第159話 「つるぺたを感じる」
後で分かったことだが、このダンスホールの警備員達も、モーグモの共犯者だったらしい。
モーグモがフロマを捕まえようとした時、フロマは悲鳴をあげた。その叫びで人が来るのを恐れて、モーグモの部下である警備員達はすぐさま、『不審者が来た』と嘘の放送を館内に流し、ダンスホールの貴族達をモーグモから離れた場所に誘導した。そうして、モーグモの犯行を目撃されるのを防いだという。
やはり、あの館内放送は偽物だったか。俺の警戒心に間違いは無かったようだ。
「クロムさーん! ご無事ですかーっ!」
「クロム! 大丈夫かお前!」
ユリーナとエリックが、俺の元に駆けてきた。二人とも、最初は焦りの表情を浮かべ、続いて安堵の表情へと変わっていった。
「よかったー。クロムさん生きてるーっ」
「心配させやがってこのヤロー!」
ユリーナとエリックは俺の胸に抱き付いて、顔を埋めた。
「はぁ……クロムさんの温かみを感じる……」
「はぁ……クロムのつるぺたを感じるぜ……」
いい加減にしろ。
「お前ら離れろ。うざったい」
俺はユリーナとエリックを引き剥がし、二人と適度な距離をとった。
「ユリーナも無事で何よりだ。ところでエリック。お前にウォレットの護衛を頼んだはずだが。何であいつは単独行動してたんだ?」
「だってあいつがよー。『自分は強いから大丈夫。妹の様子を見に行きたい』って言うからよ。お前が麻酔針食らった部屋まで一緒に行ったんだぜ。そしたらあいつ、俺に別の仕事頼んで、一人でクロムを探しに行っちまったんだよ」
「別の仕事?」
「ああ」
エリックは箱型の機械を俺の前に出した。鉄製の機械だな。見たことのないものだった。
「何だこれ」
「簡単に言えば、通信を盗聴する機械だな。無線通信を勝手に盗み取れるするやつ。これでダンスホールから外部への無線通信を調査しろってさ。難しい仕事じゃねーけど、何でこんなことやらせたんだが分かんねー」
ふむ。ウォレットの指示で盗聴か。あの男の言うことだから、きっと無意味な命令ではないのだろう。
「おやおやエリック君! 頼んでいた仕事は完遂したようだね! ご苦労だった!」
そこへウォレットがやって来て、エリックの持つ機械を指差した。
「盗み聞きした音声データを調べれば、モーグモの『商売相手』が分かるかもしれない。大事なデータだから、保存しておきたまえ」
「モーグモの『商売相手』? それって……」
「そう! モーグモが仕入れた人肉を購入した人物だよ。その人物達を特定できれば、他の人肉屋も見つかるかもしれないだろう?」
「待て! 人肉を売る奴が、他にもいるというのか!?」
あんな非人道的な商売人が、モーグモの他にも。
「存在すると見て間違いないだろうね。モーグモは人肉売買で巨万の富を得ていた。となれば、金のために同じ商売を始める輩がいてもおかしくない。モーグモが氷山の一角にすぎないとしたら、他の同業者も捕まえないと悲劇は繰り返されるよ」
「そんな……」
「だからこそ、僕様はエリック君に命じたのさ。モーグモから芋づる式に悪事を白日の下に晒せばいい。それが君達アイズの仕事だろう?」
「そう……だな」
この世の理不尽に苦しめられている弱者がいるなら、救いの手を差し伸べてあげるのが俺達の役目。
アイズの存在意義だ。
「さてさてクロム隊の諸君。君達が今夜泊まる宿はあるかい? 無いだろうね。国立図書館の隣にある民宿に泊まりたまえ。僕様が経営する宿だ。既に連絡はしておいたから、僕様の名前を言えば無料で泊めてくれるよ。僕様は用事があるのでね。また明日会おう」
ウォレットは颯爽と俺達から離れていった。
用事とは何か、具体的な内容は教えてくれなかったが、だいたい察しはつく。
フロマに別れを告げに言ったのだろう。
フロマの遺体は、この後棺桶に運ばれるはずだ。ウォレットは忙しい人物だから、ゆっくりと葬式で別れを告げる時間も無いのかもしれない。
だからせめて、一人で居られる間に、妹を見送りに行ったのだ。
ウォレットは、決して感情的な一面を見せることはなかった。常に冷静で、聡明だった。
彼の飄々として口調の裏に隠された思いやりに、俺は感謝の言葉を告げた。
「ありがとう。ウォレット」
俺達は血に汚れたダンスホールを後にして、ウォレットが用意してくれた宿に向かった。




