丈夫か!?」
俺はアレイシアの近くに駆け寄り、彼女を抱きかかえた。嫌な予感が脳裏をよぎる。まさか、死んでしまったのか……?
だが、それは杞憂だった。アレイシアはすうすうと息を立てて寝ていただけだった。
「寝てるのかよ!」
心配して損した。俺はアレイシアの頬を弱く叩いて、彼女を起こした。
「起きろアレイシア」
「うっ……うーん……」
アレイシアはゆっくりと瞼を開き、俺の姿を目に映した。
「ああ、クロム……。なんであんたがここに……ていうかここどこ?」
アレイシアはキョロキョロと周りを見渡し、首を傾げた。
「あれぇ? アタシ、うたた寝しちゃったのかしら。うーん、記憶が飛んでるぅ……」
アレイシアの視線は定まらず、マヌケな面で顔をゆらゆらと動かしていた。
起きたばかりとはいえ、意識が朦朧としすぎだ。もしかしてと思ってアレイシアの匂いを注意深く嗅いでみると、やはり彼女は酒の匂いがした。
「酒臭いぞ。お前……昨日言ってた『用事』って、飲み会のことか?」
「はぁい、正解。いやぁ、頭が痛いわ。吐き気もするし。また二日酔いかしらねぇ」
俺は深い溜め息を吐いた。こいつ、また酒を飲みまくったのか。アレイシアは22歳なので、飲酒しても法的に問題無い。だが、彼女は豪快に飲みまくるので、酒の席から帰ってきた後はいつもベロベロに酔っ払っているのだ。酔っ払ったアレイシアに、何度苦労をかけられたことか。
「こんなところで寝ていたら、ゴミと間違えられて処分されるぞ」
「失礼ねぇ。誰がこんな美人をゴミ扱いするのよ」
とか言いつつも、アレイシアは素直にこの場から離れた。積み重ねられたゴミ袋の近くにいるのは、流石に嫌だったのだろう。
「アレイシア。なんでゴミ捨て場で寝てたんだよ」
「だからよく覚えてないのよ。昨日の夜、お世話になってるおじさん達と一緒に、酒場で盛り上がってたのは覚えてるんだけどね。その後の記憶はさっぱり。気付いたらあんたに拾われてた」
「警戒心の無い奴だな。街中でぐっすり寝るなんて」
「そうよねぇ。アタシみたいなナイスボディのお姉さんが寝転んでたら、野蛮なイケメン達に襲われちゃいそうだわ」
「なんでイケメン限定なんだ」
酒臭い息を吐きながら戯言をほざくアレイシアは、『お姉さん』というより『おばさん』だな。体は若いが、性格は年増だ。
「俺が殺されかけたっていうのに、お前は呑気な女だな」
俺がそう言うと、アレイシアはやけにはっきりとした顔つきで俺を見た。
「あんた、死にかけたの?」
「ああ。モーグモっていう貴族に食われそうになった。カインズ達が助けてくれたがな」
すると、アレイシアは急に俺に抱きついた。
「ごめんね、クロム。アタシがいながら、あんたを危険に晒しちゃった。ごめんね」
「えっ、どうしたんだお前、急に」
まさか、まだ酔いが抜けてないのか? 多分、もう素面になってると思うんだが。
アレイシアは何度も何度も俺に謝った。
「ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんねぇ」
「なんだよいきなり。お前がそんなに謝る必要ないぞ」
もしかして、俺は責める口調で話してしまったのか。俺はアレイシアを責めるつもりは無いし、当然アレイシアが悪いとも思っていない。『お前は呑気な女だな』なんて言ってしまったから、アレイシアが責任を感じてしまったのだろうか。
「ごめんね。アタシ、あんたを守らなきゃいけないのに。自分の責務すら全うできないなんて、駄目な女よね、アタシ」
「何言ってんだ。俺は生きてるんだから、お前は責任を感じなくていい」
「責任……。責任って重いの。重いから、やるべきことはちゃんとしなきゃいけないのよね」
おかしな奴だな。いや、普段から少しおかしな女だが、今日は一段と変だ。
強迫観念に縛られているような口調。俺を守らなきゃって言ってたが、こいつはそんな任務に熱心な奴だっただろうか。
やっぱり、俺はアレイシアのことをよく分かってないようだな。
「もういいから。それより、俺について来い。俺の隊に新メンバーが入ったから、お前に挨拶させてやろう」
「え? 新入り?」
「そうだ。ウォレット・ミカウツという、アーネの貴族だぞ」
アレイシアは数秒思案顔をしてから、驚いた様子で言った。
「ミカウツって……超エリート貴族じゃない! よくそんな大物ゲットできたわね。どんな手を使ったの?」
「疚しい手段なんて使ってない。あいつが俺に惚れたとか言って、俺に同行してくれることになったんだ」
「へぇー。あんたも罪な女ねぇ」
「言っておくが、俺は色仕掛けとかしてないからな」
「分かってるって。あんたの貧相な体じゃ、色仕掛けなんて無理無理。アタシみたいに大人の魅力を醸し出さないとねぇ」
そう言って、アレイシアは腰を大げさに振って歩いた。
「ああそうですかそうですか」
うざったい台詞を適当にあしらう。
いつものアレイシアに戻ったな。安心する。
アレイシアを探していたみんなが集まって、ウォレットとアレイシアが顔を合わせた。
「貴女がアレイシア・ルーンか! 噂は聞いているよ。このルタ大陸で活躍する猛者だそうだね。お会いできて光栄だ! そして貴女も、僕様に会えて光栄だろう! ウォレット・ミカウツだ! よろしく申し上げる!」
ウォレットは大仰な口調で自己紹介をして、アレイシアに手を差し出した。握手を求めているのだろう。
「ええっと……あんたがウォレット? 思ってたよりテンション高いわねぇ。じゃ、よろしく」
アレイシアはウォレットの性格に多少驚いたようだが、挨拶を返して握手した。
握手を終えると、ウォレットは俺に聞いた。
「クロム嬢。今後の予定は決まっているのかね?」
「うーん、具体的には決まってないな。とりあえず、チェルダード警察から離れるため、北に向かうか」
チェルダード警察がルトゥギアに来るかもしれないなら、チェルド大陸から遠い所に行った方が無難だ。
「ふむ。それでは僕様の……」
ウォレットが何か提案しようとした時、近くの飲食店から大きな物音がした。そして、革の袋を抱えた中年男性が店から勢いよく飛び出した。
「ど、泥棒だーっ! 捕まえてくれーっ!」
店の奥から悲痛な叫びが聞こえる。どうやら、今の男は店から何かを盗んだようだ。
ルトゥギアは治安が悪いと聞いていたが、噂に違わぬ無法地帯っぷりだな。
「その前に、まずはあの泥棒を捕まえようかね」
ウォレットに同意だ。こういう場面こそ、俺達の出番だ。
「じゃあボクに任せて!」
いち早く、カインズが泥棒に向かって走り出した。風のようなスピードでカインズが泥棒に接近する。あっという間に、追いついた。
「何ぃ!?」
泥棒が驚く間もなく、カインズは泥棒を組み伏せた。無駄なく精錬された動き。日頃の修行の成果だろう。
「さ、盗んだ物を返して」
観念した泥棒は、カインズに従って革の袋を手渡した。そしてカインズの制服を見た途端、恐怖の表情が大きくなった。
「その制服! お前、アイズか!? あの男の仲間か!?」
あの男? 誰のことだ。
「あの男って?」
カインズが聞くと、泥棒は答えた。
「ファティオって奴だよ! 髪が緑色で、眼鏡をかけた、アイズの隊員だ!」




