第156話 「被食」
「イヤアアアァァァッ!!」
フロマが顔を歪ませ、鋭い悲鳴をあげた。食いちぎられた太ももから、ドクドクと血が流れていく。
モーグモはクチャクチャと汚い音を出して、フロマの太ももの肉を咀嚼していた。
「生食だと噛むのに一苦労だがね。やはり人肉は直接かぶりつくのが最高だ! 若い雌の肉体が口の中で踊り、食道を通り抜け、私の体の一部になっていく感覚! 絶頂すら覚えるとも」
モーグモの表情が、人間のそれには到底見えなかった。あれは化け物だ。人間としての正気を失い、狂った同種悔いの化け物。この街の噂は本当だった。
『人食いの化け物が街の住人を攫って食ってしまったらしい』。
モーグモは血の滴る口元を舐め、再びフロマの太ももに口を近付けた。
「ああ、血がどんどん流れていく。美味しそうな血だ。全部吸い尽くしてあげよう」
抉られた太ももに唇をくっつけ、モーグモはフロマの血液をチュウチュウと吸い出した。
「嫌……痛い……やめて……許して……」
弱々しい声でフロマが懇願するが、その声を聞いてモーグモは興奮の眼差しになった。
「そうやって命乞いをする美女を頬張るのが、何よりも楽しいんだ。美しい女性を食べる、ただそれだけのために生きていると言ってもいい。今夜は最高の食事を堪能できそうだ」
モーグモはフロマの血だけでなく、汗までしっかり嘗め尽くした。太ももを、まんべんなく、丁寧に舐めた。いやらしい動きで舌を這わせていく。
「ああああああ、いい匂いだぁ。死を前にして恐怖する少女の匂い。たまらない、たまらない! 女を生きたまま食うのはたまらないなぁ! あははははははは!」
だんだんと息遣いが荒くなるモーグモ。
フロマの顔から血の気が引いていって、彼女の体の震えは小さくなっていった。
「や、めて……。死にたく……ない……」
フロマの声は、最早聞き取れないほどか細いものになっていた。
その間にも、モーグモはフロマの足をしゃぶり、食らっていく。
「死にゆく人を食べるのも、また乙なものだ。新鮮さが失われるのは残念だが、食べるということは殺すということ。これも自然の定めだ」
ふざけるな。何が自然の定めだ。
「やめろ」
俺の口から出た声は、自分でも驚く程に低く、重々しかった。
「フロマから離れろ」
憎い。
こんなおぞましい行為を平然を行うモーグモが憎い。
こんな状況で何もできない自分が憎い。
何がアイズだ。何が人助けだ。
俺は何度、自分の弱さを後悔すれば気がすむんだ。
手錠で身動きできない自分が、情けなくてたまらない。
あの時、ユリーナを助けるだけじゃなく、俺も麻酔針を回避していれば。こんな醜態を晒すことはなかった。
助けたい。フロマを助けたい。
目の前で彼女が食べられているというのに、俺は助けることができない。
その事実が憎い!
「今すぐ離れろ!」
俺が叫ぶと、ターヴェル夫人が俺の口を手で強く押さえつけた。
「騒いだら殺すって、聞こえなかったのかしら?」
ターヴェル夫人は俺の髪を引っ張り、恨みを感じる目で俺を見下ろした。
「もう殺しちゃおうかしら。あなた、解体用の包丁はどこ?」
ターヴェル夫人が部屋の見渡すと、モーグモが言った。
「まあ待て。冷蔵庫に空きが無いから、そいつを解体するのは次の出荷が終わったからだ。せっかくの商品が新鮮じゃなくなったら、私の信頼に傷が付く」
二人の会話から察するに、俺が殺されるのはしばらく後になるらしい。だが、そんなことはどうでもいい。
フロマが喰われることに変わりは無い。
「そうそう。この娘が生きているうちに、内臓を頂いてしまおうか」
モーグモは包丁を手に持って、フロマのお腹を裂いた。手慣れた手つきだった。これまで何度も、うら若き少女のお腹を切り裂いてきたのだろう。
フロマの腹からさらに血が流れる。すぐさま、モーグモはフロマの腹の中に手を突っ込んだ。そしてプルプルと柔らかそうな内臓を引き抜いた。
「あっ、あああああ……」
フロマの口から発せられる声は、小さく、弱く、震えていた。
モーグモはフロマの内臓を口に入れて、飲み込んだ。
「もぎたてほやほやの臓器! 旨すぎて頭が狂いそうだ! 彼女の体と私の体が一つになっていく! 美味しい体を持っていることを喜べ! あははははは!」
モーグモの狂った台詞に、フロマは返事をしなかった。できなかった。
フロマは動かぬ瞳で灰色の天井を眺めていた。




